ケヴィンとアルフレッドは、ふたたび顔を見合わせた。アミザの狙撃のこともあって、バンクスが危険な目に遭っているとばかり考えていたが、ピーターのいうことも一理あった。 バンクスは、自分から、隠れているのかもしれない。――騒動が落ち着くまで。 「それから、ドーソンには、君たちの顔も割れてる、と思ったほうがいい。マッケランには、完全にね。――軍事惑星にのこるのは、危険だ」 最後の台詞は、ほんとうにふたりの身辺を気遣うかのように、優しげだった。 「君たちのことはだいたい、コジーさんから聞いてる。バンクスの取材についてまわったって言ってたけど、危険地域には足を踏み入れてないようだ。バンクスの仕事をぜんぶ知ってるとはいいがたい。だが、ドーソンもマッケランも、きっとそうは思わないよ」 ケヴィンもアルフレッドも、ちいさく震えた。軍事惑星群が怖いのは、ふたりも十二分に分かっている。 「君たちが、L52でこれからも普段通りの生活を続けてくれるというなら、マッケランもドーソンも、おかしなことはしないさ。でも、無理にバンクスを探しに行くとなれば当然――巻き込まれることもあるということだ」 ふたりがうつむいてしまったのを見て、ピーターは励ますように言った。 「分かってる情報だけ、教えてあげる。バンクスはね、どうやら、L18でゆくえが分からなくなったらしいんだ。L03に飛んだって話もある」 「――L03?」 「言っておくが、いまの辺境惑星群は、ここよりもっと、危険だよ」 ピーターは、笑顔でくぎを刺した。 「約束する。バンクスが見つかったら、一等先に知らせるよ。だから、せっかくここまできてもらって悪いが、帰った方がいい。君たちには、軍事惑星は危険すぎる」 ――ピーターと話したのは、ものの三十分に過ぎなかった。彼が多忙を詫びて、部屋を出て行ったあと、ケヴィンとアルフレッド、そしてオルドが部屋に残された。 オルドは、ピーターを丁重にドアから送り出したあと、 「今夜はここに泊まってくれ。ホテル代はうち持ちでかまわない。だが、一泊以上は、金をもらうよ」 オルドはシンプルにそう言い、 「どうする? 明日にもここを発つというのであれば、L52行きのチケットの手配をしてくるが」 一応、台詞は質問形式だった。どうしても追い出すというわけではないらしい。 ケヴィンとアルフレッドは、何のためにここまできたか分からないと言った顔で訴えたが、彼の鉄面皮は揺らがなかった。 「俺たちは――」 ケヴィンは立ち上がり、言いかけ、またすとん、とソファに座った。ピーターのいうことも分かる。そして、ケヴィンたちは、アーズガルドの保護なしでは、なにひとつできない。 ケヴィンも、ここまで来たはいいが、どうやってバンクスのゆくえを追ったらいいのか、さっぱりわからなかった。 ケヴィンたちは、来てみればどうにかなるという気持ちで――ほぼ、アーズガルドを頼りにここまで来たわけであって、計画性もなかった。完全に、ガイド頼りだった。L22の裁判所にしろ、ケヴィンたちが回ろうとしているバンクスの足跡は、すでにアーズガルド家も調査済みなのだ。ケヴィンたちにできることはない。ピーターのいうとおりだ。オルドに言える言葉は何ひとつなかった。 「でも、あの、ガイドを、受けてくれるって……」 意外に食い下がったのは、アルフレッドだった。彼は遠慮がちだったが、はっきりとそういった。 「……」 オルドはちいさく嘆息し、ずかずかと、ソファのほうに踏み込んできた。ふたりは怯んだが、オルドはかまわず、ソファに腰を下ろした。 「正直なところを言おう」 オルドは、何の感情も持ち合わせない顔で言った。 「俺たちは、バンクスをというより――ヤツの死体を探してる」 今度こそはっきりと、ケヴィンとアルフレッドの顔が、ゆがんだ。 「ピーターは、おまえたちを怯えさせないためにああいったが、はっきりと言わなきゃ分からないようだ。――俺たちの見立てでは、バンクスは、もう死んでる」 最悪の予想を、現実だと告げられたのと同じだった。 「……そ、そんな」 ケヴィンの声が震えた。オルドは、しっかりとふたりの顔を見据え、告げた。 「もう、死んでるんだ。だから、おまえたちがどんな希望を持ってヤツを探したとしても、無駄だ」 オルドは、決定打を告げた。彼は、それで二人が引き下がると思っていた。 「だとしたら、よけいに、彼を見つけてあげないと……」 悲壮な顔でいったのはケヴィンだ。 「ウチに任せろ。おまえたちにできることは、なにもないんだ」 オルドは、舌打ちをした。 銃も持てないくせに、聞き分けのない、もののわからない――多少バンクスについて回ったからといって、軍事惑星を知ったつもりでいる、平和な星の住民を相手にしてだ。 「……」 やっとケヴィンも黙った。彼は、頭を抱えて、悲報に苦しんでいるようだった。 オルドはしずかに席を立った。そして、室内の電話機に向かった。 悔しげにうつむくケヴィンの横で、アルフレッドも蒼白な顔をしてうつむいていたが――やがて、あきらめたように天井をあおいだ。 彼は、オルドが電話口でだれかと話すのをうつろな目で見つめた。 「――アズラエルに、銃の撃ち方くらい、習っておけばよかったかな」 オルドは受話器をもどし、部屋を出ていこうとしたときに、そのぼやきを拾った。ひとりごとだったが、静かな室内では、オルドの耳に届いた。 「アズラエル?」 オルドが振り返った。 「アズラエル? アズラエル・E・ベッカーか? メフラー商社の?」 「……そう、です、けど」 アルフレッドが緩慢に顔を上げ――「彼を知ってるんですか」と聞くまえに、オルドのほうが聞いてきた。 「なぜおまえが、メフラー商社の傭兵を知ってる」 オルドの疑問には、ケヴィンとアルフレッドが、かわるがわる答えた。 自分たちは、地球行き宇宙船に乗っていたこと。そこで、K27区に住んでいて、ルナとミシェルという女の子をナンパし、振られたが、友人になったこと。ルナの恋人がアズラエルだったこと。彼らとバーベキュー・パーティーをしたことなどを――。 オルドは黙って、ケヴィンたちの話を聞いていた。 「そういうわけで――ケヴィンは先に降りたから、ルナとは友人だけど、アズラエルとは話してない。でも僕は、ナターシャと一緒に、彼らとバーベキューを……あの?」 オルドの口の端が不気味に吊り上がっていくのを見て、アルフレッドは怖くなって、しゃべるのをやめた。 「ふふっ」 ついに、オルドは笑った。楽しそうというよりかは、なにか企んでいそうな不気味な笑みだったが、双子は、ここにきて、はじめて彼の表情を見た。 「――つくづく、運のいい奴らだ」 「え?」 オルドは再び、ソファへとやってきた。そして、さっきのように真向かいに座ると、切り出した。 「バンクスは、間違いなく死んでいる」 彼は、容赦なく告げた。ケヴィンとアルフレッドの顔いろが、またしずんだ。 「だが、それでもいいというなら――バンクスの無残な死体を見る勇気があるなら、俺がガイドをしてやる。こいつは、アーズガルド家とは無縁の、俺個人の行動だ」 「!?」 オルドの心変わりの意味が分からなくて、双子は顔を見合わせた。 「ピーターは、おまえらをL52に帰せと言ってる。だが、俺が自分からガイドをするといえば、文句は言わんだろう」 「え、あの――」 「おまえらが回ろうとしていたところは、L22の裁判所、そして監獄星だな? 裁判所は、もうだめだ。あそこにはドーソンの手が回ってるし、めぼしい情報はない。監獄星には俺が連れて行ってやる――どうした。やっぱり怖ェか?」 オルドは不敵に笑った。 ケヴィンは、なにが起きたか分からない顔でしばらく呆けていたが、オルドが心変わりする前に、あわてて、「どうか、お願いします!」と頭を下げた。 「お、お願いします……!」 遅れて、アルフレッドも。 「でも――急にどうして」 「アズラエルとお知り合いなんですか」 どうしても腑に落ちないふたりは、不思議そうに聞いた。 「アズラエルは関係ねえよ」 オルドは吐き捨てた。 「おまえら、ルナと友達だって言ったな?」 双子はふたたび顔を見合わせた。 「栗色のながい髪の小柄な女で、どこかヌケた雰囲気の」 ケヴィンは、こくりとうなずいた。 「ルナっちは、ともだちだ」 オルドは、にやりと笑った。 「そうか。――ルナ・D・バーントシェントは、俺の恩人だ」 |