――オルドが牢屋にぶちこまれたのは、正確には、傭兵になるまえだ。

オルドはアーズガルド家を飛び出し、さいしょから、母親のもとへ駆けつけたわけではない。しばらくは、ライアンと同じように浮浪者になった。母親のもとに行く気はなかった。一人で生きようと、決意して家を飛び出したのだ。だが空腹に耐えかねて、食べ物を盗み、警察に捕まって、牢屋に放り込まれた。

父親がむかえに来たが、オルドは父親と帰ることを拒絶した。そうしたら、次の日に母親が来たのだ。母親は、生まれてすぐのオルドをアーズガルドに預けたから、ほぼ初対面に等しかった。なのに、ようしゃなくオルドにゲンコツを食らわし、「行かない」というオルドを引きずって、家に連れ帰った。

「ひとりでマトモにメシが食えるようになってから、出ていきな!」

母親はそう啖呵を切った。

母親に知らせたのは、ひとりしかいない。父親にちがいなかった。

その父親は、いま、ドーソンの余罪に巻き込まれた形で、この監獄星にいる。

(……)

オルドは、会いに行く気はなかった。もしかしたら、ピーターが、オルドがケヴィンたちに協力することをゆるしたのも、監獄星が調査先に入っていたからかもしれない。

オルドはそれを考えたが、すぐに振り払った。

 (会いにいかねえぞ。俺は――ピーター)

とりあえず、明日はめぼしい情報が見つかれば御の字だが、ここにはアーズガルドの捜索隊も何度か来ている。あたらしい情報は、ないだろう。

 オルドは目を閉じた。眠りはすぐに、オルドを慰めた。よけいなことを考えないように、思考をシャットダウンさせた。

 

 

 

 次の日は、どんよりとした曇り空だった。快晴でもどんよりしているのに、曇った空の暗さと言ったらなかった。

 天候にいっさい気分を左右されない、騒がしい同窓会メンバーのバスに混じり、ケヴィンはいつのまにか彼らと同窓生のようになっており、アルフレッドは引き気味ながらも話しかけられれば受け答えをし、オルドは着くまで爆睡していた。

 二時間ほどバスに揺られて着いた刑務所群の跡地は、観光地向けに整備されているとはいえまさしく廃墟。さびた有刺鉄線、高くそびえる、囚人たちを閉じ込める灰色の塀を横目に見ながら、ケヴィンもアルフレッドも、ぜったいに、観光であっても、個人的には来たくない場所第一位にランクインさせた。

 

 「みなさーん! こちらに集合してくださーい!」

 ガイドの、あかるい声ひとつにすら救われる心境だ。

 ここにバンクスがひとり、調査に来たことを思うと、彼の肝の太さは真似できないとケヴィンは思ったし、アルフレッドは、こんなところに犯罪者として連れてこられたアランの絶望を想像し、しずんだ。

 テンションがまっさかさまに降下したふたりに、なにをしに来たか思い出させたのはオルドだった。

 「ここは、何度もウチの奴らが調査しに来てる。――アランの独房を見たら帰るぞ」

 

 ツアーのメンバーの一番後ろで、ケヴィンは今度こそだれとも口を利かずに、持ってきていた「悲劇の英雄 〜アラン・G・マッケランの物語〜」の本を開いた。

 バンクスが、この本を、「アラン・G・マッケランの生涯」ではなく、「物語」とつけた意味も、分かる気がした。本の内容は、ただ第三者目線でアランの生涯を追い、事実や年表を羅列したものではなく、こどもも感情移入しやすいよう、物語調になっている。

 エリックへの追悼の意味をふくめた、二冊目とはあきらかにちがっていた。

 

 (これは、俺やアルへの、何らかのメッセージと取ってもいいのかな、バンクスさん)

 

 すくなくとも、バンクスにとって、ケヴィンは友人とまではいかなくても、身近な存在に感じてくれていたのだろうか。

 小説家になりたい青年と出会ったことが、すこしは、バンクスの勇敢で、孤独な人生に、足跡をのこしていたらうれしいと、ケヴィンは思った。

バンクスに、家族はいなかった、恋人もいない。家族がいないことを、バンクスはくわしく話すことはなかったが、彼本人の口から聞いた。

 バンクスがこうして消息を絶ち、政治目的以外で、純粋な心配ごころで、彼をさがそうとする人間が、ケヴィンとアルフレッドしかいないのではないかとケヴィンは考え、勝手に絶望した。

 (――俺なら、耐えられねえよ)

妙な痛みをケヴィンは覚え、こんなことを考えるのは、バンクスを故人にしてしまったようで嫌になり、考えるのをやめた。

 

 ガイドの案内を耳にひっかけながら、ケヴィンは、本をちらちらと見ながら歩く。バンクスは、たしかにここへ来たのだ。アランがこの刑務所にきて、どんな通路をたどって、独房に入れられたか、詳細に足跡が書かれている。ケヴィンは、それをひとつずつたしかめながら進んだ。

 ツアーのガイドは、独房がならぶ通路をざっと紹介しただけだったが、ケヴィンたち三人は、「E21」と番号が付いた独房のまえまできた。

 

――かつてここに、アランがいたのだ。

 粗末なベッドに、便器と洗面台だけの、暗い独房。

 彼女は、この不気味な刑務所の病室でカレンを生んだ。彼女はカレンを一度でも抱くことができただろうか? 生んですぐ、引き離された愛娘に、アランは生涯、会うことはかなわなかった。そして、この寒い独房で、檻ごしに、祖母や仲間に見守られ、亡くなった。

 

 「……」

 ケヴィンは言葉を失い、本を手にしたままたたずんだ。急に、弱気がこみ上げて来た。

 こんなところでくじけていたら、バンクスを、探しつづけることなどできはしない。

 オルドは、「バンクスの死体を見る勇気があるか」と聞いたのだ。

 ただ無謀に飛び出してはきたけれど、ケヴィンは、アランが入っていた独房を見ただけで、足がすくんでしまった。

 

 ――どれだけ長い時間、その場で固まっていたか、わからない。

 

 「ケヴィン」

 アルフレッドに呼ばれて、ケヴィンははっと振り返った。

 「オルドさんが、ここに来ているアーズガルドのひとたちに、調査の進展を聞いてくるから、入り口で待っていろって――だいじょうぶ? 顔色が悪いよ」

 「あ――ああ」

 

 あまりに静かな通路をもどって、玄関口のロビーに来ると、幾人かひとがいた。ツアー客ではない。この観光地のスタッフだ。

 自動販売機であたたかい缶コーヒーを買って飲み、ふたりは人心地ついた。

 

 「……あんなに寒いところで、毒なんて盛られなくても、僕だったらとっくに肺炎で死んでいたと思ったよ」

 めずらしく無言のケヴィンに、アルフレッドのほうが先に、感想を口にした。

 「僕なんか、Tシャツも二枚きて、セーターを二枚も厚着して、コートを着て、まだ寒いんだもの」

 

 「――怖くなっちまった」

 ケヴィンが、やっと――ため込んでいたものを吐き出すように、つぶやいた。半分涙目だった。

 「バンクスさんのことを考えてたら――怖くなってきた」

 

 「分かるよ」

 アルフレッドはうなずいた。

 「やめる? やめてもいいと思うよ――少なくとも、やめてもだれにも迷惑はかからない」

 むしろ今の状態が、あちこちに迷惑をかけているし、と苦笑した。

 

 「……でも、僕は、ケヴィンが帰っても、L22にのこって、もうすこし調べてみようと思う」

 アルフレッドの言葉に、ケヴィンは跳ねるように顔を上げた。

 「僕も怖いけど――でも、やっぱり、もうすこし、調べてみる」

 「アル、おまえ……」

 ケヴィンは驚いたように、「おまえ、強いな」と言った。

 アルフレッドは「ううん」と首を振った。

 「強くなんかないよ。僕だって、ひとりでここに来ていたら、逃げ帰っていたかもしれない。でも、ケヴィンもいるし、オルドさんもいっしょだから」

 「……」

 オルドがついていてくれなかったら――ケヴィンは、オルドがいてくれたことにひどく感謝した。ふたりでここに来ていたら、完全に意気消沈して、すごすごとL52に帰っていただろう。

 

 「俺にもくれ」

 オルドがもどってきた。

 「あ、オルドさん!」

 アルフレッドがすぐさま立って、「どうでした?」と聞きながら、自販機に向かった。そして、缶コーヒーを買って、手渡した。

 「やっぱり、目新しい情報はねえ。ここにバンクスは来ているが、小説の資料のために、情報を照らし合わせにきただけだ。ふたたび舞い戻った形跡はねえし――おい、顔色が悪いぞ」

 「え?」

 ケヴィンの顔色はずいぶん青黒いというか、赤くも見えた。オルドはにやりと笑い、

 「ちょうどいい。おまえの顔色をダシに、ツアーを抜けるぞ。気分が悪くなったからってな。俺たちの用はすんだから、とっととホテルへ帰る」

 一気にコーヒーを飲み干すと、空をアルフレッドに預け、オルドはさっさとツアーガイドをさがしに行った。

 オルドの機敏さと合理的な行動は、ふたりに考えすぎる暇を与えない。双子は顔を見合わせ、やっぱり、オルドがいてくれたことに感謝した。

 



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