ケヴィンとアルフレッドがL52を発ったのは、二日後のことだった。編集者がアーズガルドと交渉するのに、一日要したからだ。決まったあとは、すぐにチケットを取り、ふたりはひといきにL22へ飛んだ。軍事惑星群にはいるには、どちらにしろL22を経由しなければならない。L22が軍事惑星群の窓口だからだ。

 L52からL22までは三日かかる。

L22のスペース・ステーションは、バンクスについて何度か来たことがある。ひろい構内を、地図を見ながらさまよい歩き、やっと西口のターミナル駅を見つけた。そこがアーズガルド家のガイドとの待ち合わせ場所だった。

 ターミナル駅の玄関口に出ると、外にはスーツ姿の男性が待っていた。

つめたく鋭い相貌。ケヴィンたちと変わらない若い男だったが、人相はわるかった。軍事惑星群の人間特有のけわしさに、ふたりは一瞬怯んだが、彼のほうから二人の姿を見つけて寄ってきた。手持ちの写真と、ふたりの顔を見比べ、彼は言った。

 

 「ケヴィン・O・デイトリスさん、で、弟のアルフレッドさん?」

 「は、はい!」

 迎えの男は、無表情でふたりを確認した。どちらがケヴィンで、どちらがアルフレッドかを確認することもなかった。双子である彼らは、たいてい初対面には聞かれるものだが――彼には、どうでもいいのだろう。

歓迎されていないのは、手に取るようにわかった。

 

「はじめまして。今回は、あの、」

 「俺は、オルド・K・フェリクスといいます。主ピーターのつかいでお迎えにあがりました」

 

 彼は、握手のために手を差し出しもしなかった。そのまま踵をかえし、路肩に止められている黒い車にふたりをうながした。

 ケヴィンとアルフレッドは顔を見合わせ、こくりと喉を鳴らして、車の後部座席に乗り込んだ。

 

 車は、ふたりが乗ったのをたしかめると、すうっと動き出し、主要道路にはいった。

 L22は、比較的L5系のように、近代的な大都市が、星の半分を占めている。シャイン・システムも、L20よりはだいぶ普及しているはずだった。だが、なぜか迎えはシャインではなかった。

 アーズガルドは、マッケラン同様、軍事惑星の四名家のひとつのはずだが、車は高級車ではなかったし、ほかに運転手がついているわけでもなく、運転手はオルドだった。この車は、オルドの私用車かもしれない。

 雨が降ってきた。ワイパーが水をはじき、動くのを見ながら、ケヴィンが後部座席からオルドに話しかけた。

 

 「急に、無理を言って、申し訳ありませんでした」

 「……」

 オルドからの返事はない。

 「……バンクスさんの行方は、やっぱりまだ、」

 「分からない。話すのは、ついてからだ」

 ぴしゃりと、オルドはさえぎった。ケヴィンとアルフレッドはふたたび顔を見合わせ、「……すみません」と謝った。ここで彼の機嫌を損ねて、送り返されてはたまらない。

 ふたりは、つくまで、なんとか無言の緊張に耐えた。

 

 アーズガルドの屋敷に連れて行かれると思いきや、オルドが車を停めたのは、大きなホテルの駐車場だった。雨はいよいよ本降りになっている。地下駐車場に車を停め、オルドは無言でふたりに降りるよううながした――というかにらみ付けた。

 ふたりは肩をすくめてトランクを下ろし、彼のあとをついていった。

 ガラス張りのエレベーターで32階へ。マッケラン家の屋敷内にあったホテルに勝るとも劣らない高級ホテルだった。長い廊下をオルドは進み、指紋認証の装置にてのひらを当てて、ドアを開ける。

 

 「もどりました」

 マッケラン家のホテルの部屋の、二倍のひろさはある室内に、濃いブルーのスーツにカラーシャツの若い青年が立っていた。髪色も濃いブルーだ。

「お帰り、オルド」

理知的ではあるが、もつ雰囲気と口調は柔らかく、ケヴィンたちはやっと強張っていた肩がゆるんだ。

 

 「こんにちは、ケヴィンさん、アルフレッドさん。――失礼。どちらがケヴィンさんで、アルフレッドさんだろう?」

 「俺が、ケヴィンです」

 「僕が、アルフレッド」

 ケヴィンは青いカットソーの重ね着を、アルフレッドはストライプのシャツに、赤褐色のセーターを着ていた。

 ふたりはかわるがわる好感度の高い青年と握手をした。

「俺は、ピーター・S・アーズガルド。アーズガルド現当主です」

 双子はやっと、あいさつらしいあいさつを交わすことができた。

 「長旅、おつかれさまです。さあ、座って」

 優しそうな人で、ほっとしたのはケヴィンだけではない。アルフレッドの、緊張に白くなっていた顔に、やっと色がもどってきた。

 向かいのソファをすすめられ、ルーム・サービスがちょうどよいタイミングで運ばれてくる。ワゴンにはウィスキーと、それからあたたかい紅茶と、菓子が盛られたカゴ。

 

 「酒は飲めますか」

 「あ、お、俺たちは、紅茶で――」

 「まあ、そんなに緊張しないで」

 ピーターは苦笑した。

 「オルドは怖かったかもしれないが、信頼できる奴です。俺がいちばん信頼している秘書だといってもいい」

 「は――はい」

 

 ケヴィンとアルフレッドは、紅茶とウィスキーを、両方めのまえに置かれ、なんとか返事をした。オルドはピーターのかたわらに立ち、つめたい目でふたりを見下ろしている。

 ピーターは、手ずから彼らの前に洋菓子を置いて、自分も、洋菓子の包みを開けて頬張った。

 「腹減った――今日は、昼を食いそびれてね。俺、これ好きなんだよね」

 砕けた口調で言って、にこりと微笑む。彼が、ケヴィンとアルフレッドの緊張をほぐそうとしてくれていることだけはたしかだった。

 「ひといきついて。話はそれからにしよう」

 「……あ、じゃあ、いただきます」

 やっと、ケヴィンが先に紅茶に口をつけ、菓子を取った。双子が菓子を一つずつ食べ終わるまで、ピーターは当たり障りのない話題を振った。本題に入ったのは、カップの紅茶がなくなりかけ、ケヴィンが二つ目の菓子に手を伸ばしたあたりだった。

 

 「それにしても、バンクスを探しに、こんなところまで。――彼も、人望があるな」

 ピーターの苦笑交じりの台詞に、ケヴィンは、菓子をかじるのをやめた。

 「コジーさんから聞いていると思うが、うちでもバンクスさんの行方を追っている。今日の昼時点で、まだ見つかっていない」

 コジーは、ケヴィンの編集者の名前だ。

 「それで、結論から言うと、――大変に申し訳ないが、君たちにはこのまま、帰ってほしいんだ」

 「えっ――」

 

 ケヴィンたちは、顔をこわばらせたが、ピーターは、真剣な顔だった。

 「これだけは約束する。バンクスの消息がわかったら、かならずすぐに連絡しよう。だが、君たちは危険だ。L52に帰った方がいい」

 「……でも、あの、俺たちは、」

 「きっと、電話で話すだけじゃ、納得してもらえないと思ったから、一度は足を運んでもらったんだ」

 コジーさんも、そういっていた、とピーターは前置きし、声を低めた。

 

 「君たちは、バンクスの助手として、マッケラン家に赴いている――そうだね?」

 

 ケヴィンもアルフレッドも、息をつめた。

 「バンクスを追っているのはウチだけじゃない。ドーソンも、ロナウドも、マッケランも、それぞれの意図を持って、彼を追っている。しかし、その“意図”は、決して同じではない」

 ピーターの表情はおだやかだったが、どこか戦慄するものを感じて、アルフレッドはふたたび竦んだ。

 自分たちとそう年齢は変わらないと思うのに、当主というものは、これだけの貫録を持つのだろうか。

 

 「うちとロナウド家は、バンクスを保護するために彼を追っている。これだけは信じてほしいんだが、純粋なる保護が目的だ。だが、ほかの家はそうじゃない。ドーソンも彼を――拘束するためにさがしているし、マッケランも同様だ」

 「え?」

 ふたりは絶句した。

 「どうしてマッケランが――だって、あれは、アミザさんが、」

 「アミザの独断だ。そうだろう?」

 ピーターははじめて、苦い笑みを表情にのぼらせた。

 「アミザの行動は、過激すぎた。今回のことは、マッケランにとっても手放しには喜べない状況なんだ。――膿を出すには切開手術が必要なことはたしかだが、アミザは麻酔もなしに、バッサリやってしまった」

 「……」

 「マッケランの“後遺症”は、楽観視できない状況だ。アミザの代わりに、バンクスを“悪者”に仕立て上げないと、事態を収拾できないのかもしれない。マッケランも、ひそかにバンクスを探している。――はっきりとしたことは言えないが、保護目的じゃないことは確かだ」

 ピーターは、氷の塊をウィスキーの中でカラリと回すと、口に含んだ。

 「バンクスは、もともとドーソンには目をつけられていた。だから、彼になにかあったと考えるのも妥当だが、彼が自ら、身を隠しているという可能性もあり得るわけだ」

 「――!」

 



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