「そうそう。リサとキラは、レイチェルが退院してから、アパートの方に来るってさ」 シナモンが、話題を変えた。 「キラは、予定日いつだっけ?」 ミシェルが聞き、ルナは、「来年の二月だよ」とこたえた。 「そっか。キラの赤ちゃんは見れないかも、あたしたち」 シナモンは、肩をすくめて言った。レイチェルも残念そうだったが、「仕方ないわね」と苦笑した。 「年を越したら、あたしたちも降りなきゃならないから」 レイチェルが退院して落ち着いたら、リズンでのお茶を再開しようと約束し、ルナたちの引っ越し先にも遊びにいくとふたりは言った。 シナモンは病室に残り、ルナとミシェルは、つかれているだろうレイチェルに無理をさせないために、早めに退室することにした。 「……そういや、レイチェルたちも降りちゃうんだったね」 「……うん」 「……すっかり忘れてたね」 「…………うん」 ルナもミシェルもショボンとしているのは無理のないことだったが、いつも一緒に遊んできたあのふたりがいなくなるというのは、カレンとはまた別の意味で、さみしかった。 来年のこととはいえ、別れが決まってしまったというのは、物寂しい気持ちになる。 「あーっ! もう、いつまでも、落ち込んでたってはじまらないしね!」 ミシェルは、伸びをした。 「あたし、気分転換に、久しぶりにK23区行ってみようかな――ルナも行く?」 「え? うん――あ、でもね、あたし、K25区も行ってみようかなと思って」 「あの白と青の街? あたしも行きたい! よしわかった! 両方いこ。――今回は、クラウドに内緒ね。内緒で行くからね!」 「う、うん! ないしょだ」 なぜかうさぎと子猫は、またスクラムを組んでうなずきあった。ちょうどレイチェルの部屋にきたエドワードが、廊下でスクラムを組んでいる二人を見て、(なぜスクラムを……)と疑問に思ったが、口に出すことはなくルナたちに手を振った。 ルナたちは、ロビーにあるカフェで、アズラエルたちと待ち合わせていた。待ち合わせの席に行くと、アズラエルとクラウド、ロビン、セルゲイがいた。 「さっき、そこでエドに会ったよ――エーリヒさんとベンさんのお見舞いは?」 ミシェルが席に着くなり言ったが、クラウドは、 「まだふたりとも面会謝絶だよ。普通病棟にうつるのは、数日先だ。――レイチェルはどうだった? 元気だった?」 「うん。思ったより元気そうだったよ」 「そう、よかった」 クラウドたちは、レイチェルの見舞いを遠慮した。このあいだ、カレンの狙撃があったばかりで、レイチェルが神経過敏になっているのではと思ったからだった。レイチェルが、ルナとミシェルに危険が及ぶことをとても心配しているのを、クラウドたちも知っている。 そこへ、セルゲイはともかく、「軍事惑星群」の男が顔をそろえるのはよくないと判断したからだった。 クラウドの気配りは正解だったと、ルナとミシェルも見舞いを終えて思った。 「レオナさんとヴィアンカさんの赤ちゃん、見た?」 セルゲイが言った。 「うん! 見た見た!」 ルナたちは、注文したカフェ・モカとジンジャーエールが来たので、ネコ耳とウサ耳をうれしそうに立たせた。 「巨大な赤ちゃんだったね!」 「巨大」 ロビンが笑った。ロビンはロビンで、ヴィアンカは担当役員だったし、(今は、彼女が妊娠したために別の担当役員に代わっている。)レオナは同僚ということもあって、見舞いに来ていたのだが、娘にメロメロのおっさんふたりに絡まれて懲りたらしく、ここに避難していたのだった。 「そういや、」 アズラエルが思い出したように、ロビンに聞いた。 「おまえ、真砂名神社の階段、上がれたか」 ロビンの顔が、とたんに、ドロドロのコーヒーを飲んだような顔になった。 「まさなじんじゃのかいだん?」 ルナは、リスのように頬を膨らませてジンジャーエールを飲んでいる。 「ン〜……」 ロビンが手にしているコーヒーは、ふつうのブレンドだ。粉が底にたまるようなコーヒーでもない。 「……上がらなかった――というのが、まァ、正しいかな」 ロビンは、明後日の方向を向いたまま言った。 「ようするに、上がれなかったのか?」 クラウドが、嫌みったらしく言うと、ロビンはカチンときたのか、 「上がれなかったんじゃねえ! 上がらなかっただけだ!」 「だから、ようするに、上がれなかったんだろ」 アズラエルまで言った。 ロビンは、なぜ自分が、階段を上がれなかっただけでバカにされているような気がするのか、分からなかった。あれはただの階段だった。アクロバティックなコースもなければ、よじ登らなければいけないような、急斜面だったわけでもない。 「俺は、上がらなかったんだ!!」 「マジ!? ロビン、上がれなかったんだ!」 起きてはならぬことが、起こった。よりによって、ミシェルが、信じられないという顔で、ロビンを見ているではないか。 「ミシェル、これにはわけが……」 訳が、と言いかけて、ロビンは、持ち合わせる「わけ」がないことに気付いた。あれはただの階段だった。たしかにふつうの階段だった。老若男女、だれもが上がっていた。 ロビンひとりが、上がれなかっただけである。 「ああ! 分かったよ! 上がってやる! 上がって、上から写真でも取ってくりゃいいんだろ!!」 ロビンは悔しまぎれに叫んだあと、「そういうおまえらはどうなんだ。上がれるのか?」と最後の頼みの綱で聞いた。 だれかひとりくらい、あの階段を「上がる気がないヤツ」がいたっていいはずだ。 ロビンはそう思ったが、みんなそろって――愛するミシェルと憎たらしいクラウドをふくめ――ちっちゃなうさこちゃんまでうなずいたので、ロビンは地団太を踏んで、その場をあとにしたのだった。 |