ケヴィンたちのツアー同行はこれでおしまいになった。アーズガルドの調査隊の車で、ホテルに帰り、ケヴィンの体調が悪かったので、その日もホテルに一泊した。 次の日、いよいよケヴィンの顔色は悪くなり、宇宙船の医務室で点滴を受けながら、L22に帰還することになった。 L22に着いた時点で、入院が決定した。診断結果は肺炎。監獄星の尋常でない寒さのせいもあっただろう。オルドは、調査を中止にして、ケヴィンが退院したらL52に帰るよう勧めたが、アルフレッドが首を振った。 「ケヴィンの代わりに僕がいろいろ調査しますから、ガイドをつづけてください」 オルドは断らなかった。それどころか、ふたりを「骨のあるやつらだ」と見直したようだった。 編集者コジーには、一週間の滞在だと念を押されていたが、ケヴィンの入院もあって、滞在期間は必然的に延びることになった。オルドがじぶんからガイドを引き受けてくれ、まだ調査は続行中だということを告げると、もはや編集者はいつまでに帰ってこいとは言わなくなった。そのかわり、定期連絡をよこすようにとのことだった。 ナターシャにも連絡を終えたあと、アルフレッドは泥に沈むように、ベッドで深く眠った。 翌日は、昼過ぎまで目が覚めなかった。オルドもそれをわかっていたのか、彼がふたたびホテルの部屋に来たのは、夕方だった。 当初の予定通り、オルドはウィルキンソン家に訪問の約束を取り付けた。ケヴィンの完治を待つことになったので、訪問は一週間後になった。そのあいだ、アルフレッドはオルドの仲立ちでハーベストに会いに行ったが、やはりハーベストもバンクスの行方を知らなかった。 ケヴィンがホテルにもどってきたのは、入院して五日後のことだ。 ちょうど、L19のヴァンスハイト家からもどってきたアルフレッドは、ケヴィンが帰ってきているとフロントで聞き、大慌てで部屋に駆け込んだ。 「ケヴィン! よくなったの」 「ああ。このとおり、完全復活だぜ」 まだ多少咳き込んではいるが、熱は下がったようだし、元気そうだった。L52を出発したときの、あかるい、勇敢なケヴィンにもどっていた。 「それよりおまえはだいじょうぶかよ。昔から、身体が弱いのはおまえのほうだったのに」 「僕は健康そのもの。やっぱり監獄星は寒くて、ちょっと風邪気味にはなったけど、一晩寝たら、治ったし」 アルフレッドは、待ちきれないとばかりに、さまざまな報告をした。滞在期間に制限がなくなったことや、ハーベストに会いに行ってきたこと、やはりまだ、バンクスは見つかっていないということ。 「17日には、ウィルキンソン家に向かうよ。――だいじょうぶ? ケヴィン」 「――ああ! もう弱音は、吐かねえよ」 ケヴィンは、力強くうなずいた。それから、ちょっと周囲を見回して、人の姿を探した。ケヴィンがだれを気にしているかは、すぐにわかった。 「オルドさんは、まだ来てないよ」 「そ、そうか……」 ケヴィンは、困惑気味に、「笑うなよ?」と前置きした。 「俺――寝てるあいだ、へんな夢、見たんだ」
「――イシュメル? イシュメルって、あの、二千年前の、イシュメルのこと? マッケランの書斎で読んだ?」 「ああ」 ケヴィンはきっぱりとうなずいたが、すぐに付け足した。 「あ、まあ――イシュメルの肖像画なんて見たことねえし、大男だってことしか、知らねえけど――でも、たしかに、あれはイシュメルだと思ったんだ。なんとなく――」 たしかにこれは、オルドがいてはできない話だった。彼のいる前でこんな話をしようものなら、「重症だ。L52に帰れ」と言われるに違いなかった。 ケヴィンの夢に、イシュメルが出てきたのだという。本には大男だと書かれていたが、ほんとうに大きかった。優しそうな目をしていて、グローブのような大きな手で、ケヴィンの頭をなでてくれた。その夢を見た次の日、まったく下がらなかった熱が、ようやく下がったのだという。 「びっくりするのはそれだけじゃねえんだ――それがさ、」 ケヴィンは迷うように目をさまよわせ、「笑うなよ?」とまた言った。 「イシュメルってさ――ルナっちに、すごく似てんだよ」 「ええ?」 さすがに、アルフレッドは、笑わずにはいられなかった。 「イシュメルは大男なんだろ? しかも、あごヒゲをいっぱい蓄えた――」 アルフレッドは、ひげもじゃのどでかいオッサンが、ルナに似ていると言われても、まったく、想像すら、できなかった。 「お、俺もどう説明していいか分かんねえけど――でも――おまえも、直接見ればわかるよ! 錯覚かとも思ったけど、どう思い返しても、やっぱり、ルナっちに似てるんだ!」 「――たしかに、今回は、ルナちゃんに助けられたところが大きいからなあ」 オルドがガイドに入ってくれたのも、ルナが彼の恩人だったおかげなのだ。そしてオルドがいなかったら、どうなっていたかわからない。 「だから、たとえば夢のなかで熱を下げてくれたイシュメルが、ルナちゃんと重なって見えたとか、」 「……」 ケヴィンは納得いかない顔つきだ。 「マジで、似てるんだって」 「でも、イシュメルがルナちゃんに見えるっていうのは、ルナちゃんがある意味、かわいそうなんじゃない?」 オッサンに似ていると言われて喜ぶ女の子がいるとは思えない。 「え? う、う〜ん……それは、そうだけど……」 女心は、かくじつに、アルフレッドよりケヴィンのほうが分かるはずなのに。 「まあ――イシュメルは“よみがえり”の神様って書いてあったからね。きっと、ケヴィンの元気をよみがえらせてくれたのかも」 アルフレッドは、そういって、ケヴィンをはげました。ケヴィンは、「ほんとうに、似てたんだって……」としつこく言ったあと、「ま、いいか」とあきらめた様子で両腕を上げ、伸びをした。そして、照れくさそうに笑った。 「よみがえらせてくれたのは、ビビってた、俺の心もさ。もっと勇気を出せって、勇敢になれって、はげまされてるみたいだった」 ケヴィンは、退院のことをナターシャやコジーに報告するために、立ち上がった。 「病院でうんうん唸りながら、俺、死ぬんじゃねえかと何度も思って、熱が下がったら、ぜったいL52にかえるんだなんて、ずっと弱気なこと考えてたけど、――イシュメルが、元気をくれた」 「……無理もないよ。僕も、この数日、何度も帰ろうかって、思ってた」 アルフレッドも、ケヴィンが入院していたあいだ、ひとりで心細さと戦っていたのだ。 「がんばろう――とりあえず、頭を絞って、勇気を出して。もうダメだってトコまでさ」 「――うん!」 ホテルで待機した数日のうちに、ケヴィンはすっかり体調を取りもどした。アルフレッドも、軍事惑星や辺境惑星群の本やガイドブックを読んで、どうにもならない時間をつぶした。待機時間が長くなることは、覚悟していたことだ。 ケヴィンが入院していたことも待機時間を増やした原因だったが、フライヤもエルドリウスも多忙で、予定をすりあわせているうちに、どんどん日付が先延ばしになってしまった。 8月17日、オルドの案内で、ようやくふたりはL19に向かった。 「エルドリウスは今、妻のフライヤといっしょに、L20のほうに住んでる。フライヤがL20の陸軍少尉だからな。いまから行く屋敷は、ウィルキンソンの本宅だ。エルドリウスはいないが、フライヤがこっちにきているらしくて、話は聞けるそうだ」 オルドが、本宅に向かうまでの車中で、教えてくれた。 ウィルキンソン邸で出迎えてくれたのは、エルドリウスの妹の、シルビアという女性だった。 「遠いところをはるばると。大変でしたわね――バンクスさんは、まだ?」 「ええ。まだ見つかっていません。それより、急にご無理を言って、申し訳ない」 「いいんですのよ。こちらとしても、なにか手助けになれば」 マッケラン家の本宅よりはずいぶん、小ぢんまりとした屋敷だった。屋敷内に入って五分も十分もさまよい歩くことなく、すぐに応接間に通された。 「今、フライヤが参りますから」 シルビアは、紅茶とクッキーをテーブルに置いて、応接間を出た。それと入れ替わりに、フライヤが入ってきた。おどろいたのは、彼女が、小柄な身体を覆い隠すほどの、ずいぶんな書類の束をかかえて入ってきたからだ。 「す、すみません、お待たせして……きゃあ!」 彼女の腕から、書類がバサバサと落ちた。 「す、すみません! すみません!」 フライヤはあわてて、書類を拾い上げる。オルドですら目を見張っていたが、相手はウィルキンソン現当主の、エルドリウスの妻である。彼も双子も、あわてて立って、書類を拾うのをてつだった。 「すみません! わたしったら、ドジで――」 ケヴィンとアルフレッドは、顔を見合わせて苦笑した。半分、安堵がはいった苦笑だった。 四名家とは並ばないまでも――軍事惑星の名家であり、バンクスの本にも名を連ねている有力者の妻である。どんな気難しい人間かと緊張していたところへ、これである。 ケヴィンたちと年は変わらないようだったし、黒髪を三つ編みにし、地味な眼鏡をかけた小柄な女性に、双子は好感と、親近感を持った。 アルフレッドもケヴィンも、このドジでかわいらしい女性と、生涯を通じる友人になるとは、この時点では思いもしなかった。 |