ケヴィンとアルフレッドは、なにが起こったか消化するまで、一晩を要した。

 ルナとオルドの関係性もまったく分からなかったし――二人が知り合ったのは、おそらくアズラエル経由であろうことはうかがえたが、オルドはルナを「友人」ではなく、「恩人」と呼んだ。

 オルドは、何らかの形でルナに恩を受けた――だから、ルナの友人であるケヴィンとアルフレッドに協力しようとしているということはわかった。

 ふたりはオルドにそれとなく聞いたが、ルナを恩人だという理由を教えてはもらえなかった。彼がひとつだけ話してくれたのは、オルドも地球行き宇宙船にいて、そこでルナと知り合ったということだけだった。

 それから、オルドが宇宙船から帰ってきたばかりだということもわかった。

 

 「ルナっちは――」

 ケヴィンは言いかけ、「ルナっちは、」とまた、言葉にならない言葉を発した。双子の、兄の言いようのない空白の言葉は、弟だけが聞き取れた。

 「うん、とりあえず、ルナちゃんのおかげで助かったよ」

 歯を磨きながらぼやいた。

 「どうしてルナちゃんが、オルドさんの“恩人”になったか分からないけれど、すくなくとも、そのおかげで、道は開いたよね……」

 「……」

アルフレッドは歯磨き粉をつけた歯ブラシを、ケヴィンにわたした。ケヴィンは歯ブラシを持ったまま、しばらく考え込んでいたが、

「ルナっちは、何者なんだ?」

とつぶやいた。アルフレッドは、歯磨きをやめ、

「ルナちゃんは、――ルナちゃんだよ」

とこたえた。洗面台の鏡越しに。

「そう、だよな――ところで、おまえきのう、眠れた?」

「もちろん」

アルフレッドは昨晩、じつに気持ちよく眠った。アルフレッドのほうが繊細そうに見えるが、こういう場合、彼のほうが図太かった。いつでもどこでも彼は眠れるし、心配ごとがあっても、ちゃんと身体は睡眠に落ちてくれる。

 

 「起きてるか」

 ノックもなしに、オルドが部屋に飛び込んできたので、ケヴィンは歯磨き粉を飲み込むところだだった。

 「朝めしは?」

 アルフレッドがまだだという前に察したのか、オルドは「早く食え」といった。そして彼は電話口に行き、勝手に、てきとうなメニューを注文した。

 「二時間後にはスペース・ステーションに行くぞ」

 「ええっ!?」

 さすが、アーズガルド家現当主をして、最も信頼できる秘書だといわしめる男だった。彼は、すでに、監獄星への渡航チケットを手配していた。そして、ふたりの代わりに、バンクス捜索ルートの計画も立ててくれていた。

 

 「行きの宇宙船でも、スペース・ステーションまでの車のなかでもいい。読んでおけ」

 オルドが双子にわたしたのは、ツアーのパンフレットだった。

 「監獄星――刑務所めぐりツアー!?」

 「アーズガルドの名を使って、今日からのツアーに俺たちの名前をねじ込んだ。急だったが、なんとか席は取れたよ」

 オルドは説明を始めた。そのあいだに豪勢な朝食が届き――双子は、味わう余裕もなく、オルドの話を聞きながら、あらゆる食い物を口に押し込むことを強要された。

 

 「監獄星には、かつて凶悪犯罪者を入れていた収容所や、老朽化して運営してない刑務所を一般公開して客を呼び込んでるツアーがある」

 「……」

 そんなもの、だれが行くんだとケヴィンもアルフレッドも思ったが、彼らは、リスのようにパンをパンパンに口に押しこんでいたので、一言もしゃべることができなかった。

 需要があるから、そんなツアーがあるのだろうが――。

 「L5系から7系じゃ、人気のツアーらしいぞ。おまえら、知らねえのか」

 オルドは、まったく興味がなさそうだった。双子は、コーヒーでパンを流し込みながら首を振った。ケヴィンもアルフレッドも、そんなツアーは興味もないし、できるなら行きたくなかった。

 

 「今回いっしょに行くのは、L5系の団体客だ。まぎれこむことができて、ちょうどいい」

 ケヴィンはやっとパンを飲み下してしゃべろうとしたが、ケヴィンにしゃべらせる気は、オルドにはなかった。

 「バンクスが辿ったルートは、L22の裁判所、それから監獄星の――アランが収容されていた刑務所――そしてL18。そこで消息がとぎれた。L03に行ったって話もあるが、それは多分、眉唾だ」

 「……」

 「アランが収容されていた刑務所は、もうつかわれていない。廃墟は、このツアーに組み込まれている――バンクスは、個人的にここらを回ったろうが、俺たちは、こういうのにまぎれていく方が、安全でいい」

 「わ、わかりました」

 

 ――『取材は今日で終わった。俺は三日後にここを出て、L22の裁判所に飛ぶ。それからL11の流刑星にいく。おまえらとは、ここで別行動だ。俺は、“アランさん”の足跡を追う』――

 バンクスはそう言い、その台詞を最後に、ふたりはバンクスと別れた。その一ヶ月後に、本が届き、ふたりの口座にバイト代が振り込まれた。振込先はL18のATMだった。すくなくとも、そのときまでは、バンクスは無事だったのだ。

 

 「まずは監獄星の、アランが入っていた刑務所に行く。それから、L19のウィルキンソン家だ」

 「ウィルキンソン家?」

 「いいか? これは、“俺の推測”だが、――バンクスの本の出版に関わった連中に、バンクスはかくまわれている可能性がある。あくまで可能性だ。それか、ゆくえを知っている可能性がある。アーズガルドもすでに回ってはいるが、軍事惑星の四名家の名があると、裏を感じてほんとうのことは教えてもらえないかもしれない。だが、おまえらはバンクスの友人だし、四名家には関わってない。だから、知っていることがあれば教えてくれるかもしれねえ」

 

 「!!!!!」

 ケヴィンとアルフレッドは、考えてもみなかったことだった。オルドがまとめてくれたメモを見つめ、「……ありがとうございます、オルドさん!」と感極まった声で叫んだ。

 

 「喜ぶのはまだ早い。可能性だと言ったろう。それに、バンクスは、死んでいる可能性のほうが高いというのは、アーズガルド、ロナウドともに意見は一致してる」

 オルドは、ふたりに期待をさせないよう、冷酷に言った。

 「でも――可能性があるだけでも」

 ケヴィンはメモを見つめた。

 そこにあったのは、バンクスが編集した「バブロスカ〜我が革命の血潮〜」で紹介されていた協力者の名前と、連絡先だった。

 

 バラディア・S・ロナウド(現L19首相。ロナウド家当主)

 オトゥール・B・ロナウド(バラディアの息子。海軍大佐)

 ハーベスト・C・ヴァンスハイト(L19 陸軍特別捜索隊所属)

 エルドリウス・H・ウィルキンソン(ウィルキンソン家当主)

 バクスター・T・ドーソン(L22の軍事教練学校校長)

 

 「まず、ロナウド家は、回らなくていい」

 オルドは、ロナウド家の二人の名を、線で消した。

 「ロナウドもバンクスを探してる。アーズガルドと合同でな」

 それから、バクスターの名も、ボールペンで消した。

 「バクスター自身も、辺境の軍事教練校に幽閉されている立場だ。ドーソンの監視が厳しくて、おそらくバンクスは近づけないだろう。だから、彼も無理だ」

 「じゃあ、あとは、ハーベストさんと、エルドリウスさん……」

 「ハーベストはロナウド家と親しい。もし、バンクスを見つけたとなれば、おおっぴらにはしなくとも、ロナウド家に連絡するだろう。だが、それもない。ハーベストも違う」

 オルドは、彼の名も消した。

 

 「だとしたら――エルドリウスさん――ウィルキンソン家?」

 オルドはうなずかなかった。彼は腕を組んだ。

 「ウィルキンソン家は軍事惑星では中立だ」

 ボールペンで彼の名を突つきながら、ぼやいた。

 「おそらく、バンクスが飛び込みやすいのはここだ。だが、おそらくウィルキンソンにもかくまわれてはいない」

 「それは、どうして――」

 「じつは、バンクスがL03にいるかもしれないと言ったのは、エルドリウスの妻なんだ」

 「え?」



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