「これが、お話した週刊誌です」

 フライヤは、ようやくおちついてソファに座り、バンクスの書いた記事が載った週刊誌をさしだした。

 ケヴィンが受け取り、パラパラとめくった。脇からアルフレッドが覗きこむ。オルドはまったく興味がなさそうだった。

 トップ記事ではない――雑誌中盤のすみっこに、その記事はあった。

 

「戦争が増えたのは、メルーヴァのせい!? 革命家メルヴァと、L03の伝説」

「地球行き宇宙船の美術館創始者、ステラ・ホールディングスの社長もメルヴァだった!?」

「ラグ・ヴァーダ病の研究に投資をはじめた矢先に謎の死を遂げる!?」

「地球行き宇宙船に謎の結界。謎の占術師との関係は!?」

 

「「あ」」

ケヴィンとアルフレッドは、それを見て同時に声をあげた。

「エルドリウスさんは――あ! お、夫……は、それを見て、バンクスさんが、小遣い稼ぎにてきとうな記事を書いたっていうんですけど、てきとうでは、書けない記事だと思うんです。その記事は、信憑性があるんです。まったくのデタラメとかじゃなくて――」

「……」

記事の内容は、見出しをほかの言葉に変えて膨らませただけのもので、内容などないにひとしかったが、双子には分かった。

これは、アルフレッドがマッケラン家の書斎で調べたことを、バンクスに話したことだった。作業の合間の雑談で――。

 

「え、えっとですね、たしかに、メルヴァはルーシーで、」

フライヤが、大量に持ってきた書類の一部をめくりはじめた。もしかしたら、この書類の山は、この記事の信憑性を証明するためのものだろうか? 

ケヴィンもアルフレッドも、彼女がなぜここまでしてくれたのか謎で、言葉を失っていたが――フライヤの説明を待たずに、アルフレッドが嘆息気味に言った。

「たしかにこれは、バンクスさんが書いた記事だと思います。でも、あなたのいうように、てきとうってわけじゃない。それは、わかります。これは、僕が彼に教えたことです」

「ええっ!?」

フライヤがソファから三十センチは飛び上がり、オルドもやっと興味をしめした。

「どういうことだ」

 

アルフレッドは、この事実は、マッケラン家の書斎で読んだことだと言った。

バンクスの助手として、マッケラン家のホテルに滞在し、アミザのインタビューの文字おこしや、資料集めをしていた。ある日、アルフレッドは屋敷内の遊歩道を散歩中、アミザの曾祖母であるツヤコを保護した。その際に、ツヤコがアルフレッドを自分の孫と勘違いした――それで、しばらく、ツヤコの相手をすることになった。

 

「僕たちは、助手という名目でいったのはいいですけど、ほとんど仕事はなかったんです」

「……そうだったらしいな」

オルドも同意した。

「ケヴィンもほとんどプールで遊んでいた姿が目撃されているし、おまえも遊歩道をうろつく姿ばかりで、ほとんどバンクスの仕事には関わっていなかったという情報だ」

そういえば、双子のマッケラン家での足跡を、オルドやピーターが聞くことはなかったし、はじめて今、話したことになる。

オルドの台詞は、やはり、バンクスだけではなく自分たちの行動も調べられていたのだと双子に分からせる言葉だった。

ふたりは身を固くしたが、もしかしたら、自分たちがこうしてバンクスの身柄を探していること自体が、自分たちはなにも知らないのだと証明しているようなものかもしれないと、ふと、アルフレッドは思った。

 

「――それで、テープ起こしは夜中でしたから、午前中は仮眠につかって、午後から毎日、ツヤコさんのお相手をして――ツヤコさんは話好きな方で、昔語りを僕たちに聞かせたがりました。でも一時間くらいで休んでしまわれるんです。その余暇で、僕たちは、書斎の本を読みました」

マッケラン家の書斎には、年鑑があり、ルーシー・L・ウィルキンソンにまつわる話もあったのだと――。

 

「あ」

そこまで説明して、アルフレッドはようやく気付いた。バンクスのことしか考えていなかったために、「ウィルキンソン」の名を出されても、まるで気に留めなかった。

「も、もしかして――もしかして、こ、ここここの、ウィルキンソン家っていうのは、もしかして、ルーシーの!?」

「そうですよ!?」

フライヤも、身を乗り出して叫んだ。さっきから、それを言いたかったと言わんばかりの興奮だった。ルーシーオタクがふたり、互いの存在に気付いた瞬間だ。

 

「マ、マッケラン!? マッケランさんに、ルーシーのことを――この、こ、こここの週刊誌のことをくわしく書いた資料があるんですか!?」

「そうです! 僕、そこで読んだんです。だからこれは、信憑性のない話なんかじゃ、」

「ウソだなんて思ってません! ど、どうしよう――あたし、探してたんです! 調べても調べても、ルーシーのくわしい歴史は出てこなくって――」

「ツ、ツヤコさんは、マッケランにしか残ってないって言ってました!」

「ええっ!? ほんとですか!? うちに、パーヴェルさんの手帳が残ってるんですけど、ルーシーがメルヴァだって分かる資料はそれしかなくて」

「パーヴェルの手帳!? ぼ、僕も見たい!!」

 

「おまえ、何しに来たんだ!」

オルドの一喝に、オタクどもの会話は終了した。

「す――すみません」

フライヤのほうが、先に謝った。

「すみません、あ、あの――僕は、地球行き宇宙船に乗っていて、ルーシー&ビアード美術館に、何度も足を運んだんです。僕はもともと、ビアードのファンで――だから、その、ルーシーも……」

まだいうかとオルドがにらんだが、フライヤは、うらやましげにためいきを吐いた。

「い、いいなあ――ルーシー&ビアード美術館――あたしも、行ってみたい……」

心底からの、つぶやきだった。

 

「でも、だったら、この週刊誌は、バンクスさんがL03に行った可能性にはなりませんね――」

フライヤは肩を落とした。フライヤは、バンクスがこの記事をくわしく書くために、L03に取材に行ったのではないかと思ったのだった。

 

「……」

アルフレッドは、記事を見つめた。エルドリウスの言葉はきっと、当たっている。おそらくは逃亡資金か――ほかの星への渡航費や、生活費をかせぐために、バンクスはこの記事を書いた。

「アル、ごめんなァ」と笑って謝りそうなバンクスの顔が、アルフレッドには容易に想像できた。

バンクスの命に係わることだ。あの情報が記事になり、すこしでもバンクスの逃亡の助けになっているのならそれでいいとアルフレッドは思った。

こういった週刊誌は、事実ばかりを書いているわけではなく、だいたいが、あることないことをごちゃまぜにして書いているので、鵜呑みにする人間はすくない。バンクスもそれをわかっていて書いたのだ。第一、文面を読めばわかる。見出しを膨らませただけで、内容はぜんぜん核心をついていない。

 

しかし――ついに、バンクスの捜索は行き詰まってしまった。

 オルドも、肩をすくめて「だから、L03はありえねえっていったろ」と言わんばかりの視線で双子を見たが、アルフレッドも困ってしまった。行くべきところはすべて行った――やはり、これで、捜索は終了か。

 あとはアーズガルドに任せてL52にかえり、報告を待つしかないのか――。

 

「いや――L03っていうのも、あり得るかもしれねえ」

ぽつりと、床を見つめてつぶやいたのは、ケヴィンだった。

「なんだと?」

彼は記憶のよみがえりとともに、反射的に顔を上げ、オルドに訴えた。

「俺、バンクスさんと出会って、取材につきあいはじめたころ、辺境惑星群に行ったことがあるんです」

「くわしく説明しろ」

オルドがうながし、ケヴィンは話した。

 

そのとき行ったのは、辺境惑星群の出入り口であるL09、L06だった。この二つ星だけは、一般人にも開放されていて、比較的あんぜんな星だ。バンクスがほんとうに行きたかったのは、L03の首都トロヌスにある王宮で、王宮護衛官に会いたかったらしいのだが、それはかなわず、L06に取材相手を呼び、話を聞いた。

その取材旅行の最中である。なんの雑談からその話が出たのかは思い出せないが、たしかにバンクスは言った。

『今、L03でいちばん安全なのは、カーダマーヴァ村のちかくだろうな。L20の軍が駐屯してるし、あそこは歴史保管の村で、イシュメルがまつられてるから、原住民も近づかない。俺は、むかしドーソンに追われた際に、半年くらい潜伏していたことがある』

と。

 



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