引っ越しが無事終わって、一週間も経ったころ。

「うわあ……」

「なんつうか……シュール」

「うん……だれの子どもか、すぐわかるね」

シナモンとミシェルとルナは、ガラスに鼻をくっつけんばかりの近さで、新生児が並ぶ部屋を覗き込んでいた。

ここは中央区の病院――ルナたちは、三人の赤ちゃんに初対面なのである。

 

「左の子が、レオナさんの子でしょ。で、真ん中がレイチェル、それで、右の子がヴィアンカさん」

ルナは順番に当てたが、誰が見ても分かるほど、赤ちゃんは親の面影を宿している。

「ほんとこの子ったら、レイチェルと目がおんなじ!」

シナモンは、まるで自分の子のように、レイチェルが産んだ子をうっとりと見つめた。

「顔だちは、なんとなくエドに似てない?」

「どっちにも似てるよ」

「まあそれは当然よね」

 

レオナとレイチェル、ヴィアンカの子はそろって同じ誕生日になった。出産予定日は、多少ずれてはいたが、みな九月半ばだった――が、同じ日に産気づいてしまったのだった。

おまけに、みんなそろって女の子。

ミシェルが「シュール」といったのは、レイチェルの子の両隣にいるレオナとヴィアンカの子が、ふつうの赤ちゃんの倍くらいあるからだった。

両隣のでかい赤ん坊にはさまれたレイチェルの赤ちゃんは、気の毒なくらい小さく見える。

「これは、おっきくなるわ〜」

シナモンが感心した声で言う。レオナとヴィアンカの子は、まわりのどの赤ちゃんと比べても、でかい。

レオナの子は、手足をだらんとして寝っぱなしなところが、バーガスを髣髴とさせるし、ヴィアンカの子は、ヒヨコのような綿毛の頭で、ラガーの店長そっくりの座った目をしてルナたちの方を睨んでいる。

 

「ぷっ……オルティスさんそっくり」

ミシェルが二度目の笑いを零したとき、

「だろ!? だろ、だろ!? やっぱ、俺に似てるよなあ〜!!」

これ以上はないくらいデレデレとやにさがったラガーの店長が、そこにはいた。

「俺のガキも、俺そっくりだあ」

バーガスも、満面の笑みでガラスに貼りついている。ふたりそろって、鋭い目がすっかりタレ目になっていた。

「なあ、うさちゃん。俺そっくりだよなあ」

「う、うん!」

「レオナにも似てっけど、眉毛とか、この左手の小指の爪とか、俺と一緒だ」

「う、うん!?」

左手の小指の爪の形まで似ているかは、ルナも分からなかった。逃げ遅れたルナを残して、シナモンとミシェルは、とんずらした。

このデレッデレのおっさんふたりにつかまったが最後、えんえんとノロケを聞かされることになるからだ。

 

ルナがやっとおっさんに解放されたのは、授乳の時間が来たからだった。おっさんどもが授乳するわけではないが、おっさんたちは、できるものなら自らが授乳できそうな気配で、新生児室から連れ出される自分の娘を見つめた。ルナはおっさんたちの注意が逸れたので、逃げるようにして、レイチェルの病室に行った。

 

「ルナ!」

レイチェルは、ルナの姿を見るなり顔を輝かせた。先におっさんふたりからトンズラしたシナモンとミシェルが、レイチェルのベッドの脇に座っていた。

「レイチェル、おつかれさま」

ルナが差し入れの、手製のゼリーを渡すと、うれしそうに受け取った。

「ありがと」

レイチェルの頬はバラ色だった。元気そうだし、疲れている感じもなかった。

「あたし、ずいぶん安産だったの。レオナさんもよ。でも、ヴィアンカさんは大変だったみたい」

「そりゃ、あの赤ちゃん産むんじゃ、ひと苦労だよ」

シナモンは、巨大な赤ん坊を思い出して、ためいきを吐いた。

 

「引っ越し先、どう?」

「たいへんだったね――あのアパート、今月末には解体だってさ。更地にして、コンビニかなんか、できるみたい」

「グレンさん、また、大ケガしたのね。ほかにもケガ人が出たみたいじゃない? グレンさんのほかに、救急車で運ばれていったひとがいたけど――」

「あれって、カレンさんが狙われたの?」

シナモンとレイチェルがバラバラに質問するので、どれから答えたものかと、ルナとミシェルは顔を見合わせた。

ルナたちが今まで住んでいたアパートは、なくなるようだ。シナモンとレイチェルは、あそこで銃撃戦があったということは分かっているが、死者が出たことは知らないらしい。

 

「あたしら、怖くって、一階のルナの部屋で、キッチンのテーブルの下に隠れてたから、よくわからないんだ。クラウドもあまり説明してくれなかったし」

ミシェルの言うことに、ウソはなかった。まったくそのとおりだった。

ルナたちは、役員が保護してくれるまでテーブルの下に隠れていたし、クラウドたちは、ルナとミシェルに、くわしい背景を語っていない。

だが、ミシェルもカレンの母親のことが書かれた本を読んだし、あの本が告発書で、マッケランの要人たちが逮捕され、そのせいでカレンもアミザも、傭兵組織に狙われた、ということだけは分かっている。

これら一連の事件が、カレンが早々に降りることになってしまった原因であることも。

 

レイチェルが、不安げな面持ちで、ルナとミシェルを見つめた。

「ねえ――ふたりとも、無事でいてね」

いきなりなにを言うのかと思って、ルナとミシェルはレイチェルを見たが、レイチェルは真剣な顔だった。

「アズラエルもクラウドさんも、悪い人じゃない――ルナたちが好きになったひとに、あれこれ言いたくはないけど――でも、ふたりが、危険な目に遭うのが、あたしはなんていうか――」

「レイチェル……」

シナモンは困った顔で、レイチェルの肩にそっと手を置いた。

ルナとミシェルも、言葉を失って、しばらくだまった。レイチェルはすこし涙ぐんだあと、

「ヘンなこと言ったわね――ごめん、あたし、疲れてるのかも」

「そうだよ! 安産とはいえ、赤ちゃん産んだあとなんだからさ!」

シナモンがあわてて励ましたが、ルナは、ほっぺたをぷっくりさせ――真剣な顔で言った。

「レイチェル――心配してくれて、ありがと」

レイチェルは驚いたように目を丸くした。

 

「いろいろあることは確かだけどさ、でも、あたしもそれを覚悟でアズを好きになったんだし」

ルナの言葉を、シナモンとレイチェルも真面目な顔で聞いていた。

「アズラエルもクラウドも、あたしたちを危険な目に遭わせないようにって、一生懸命なの。それは……分かるから」

カレンも、ずっとルナとミシェルのことを気にかけてくれていた。

『危険な目に遭わせてごめんね』とカレンが言ったとき、ルナは水臭いような、歯がゆいような、なんとも言えない気持ちを押し隠した。

そんな言葉を言わせたくなかった気持ちもあった――ずっといっしょに、暮らしてきたのだから。

きっとアズラエルたちも、いつもカレンと同じことを思っている。

ルナだって、自分から好きで、彼らの傍にいるのに。

「あたしも強くなりたいと思ってるの――だから、心配しないで」

レイチェルは、「……うん」とちいさくうなずいて、微笑んだ。




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