オムレツのプレートは人数分あった。だからといって、ルナが用意したご飯とみそ汁、魚が余ることはなかった。 ルナはプレートに大きな丸パンを半分、スープにコーヒーで、おなかがパンパンになったのだが、ほかの皆は、それで足りるわけがなかった。 カレンひとりがいなくなったからといって、エンゲル係数が減るわけではない。バーガスとレオナという大食漢が二人加わり、ネイシャもけっこう食べることが発覚した。けっきょく米粒ひとつ残ることはなかった。 「たいへんだ……」 ルナは、すっからかんのみそ汁鍋とスープ鍋、そして綺麗になくなってしまった炊飯ジャーの中身、パンくずひとつ残っていないパンかごを呆然と見つめた。 デジャヴュだ。こんな事件は、カレンたちが一気に越してきたときに、起こった。 「ルナちゃん、みそ汁余ってない?」 K27区で毎日聞いてきた言葉である。ルナが首を振ったことで表れる、セルゲイとクラウドのせつない表情も、繰り返されてきた悲劇だ。 「ごめんよ! 最後の一杯、あたしが食っちまった!」 悲劇の元凶である、満腹状態のレオナがそこにいた。 「ルナちゃん、俺たちが担当のときは、毎朝和食とパンと、両方用意した方がいいかもしれねえなァ、これは。――俺がパンのほう受け持つよ」 「――うん」 「アズラエルが手伝ってたとはいえ、ほとんどひとりでこの量を用意してたのか? 大変だったなァ」 バーガスも、なにひとつ残らなかった食卓を見て、さすがに苦笑いした。そういうバーガスも、けっこう食べたのである。これでもあとから、グレンのために買っておいたソーセージをボイルして出し、バーガスとレオナが食べたいと言いだしたので、魚も焼いた。それらも残らず、皆の胃袋に収納された。 「だし巻卵がないことが、ちょっと足りない理由」 ミシェルは言った。ルナは「オムレツがあったよ!?」と絶叫したが、「だし巻卵は別。べつばら」とおかしなことを言いだした。 明日はアズラエルとセシルが朝食担当だが、どうなることやら。 ルナはあと数日たったら、この席にエーリヒとジュリも加わるのだと思ったら、なんだかとてつもない状態になりそうな気がして、コーヒーのマグカップを持ったまま、しばらくおくちをぽっかりしていたのであった。 「ほら、ルナちゃん、それ貸しな」 「ほわ?」 朝食後である。 後片付けは、セルゲイとグレン、ミシェルが引き受け、ルナは洗濯をしようと、着替えを持って一階の洗面所に来た。 洗濯機は、このひろい洗面所に、五つ備え付けてある。各自が、以前の部屋でつかっていたものをそのまま持ってきたから、五つの洗濯機は全部種類が違うが、ずらりと並んだ様は、まるでコインランドリーである。だれかがつかっていても、五つもあるのだからだいじょうぶだろうと思ったルナだったが、先に来ていたレオナとセシルが、ルナの洗濯物が入った籠を奪い取った。 「だいじょうぶ、タオルとパンツをいっしょに洗いやしないから」 レオナの台詞にセシルが笑い、ルナの籠を受け取って、中身を選別して洗濯機に放り込む。 「え? あの、でも、」 「嫌じゃなかったら、まとめて洗濯したほうが水も節約になるし、いいんだよ」 「ルナちゃん」 セシルが、洗剤を洗濯機に入れてから、言った。 「さっきミシェルちゃんにも言ったけど――みんなで共同生活をするんだから、家事は分担しよう。あたしもあまりうまくはないけど、朝メシはつくることにしたから。夜の分は、あんたやバーガスさんにお任せしちゃうかもしれないけど、」 「そう。あたしもメシがつくれないから、バーガス任せだし。――昨夜、ルナちゃんたちが早く寝ちゃったから、勝手に決めちゃって悪いとは思ったけど、ちゃんと役割分担を決めたんだ。キッチンに行ってカレンダーを見てごらん。不公平はないはずだよ」 レオナがウィンクしたところで、「行ってきまーす!!」の大声がした。ピエトとネイシャだ。 「いってらっしゃい!」 三人そろって返事をすると、そばで寝ていたチロル――バーガスとレオナの子だ――が大声で泣き出した。 「よしよし」 あわててレオナが抱き上げる。 「やっと起きたね――びっくりするほどおとなしい子だよ」 セシルが目をぱちくりさせた。 「寝てばっかりさ。バーガスみたいにならなきゃいいけどね」 「赤ちゃんは、ふつう寝っぱなしだよ、レオナ」 セシルは苦笑した。 ルナがキッチンにもどると、片付けは終わっていた。セルゲイとグレンはもういなかった。ミシェルがカレンダーをながめていたので、ルナも並んでカレンダーを見た。 「洗濯当番ってゆうのはないね」 「うん……」 セシルとレオナが洗濯をするついでに、ルナの分も洗ってくれたのだろう。役割分担にあったのは、ゴミだしと食材などの買い出し、そして掃除当番くらいだ。 「お風呂掃除は、今日、レオナさんだし――セシルさんが買いだしにも行くの? トイレ掃除もあのふたりがやるの?」 ミシェルは、当番表をにらんで言った。 「どう考えても、セシルさんとレオナさんの当番、多くない?」 「ほんとだ」 レオナは、不公平はないと言っていたが、これでは、レオナたちの負担が大きすぎるのではないだろうか。 ルナとミシェルは、あわてて洗面所にもどり、そのことを話したが、ふたりは笑って取り合わない。 「いいの。あたしは、これから子育てで家にいることが多くなるし――まァ、いままでもそうだったけど――家の中でできることなら、なるべくやろうと思ってさ」 「あたしも、しばらくはレオナの子育てを手伝いながら、のんびりさせてもらおうと思ってるの。ルーム・シェアのおかげで、あまりお金もかからないし、助かってる。だから、多少は家事をさせてちょうだい」 「そうそう! 家のことは、あたしら二人に任せて、ルナちゃんたちは好きなことをしな! ルナちゃんなんか、まえの家じゃ、家事ばっかりで、ろくすっぽ遊びに行ってなかったってセルゲイ先生が言ってたよ! それじゃァかわいそうだ」 「たまには、アズラエルとデートでもしておいで」 「でもあの、干すくらいはてつだ……」 「ほら、行った行った!」 ミシェルもルナも、洗面所から追い出されてしまった。ふたりはすっかり閉じられてしまった洗面所のドアを見つめてから顔を見合わせ、 「……じゃあ、でかけてこようか」 「……うん」 と、ぽてぽて、空の籠を引っ提げて、自室に向かった。 「お母さんが、ふたり増えた感じかな?」 ミシェルがぽつりと言い、ルナも、「そうかも」とアホ面で言った。 「でも、任せきりはきっとよくないよね」 「うん。手伝えるときは、手伝おう――あ、そうだ」 ミシェルが思い出したように言った。 「ごめんね、ルナ。このあいだいっしょに行こうっていったけど、K23区はあたしひとりで行ってくるよ」 「えっ、なんで」 せっかくふたりとも、時間ができたのに。 「べつにルナも来ていいんだけど――あたし、工房で、グラスをつくって来ようと思って」 ミシェルは言った。 「ララさんへのお礼に。このあいだから、いろいろもらいっぱなしだし」 K23区にもガラス工房がいくつかあって、予約すれば、自由に使わせてもらえる工房もあるらしい。 「今日は気晴らしに、観光だけしてくるつもりでルナも誘ったんだけど、そういえばって思い出して。あたしがグラスつくってるあいだ、ルナは退屈でしょ?」 「……うん」 「まァ、K23区も退屈はしないよ。フリーマーケットはあちこちで開かれてるし、道端のアクセサリー売りとか、絵を売ってる人もいるし。でも、グラスつくってからでないと一緒にまわれないから」 ミシェルの言葉に、ルナはうさぎ口をし、 「じゃあ、あたしはK25区に行ってくる」 と言った。 「“白と青の街”?」 「うん。それでね、あたしもなにか、お土産買ってくるから、ララさんのとこには一緒に行こう」 「わかった」 |