「どうも、L03にくわしい女らしいんだが、――週刊誌を見つけたらしい。バンクスが書いた記事を」

 「ほんとうですか!?」

 「ああ。バンクスがL52の出版社から出る週刊誌にその記事を書いたのは、失踪するまえ――つまり、本が出版されるまえだ。L03のメルヴァに関する記事だった。だから、フライヤ――エルドリウスの妻は、彼がL03にいるのではないかと、エルドリウスを通じて、俺たちに情報提供したわけだ。――つまり、ウィルキンソン家にもかくまわれていない証拠だ。彼らにも、バンクスの行方はわからない」

 「……」

 「とりあえず、ウィルキンソン家に行って、直接彼女から話を聞こう」

 「は――はい!」

 それからオルドは、「早く用意をしろ」と言って立ち上がってから、ふと、思い出したように言った。

 

 「……おまえら、ルナとアズラエルが主催したバーベキューに参加したんだったな?」

 「え、ええ?」

 オルドは苦笑した。

 「じゃあ、クラウドとカレンも知ってるんだな? グレンも?」

 双子は顔を見合わせた。みんな、楽しく飲んだ仲間だ。

 「そのハーベストは、クラウドの父親だ」

 「!?」

 双子は、目が飛び出さんばかりの勢いで、メモを見た。

 「カレンが、アミザの姉で、マッケランの正当な後継者だってことは?」

 ふたりは、ぼうぜんと首を振った。

 「バクスターはグレンの父親で、オトゥールはグレンとも親しいが、アズラエルとクラウドの幼馴染みだ。――おまえらは、もしかしたら、そっちから行方を追える可能性もある。覚えておけ」

 「……」

 ふたりは、返す言葉もなく、ただただ首を縦に振った。

オルドが「用意ができたらロビーに来い。チェックアウトの手配はしておく」といって出て行ったのを見ながら、

 「僕たちって……なんのパーティーに出席してたんだ?」

 「俺、せめておまえといっしょにバーベキュー出席してから、降りればよかったよ……」

 と、ぼやいた。

 

 

 

 軍事惑星群から監獄星L11は、そう遠くない。半日で到着する距離だった。ツアーのため、自由な行動は制限されるが、オルドはアランが収容されていた刑務所をまわるコースは、自由行動にするよう申し付けてくれていた。

 刑務所マニアみたいな人間がそろっていたら嫌だなあと思っていたケヴィンだったが、なんとツアーは、L5系の学校の同窓会の集団で、さわがしい中年女性と、身なりのいい紳士ばかりで、なぜこの集団が刑務所を見て回りたがるのか、双子は真剣に考えたがこたえは見つからなかった。

 彼らは刑務所をまわったあと、L06に行って(美しい自然が満載で、観光惑星としても有名だ)ひとつきほどバカンスを楽しむらしい。

 無論、ケヴィンたちはそこまでご一緒しない。監獄星で終了だ。

 

宇宙船を降り、オートウォークと呼ばれるベルトコンベア式の通路でステーション出口まで運ばれる――駅の外に出ると、快晴の空が、どんよりとケヴィンたちを迎えてくれた。快晴なのにどんより、という表現はおかしいかもしれないが、ケヴィンの気持ちは正しかった。

晴れ渡った青空なのに、なぜか、どんよりとした雰囲気なのだ。

まさに、星そのものが刑務所、といった雰囲気の、妙な空気の濁りようだった。

最高気温で、マイナス5度より、上に上がらない極寒の惑星――ケヴィンたちは、L22で調達したコートを着、マフラーを二重に巻いて、ニット帽で完全防備になっても、まだ寒かった。温度計は、マイナス18度を指していた。

雪さえ降っていないが、肌を刺すようなつめたさは、尋常ではない。

オルドはさすがに軍事惑星生まれだけあって、厳しい寒さには慣れていた。鼻の頭を赤くしてはいるが、身を縮めてはいない。

 

 「おお、寒い! ――なつかしいわね。私たち、修学旅行でここに来たのよ」

 「ほんとですか!?」

 船内で仲良くなったおばさん――ケヴィンに限り――彼女もまた、白い肌を凍てつかせ、凍るような息を吐きながら笑った。

 「悪いことしたら、ここに連れてこられるわよ! って、脅されたわ。小学生には厳しすぎるわよねえ。見学で、怖くなって夜泣きした子も出て、あたしたちの次の年からは、監獄星をまわるのは中止になったの」

 「まあでも――高校生ぐらいには、監獄星への研修旅行はあるよね」

 L系惑星群の近代史を知るのは大切だ、と教師である紳士は言った。ケヴィンとアルフレッドは、L61出身だが、彼らの学校には監獄星への修学旅行はなかった。

 「わたしたち、小学校の同窓会なんだけど、修学旅行コースと同じところを回るの」

 「そうでしたか――でも、監獄星のわりに、犯罪者、いませんね」

 ケヴィンの言葉に、婦人は信じられないと言ったばかりに目を丸くした。

 「なに言ってるの。犯罪者と一般の人を鉢合わせるわけないでしょう」

 「犯罪者は、べつの宇宙船で、こことはべつの駅から、ツヴァーリ凍原という、ひろい荒地をとおって、監獄に向かうのさ。監獄星に観光に来た一般人が、犯罪者と接触することは、まず、ないよ」

 紳士がていねいに、教えてくれた。

 「みなさーん! 寒いですからはやくバスに乗ってください!」

 バスの中から、添乗員の声がした。オルドはすでにいなかった。ケヴィンとアルフレッドも、あわててバスに、乗り込んだ。

 

 バスが到着したのは高級ホテルで、監獄星には似合わないほど華やかなホテルだった。ゲームセンターやカラオケ、宴会場や温泉もある、観光客向けのホテルだ。だがいかにも監獄星のホテルだと思ったのは、離れのほうに、監獄体験ができる、牢屋を模した部屋があるのだった。

 ツアー客たちは、わいわい騒ぎながらそっちへ行った。

 

 「……言っとくが、俺たちは、あんな趣味の悪い部屋には泊まらねえぞ」

 離れのほうに去っていく彼らの後ろ姿を見つめているケヴィンに、オルドが言った。

 「ああいうのは、一度も入ったことがないヤツは、めずらしくてしょうがねえんだろうな」

 オルドにしては、おしゃべりだった。彼はL22のホテルから、ここに来るまで、一言も口をきいていない。

 「オルドさん、入ったことあるんですか」

 ケヴィンが茶化して聞くと、オルドに睨み付けられたので、ケヴィンはあわてて口をふさいだ。

 

 オルドが手配した部屋は、ビジネスホテルと変わらない殺風景な部屋だった。しかし、部屋代は安かったので、ふたりはオルドに感謝した。オルドはべつの部屋を取ると思いきや、部屋の中にはベッドが三台あった。とつぜんの参加だったので、この部屋しかあいていなかったらしい。

 ケヴィンたちと一緒の同窓会ツアーだけではなく、いくつか団体ツアーのバスが駐車場に泊まっていたし、個人で来ている人間も多かった。ケヴィンたちには理解できなかったが、たしかに人気なのだろう。ホテルは急に部屋を取れないほど、混んでいた。

ひろい宴会場で夕食のビュッフェがあり、三人はてきとうに平らげ、部屋にもどった。

明日、監獄をまわるコースが予定されている。オルドは温泉には行きたくないと言い、部屋のシャワーをつかった。ケヴィンたちが温泉に入ってもどってくると、部屋の電気は消されている。

オルドは、なかよく交流を深めようというタイプではない。ケヴィンたちも、明日の行動にそなえ、早々にベッドに入った。

 

「オルドさん――あの」

「……なんだ」

オルドは、三人部屋などごめんだったが、ここしかあいていなかったからしかたがない。無視してもよかったが、まだ眠っていないので、返事くらいはした。声の主はケヴィンだ。

「あの――ほんとに、俺たちに付き合ってくれて、ありがとうございます」

「……」

なんだか、神妙な声だったので、オルドは「早く寝ろ」とさえぎった。そういう改まったものも苦手だし、生ぬるい雰囲気にはなりたくない。

 

 「オルドさん、牢屋に入ったことあります?」

 「……」

 オルドは無視したが、ケヴィンが「俺はないです。でも、入りたいとは思わないな」とか、「こんな寒い星で牢屋になんかはいったら、一晩で凍え死にですよ」などと、しつこく話しかけてくるので、やがてため息とともに言った。

 

「――ある」

「マジですか!」

「うるせえ」

「すみません……」

ケヴィンは身を起こし、オルドに叱られて、またベッドに沈んだ。

「俺は、むかし傭兵だったからな――傭兵なら、一度くらいは入ってるだろ」

「オルドさん、傭兵だったんですか?」

もう、オルドは答えなかった。ケヴィンもつかれていたのか、それ以上は質問がなく、やがて、寝息が聞こえて来た。

ようやくオルドにもつかめて来た。アルフレッドは静かだが、ケヴィンはしゃべることで、緊張や恐怖、不安をまぎらわせるタイプだ。

……メリーも、そんなところがあった。

ライアンとメリー、そしてレオンのことを思い出しかけて、オルドは固く目を瞑った。

 



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