ルナが部屋に戻ると、アズラエルはいなかった。ベッタラたちとの訓練に行ったのだろうか。 肩掛けバッグに、財布やらハンカチやらを入れ、出かける用意をはじめていると、クローゼットから光が零れているのが見えた。ルナはあわててクローゼットを開き、ZOOカードボックスを出した。 ルナが箱をゆかに下ろすまえに箱が勝手に開き、ぴょこん! と「導きの子ウサギ」が飛び出した。 『ルナ! 久しぶり! 元気だった?』 「元気だよ!」ルナは叫んだ。 「いっぱい聞きたいことがあったの。どうして最近出てきてくれなかったの?」 拗ねた口調で聞いたが、導きの子ウサギはせわしなく言った。 『ごめんね。月を眺める子ウサギも、忙しくって――僕もそう――大忙しなんだ! 今日は、月を眺める子ウサギからの、伝言を持ってきた』 「伝言?」 いったい、なんだろう。 「ケヴィンたちの、不思議な名前のこと?」 『不思議な名前?』 導きの子ウサギは首を傾げた。 「エポスとか、ビブリオテカってゆう名前」 『そっちは、僕知らないよ』 ほんとうに、知らなさそうだった。 「じゃあ、月を眺める子ウサギは、“華麗なる青大将”と“真っ赤な子ウサギ”のことは、なにかゆってた?」 導きの子ウサギは、チョコレート色の頭を、困ったようにかしげた。 『それも、聞いていないよ』 「そう……」 ルナはがっかりした。 「うさこは、まだぜんぜん、あたしのところへ来れないの?」 『う〜ん……でも、もしかしたら、ルナのところにはもうすぐ、“お知らせ”が来るかもしれないよ。“パズル”が完成したそうだから』 「パズル?」 あたしのところに来ないと思ったら、うさこはパズルなんかしていたのか。ルナは怒ったが、導きの子ウサギは笑った。 『そういうパズルじゃないよ。でもきっと、そのうち来るよ。じゃあ、伝言を言うね』 導きの子ウサギがもふもふの右手を挙げると、カードが飛び出してきた。 『彼は、導きのツバメ』 ルナはメモを取りながら、カードを見つめた。地球を目指して、羽ばたいているツバメの絵だ。 「――このひとは、だれ?」 ルナは聞いたが、導きの子ウサギからかえってきた返事は、質問の答えではなかった。 『ルナ、彼に会いに行けって、月を眺める子ウサギは言っていた』 「――え?」 『彼に会えるのはたった一度だけ。彼のメッセージを良く聞くんだ。それがきっと、“白ネズミの女王”をたすける手立てになる』 「白ネズミの女王を!?」 ルナのウサ耳が、これでもかというほどびーん! と立った。 『僕も忙しいから、じゃあ、またね!』 「え、ちょ、ちょっと待っ……」 導きの子ウサギは、さっさと消えてしまった。ルナは呆気にとられて、口を開けた。 (会いに行けって、どこにいるのよう!) 居場所も教えてくれないなんて。――それに。 (――“パズル”?) それは、このあいだのケヴィンやアルフレッドの、謎の名前と関係があるのだろうか。 ルナはついに、ちっちゃな頭を抱えて唸った。 「あたしはクラウドじゃないから、むずかしい謎かけは分からないよ!」 三十分ほど日記をめくりながら考えてみたが、ちっともいい考えなど浮かばなかった。 「もういいや――あたしもでかけよう」 ルナは、バッグの中に日記帳を入れ、さっきの「導きの子ウサギ」のように、ぴょこん! と勢いよく立った。そして、謎のうさぎダンスを披露してから、一目散にシャイン・ボックスへと向かった。 ルナは、まずK19区に飛んだ。 「K19―P1」の数字を押すと、あっという間に目的の場所までワープした。向かいのドアが開き、ルナはシャインの外へ出た。 外は、石畳の回廊だった――周囲は壁だが、晴れ渡った空は見える。ルナは多少、くねくねと曲がる道をあるき、鉄製の扉を開けて外へ出た。とたんに、鼻をかすめる潮のかおり。 (――あ、ここ) 左は、夢の中で「キョウカイ」と呼んでいた、K19区役所だ。目の前は石畳のひらけた広場に、海。 (あれ?) ルナは首を傾げた。 (あたし、まえも、ここを通って、この広場に出て――) だが、シャインをつかってK19区に来たのは、これがはじめてである。 それ以外であの回廊を通ったことが? ――あるわけはなかった。アズラエルと来たときは、自動車でここへ来た。ピエトの荷物を取りにきたときも、クラウドの運転で、ここに来たのだ。 遊園地横の、大通りから。 (ちがう。あたし、そのまえにもさっきの道を通って、ここに出たことがある) ルナは記憶を探ったが、まったく分からなかった。ルナがここに来たのは、ピエトと出会ったあの日が最初。シャイン・システムをつかってここに来たことはない。 「……」 ルナはしばらく、アホ面でたたずんでいたが、カモメの鳴き声で、我に返った。 やがて「海だー!」と叫んで、ぺぺぺぺぺと駆けだした。むずかしいことを考えるのをすっかり放棄したうさぎは、ガードレールから身を乗り出して下をながめた。すこし向こうに、下に降りられる階段があり、そちらへ行こうとして、ふたたび我に返った。 「あっ! ちがうの。海を見に来たんじゃないの!」 ルナは勝手にひとりごとを言ったが、だれも聞いている人間はいないし、ルナを不審者あつかいする人間もいなかった。 このK19区は慢性的に人がいない。今日も海専門の鳥の鳴き声がするだけで、人の気配はまったくなかった。ガソリンスタンドにつづく大通りも、まったく車が走っていない。 「……」 あいかわらずの過疎地ぶりに、ルナはためいきをついてから、閉鎖している、例の遊園地に向かった。 快晴だというのに、今日も遊園地は、どこかどんよりして不気味だった。ルナは、鉄製の門のところの、「ルーシー・L・ウィルキンソン 寄贈」の文字を指でなぞった。長年つかわれていないことを証明するように、鉄さびがルナの指についただけだった。 (ルーシー……) ルナは、ルーシーに心の中で話しかけた。 (この遊園地は、どうして運営していないの? どうしてつくったの? それとも、つくってる途中でルーシーは死んじゃったのかな? 夢に出てくる遊園地は、この遊園地だよね? ルーシーは、ラグ・ヴァーダの武神となにか関係がある?) ルナはいろいろ聞いてみたが、こたえがあるわけはなかった。 日差しは暑いのに、急に背筋が凍るような風が吹いた――そういえば、ここはお化けが出ると、ピエトが言っていたのだった――ルナは「うわあ!」と叫んで、帰ろうとしたが、そのとき、正面から見て右手にある遊園地の入り口――つまりチケット売り場から、紙が一枚、風に流されて地面に落ちたのが見えた。 |