百三十八話 LUNA NOVA




 それは、バーガスとレオナが引っ越してきた翌朝だった。

 ルナはみんなのなかで一番早起きだが、今日も一番に起きて、キッチンに飛び込んだ――はずだった。

 「おう! おはよう、うさこちゃん」

 「……おはようございまひゅ?」

 びっくりして、ルナは噛んだ。なぜならそこには、グレーストライプのエプロンをつけたバーガスおじさんが、フライ返しを持って立っていたからだ。

 「早起きだなァ」

 「バーガスさんこそ!」

大きなテーブルには、すでに美味しそうな朝食がスタンバイされていた。

 真っ白なワンプレートのお皿に、形よく整ったオムレツ、ベーコン、サラダにフルーツが、彩りよく盛られている。大鍋には湯気を立てたオニオン・スープが。みっつのパンかごにはトーストとバーガスの拳ほどもある丸パン、バゲットが山盛りになっていて、ふたつのコーヒーサーバーにもたっぷり、香ばしいコーヒーがつくられている。

 

 「おいしそう!」

ルナが思わず絶叫すると、バーガスが「だろう?」と胸を張り、さらに何か言おうとしたルナを、「OK、OK。わかってる」と制した。

 「うさちゃんの仕事を取り上げたりしねえさ。そこに、美味そうなライスが炊きあがってる。そっちはうさちゃんに任せる。だけど、こんなに大勢の分を毎日つくるんじゃ大変だ。これからは俺を、副料理長だと思ってくれれば。うさちゃんが、シェフだ。OK?」

 ルナはぽっかりと口をあけ、「バーガスさんがシェフでいいよ!」と叫んだ。

 「じゃあ、ここはふたりの店だ」

 バーガスとルナはがっし! という感じの握手をし、キッチンは俺たちの手で守るぞという、なんだか熱い誓いをした。

 

 「とっても、おいしそう……」

 そして、うさぎはうさ耳をぴこぴこさせて、テーブルの上の朝ごはんを見つめた。ルナは和食派だが、こんなにおいしそうな朝ごはんなら、パン派に変わってもいい気がした。

 そもそも、ルナが実家にいたころの朝ごはんは、毎日パンだった。

 「さァて、俺のほうは終わった。うさちゃんの手伝いをするか。俺は何をすればいい?」

 「じゃあ、だいこんをいちょう切りにしてください!」

 「まかせとけ」

 ルナはエプロンをつけて、威勢よくキッチンに立った。

 K27区で暮らしていたころは、和食派とパン派と半々だったために、ルナは両方用意していた。アズラエルも手伝ってくれていたが、彼は毎回キッチンに立つわけではない。

もしかして、これからは、バーガスもいっしょに料理をしてくれるのだろうか。だとしたら、とても助かるルナだった。バーガスの料理上手は、以前ホーム・パーティーを開いたときに、分かっている。

 

 「おはよう――! 二人とも早起きね」

 セシルが慌ただしく飛び込んできた。そして、テーブルの上を見て目を丸くする。

 「うわあ、すごい……!」

 「もう少しゆっくり寝ていても良かったんだぜ、セシル」

 バーガスが鼻歌交じりで大根を刻む。みそ汁の具だ。包丁の速さに、ルナもまた口をぽっかりあける。

 

 「こんなにすごい朝食つくられたんじゃ、参るよ。あした、あたしがつくったヤツ、みんなが食べてくれなかったらどうしよう」

 セシルが困り顔でエプロンをつけた。

 「なに言ってんだ。俺がつくったのは、卵を焼いたヤツと葉っぱを混ぜたのと、ベーコン焼いただけだろ」

 「まるで、ホテルの朝食みたいじゃないか」

 セシルの意見にルナは同意した。バーガスは、ルナがつくっただし汁に、手際よく刻んだ大根を入れ、呆れた口調で言った。

 「セシル、おまえきのう、ハムエッグなら作れるっていったじゃねえか。それでいいんだ、それで」

 「セシルさんも作ってくれるの!?」

 ルナは驚いて聞いたが、セシルは、「口を滑らせた気がするね」と肩を落とした。

 

 「セシル、バターとジャムと、ヨーグルトを、冷蔵庫から出してくれ」

 「はいはい」

 「ルナちゃん、魚はどうする? 焼くか?」

 「どうしよ……バーガスさんのつくってくれたプレートがあるからじゅうぶんって気もするけど、みんなけっこう、食べるんだ」

 K27区で住んでいたころも、和食と、パンがメインの朝食と、両方つくったが、いつも余らなかった。それを言うと、

 「だろうな。俺も一応、多めにパンを用意したが、足りるとは思ってねえ。魚は――冷蔵庫のコレを焼けばいいのか?」

 「うん」

 「おお、やってンな」

 アズラエルが、あくびをしながらキッチンに顔を出した。

 「おまえも起きて来たんなら、手伝え」

 「俺は、明日の朝担当だろ」

 バーガスは、アズラエルにも手伝うようにいったが、彼はすぐに洗面所の方へ姿を消した。それを皮切りに、みんながぞろぞろと起きてきて、キッチンを覗き、テーブルの上に並んだ朝食に目を見張って、洗面所に駆け込んでいった。

 

 

 「いっただっきまーす!」

 食卓にみんなそろったところで、賑やかな朝食がスタートした。ピエトとネイシャと、ミシェルのあいさつがひときわ大きかった。

 「なにこのオムレツ! おいしい!」

 ミシェルが、真っ先に歓声を上げた。

 「え!? バーガスさんがつくったの。すんごい旨いよ!? どうやってつくったの」

 「生クリームとハーブソルトを入れただけだよ、お嬢ちゃん」

 バーガスがフォークを指先で回しながら、笑顔で説明すると、レオナは憤慨した。

 「また、凝った朝メシつくりやがって。うちじゃこんなのつくらなかったろ! ルナちゃんとミシェルちゃんのまえでいい顔しようとしたね! このスットコドッコイ!」

 「イデデデデ!!」

 レオナに耳をひねりあげられたバーガスは、悲鳴をあげた。

 あいかわらず騒がしい食卓だった。それは、K27区に住んでいたころと変わらない。こんなにうるさい場所にいるのに、レオナの赤ちゃんはまったく起きず、グースカ眠っている。

そう――レオナはベビーベッドを担ぎながら、屋敷中を移動する。その光景に、ルナも最初は口をあけたものだ。

 

 「このベーコン、うめえ!」

 ピエトは、分厚いベーコンに齧りつき、満足げに叫んだ。

 「こんな朝メシ、これから毎日食えんの」

 ネイシャは、めのまえにオムレツのプレートと、ごはんとみそ汁、焼き魚、ほうれんそうのお浸しと、ジャムつきのトースト、ミルクと、ありったけ引き寄せながら、幸せそうに言った。

 「今のうちに目いっぱい食っときな。あしたの朝メシは、母ちゃんのハムエッグだからね」

 セシルは、熱々のオニオン・スープに舌鼓を打ちながら、がっかり顔で言った。

「えー!?」

こちらも、ネイシャの、はっきりわかるほどのがっかり顔。

 

 「ハムエッグの何が悪いの」

 クラウドが不思議そうに尋ねる。「俺、ハムエッグ好きだけど?」

 「あたしも」

 「ハムエッグに罪はないです……」

 ミシェルもルナも言った。

 

 「ミシェル姉ちゃんも、ルナ姉ちゃんも、毎朝ハムエッグだけだったら、分かると思うよ……」

 ネイシャは、オムレツを大事そうに食べながら言った。

 「朝も昼も夜も! 一日ぜんぶとか、一週間ずっとハムエッグのときがあったから」

 「? 俺もイモばっか食ってたぜ」

 「ピエトのワイルドライフは特別だっていっただろ」

 ネイシャはためいきまじりに言った。

 「金がないのはわかってるから、贅沢は言えなかったけど、コーンフレークとかでも、たまにはいいと思ってたのに、母ちゃんはヘンなとこで手作りにこだわるから」

 「だって、毎日レトルトも良くないだろ」

 「……ハムをベーコンに変えるとか、目玉焼きとソーセージにしてみるとか、そういう選択肢はなかったのか」

 グレンが食卓にソーセージがないことを暗にほのめかしたが、気づいたのはルナだけだった。

 「あ。――そういえば、そうだね」

 セシルは、はっと気づいた顔をした。

 「じゃああした――あしたは、ベーコン・エッグに挑戦してみようか」

 「その意気だよセシル!」

 レオナが励ましたが、セシルも大概ヌケているということに、誰もつっこまないのだろうかと、みんなは思いながら、朝食を続けたのだった。

 



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