「意外とこれ、あったかいんです」

「あたりまえだ。L03は寒いぞ。ン――俺がさせようと思ってた用意は、ぜんぶ済んでるな」

オルドは二人の服装と、貴重品のしまい方をチェックし、増えた食糧の袋を確認した。食糧も、ケヴィンたちが持てるだけ、新たに購入した。

さらにそこへ、オルドが持っていたボストンバッグが加わった。ボストンバッグは、一度開けたら、もうジッパーをもどせないほどパンパンだった。

「え? オ、オルドさんも?」

開けたらもう元に戻せないというので、「中身は食糧ですか」とアルフレッドが聞くと、オルドは淡々と内容を読み上げた。

「食い物は食い物だが、こっちはサルーディーバに食わせろ」

離乳食に、インスタントのスープ、レトルトの粥やリゾットといった流動食ばかり入れたとオルドは言った。そして経口補水液に、スポーツドリンク、薬や包帯などの医療品に、L03の一番最近の新聞をいくつか、あと懐中電灯、電池数本。小型ラジオ。電源のない地域でも、充電ができるバッテリー。

「……!」

ケヴィンたちには想像もできなかったものばかりで、「食糧のことばかりで、そこまで気が回らなかった」と、ヒュピテムもまた踊りそうになった。オルドはだれも踊らせないために、間髪入れず、ケヴィンへ別のものを放り投げた。

 

「こ、これは?」

受け取ったものは、懐中電灯がついたヘルメット。

「おまえら、ちいさいランプの明かりだけで、坑道を抜ける気でいるのか。ヒュピテムは大丈夫だろうが、おまえらは多分無理だぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「ライトの電池は、一週間は持つ」

ヘルメットはヒュピテムの分もあった。彼は不思議そうにヘルメットの電燈を見つめていたが、アルフレッドがつかいかたを教えると、「こんなものがあるのですか!」と感動を新たにしていた。

オルドはさらに、ヒュピテムに携帯電話をわたした。

 

「これを、王宮内に籠城してる護衛官のなかでも、おまえが信頼している奴らにわたせ。俺が直接、中の奴らと交渉する」

「――わかりました」

ヒュピテムは緊迫した顔で携帯電話をにぎりしめた。

「つかいかたは分かるか?」

「わたしは、地球行き宇宙船にいましたのでなんとか。わからない者には、わたしが教えます」

「頼んだぞ」

オルドは再び、人がいいとは言えない笑みを刻んだ。

 

「あなたがたには、――感謝のしようがありません」

 ふたたび、感謝の踊りをしようとしたヒュピテムを、オルドはさえぎった。

 「ああ、報告だけするぞ、イタラチルは無事だ」

 「ほ、ほんとうですか!?」

 「だが、セゾはダメだった。王都から、イタラチルへの道で倒れているのを、俺の仲間が見つけて病院へ運んだが――長くは持つまいとのことだ」

 「――!!」

 「けがはない。だが衰弱している。おそらく栄養失調だ」

 みじかく告げられた事実に、ヒュピテムの拳が、爪が食い込むほどつよく、握られた。

 痛みをこらえるような顔で瞑目したヒュピテムだったが、やがて、

「そうですか――何から何まで、ほんとうに、ありがとうございます」

 と今度は踊らずに、オルドに礼を言った。

そして、「わたしからは、これを」と言って、オルドに折りたたんだコピー用紙を手渡した。オルドが受け取り、ひらくと、それはA3のコピー用紙の隅々まで書かれた、詳細な地図だった。昨夜、ヒュピテムはこれを、ホテルの部屋で、徹夜をして書いた。

 

 「おまえ、」

 オルドが思わず顔を上げた。

 「坑道の地図です」

 ヒュピテムはすかさず、言った。

 

 「――わたしは、もう二度も命を捨てているんです。一度は、メルヴァ様の革命にともに立ち、長老会を追いつめた戦のとき、そして二度は、次期サルーディーバ様に、わたしがスパイだったと知れたとき」

 「……」

 「わたしはもう二度も、死んでいておかしくないのです。いまさらこの命、惜しくはない。惜しいのは、サルーディーバ様のお命」

 オルドがなにか言いかけたのをさえぎり、ヒュピテムは言葉をつないだ。

 「それから、これはあなたのお手柄にしてください」

 「!?」

 滅多に表情の揺らがないオルドの顔に、驚きがあらわれた。

 「アーズガルドではなく、あなたのお手柄に。わたしはあなたという方を信じて、この地図をお渡しするのです。アーズガルドでも、軍事惑星でもない。――あなたは、“飢える苦しみを知っている”とおっしゃられた。――わたしもわかるつもりです。権力の中枢で、身分の低いものがのし上がっていくことの大変さが」

 オルドは、何も言わなかった。ただ、ヒュピテムのおだやかな双眸を見つめた。

 「わたしも、もとは下級貴族です。王宮護衛官のなかでも身分は低い。あなたのお話を伺っていると、もと傭兵だということがわかりました。それに、フェリクスと名乗られた。アーズガルドの者ではないのに、ハトの紋章を身に着けることが許され、現当主の秘書をなさっている。……軍事惑星のことはくわしくはありませんが、元傭兵の方が、それだけの地位につかれているという、ご苦労はお察しする」

 「……」

 「ですから、どうかあなたの手柄に」

 「フフッ」

 オルドが笑った。かつて、ルナとケヴィンたちが友人だと知ったときと、同じ笑みだ。

 「なかなか、話の分かる男だ」

 オルドは地図をたたんで、スーツの内ポケットにしまった。

 

 

 

 一般の渡航客が混雑するロビーからはだいぶ離れた場所に、サルーディーバ専用の宇宙船が出航するステーションの入り口はあった。

 ヒュピテムは、大袋をみっつにボストンバッグを背負っても身軽に歩けたが、ケヴィンとアルフレッドは大袋ひとつずつでもやっとといった有り様だ。

 やっと宇宙船入口についたころには、ぜいぜい言って、座り込む双子だった。

 「先が思いやられるな」

 とオルドは呆れ声で言ったが、

 「無理なく、まいりましょう」

 ヒュピテムが励ましてくれたので、双子は救われる思いだった。

 

 オルドは、だいぶ遅れ気味の双子をしり目に、長い廊下を歩きながらヒュピテムと話していた。

 「王宮はあとどれくらい持つ?」「――問題は食糧です」「王都入り口のL20の情報によると……」などの言葉が断片的にケヴィンたちの耳にも届いたが、ふたりが話していることははっきりと聞こえなかった。だが、オルドがケヴィンたちの安全を考えてくれていることだけは分かった。

 ケヴィンたちが、王宮に行っても大丈夫なのか――王宮は安全か。いまのところ、原住民の総攻撃は、王宮側から見ても、L20の軍情報と照らし合わせても、なさそうだった。

 宇宙船の入り口――オルドがもうこれ以上先には行けないというギリギリのところまで来て、三人を見送りながら、言った。

 

 「コジーと、アルフレッドの恋人だとかいうナターシャには、俺から連絡をする」

 「えっ」

 「これからは、毎日の定期連絡が無理なこともあるだろう。三ヶ所にしなきゃいけねえというならなおさらだ。だからおまえらは、俺にだけ連絡をしろ。俺がそいつらに連絡をとる。いいな?」

 「……」

 「それから、俺の仲間にも坑道のことはつたえておいた。王宮がヤバくなったら、そいつらが、おまえらを救出する。だから、なにがあっても、三日は待て。助けに行くから」

 双子は目を丸くしていたが、ついにケヴィンが口を滑らせた。

 「オルドさんって、ほんとに優しいなあ」

 「!?」

 細い目を、これでもかと見開いたのは、オルドだった。

 「じゃあ! オルドさん、ほんとうにありがとうございます!」

 「あっちについたら、すぐ電話します! だからしばらくのお別れですっ!」

 アルフレッドとケヴィンは、L03の感謝の踊りを、真似した。オルドは先の口撃が思ったより効いたらしく、彼にしてはすぐ返事がかえせないでいた。

 ヒュピテムも、いかつい顔に笑みを浮かべ、踊った。

 「あなたに、真砂名の神の恵みがありますように」

 オルドは、見たくもない感謝の舞いを三人分も見ることになった。三人が、舞いながらベルトコンベアで運ばれて行くさまは、滑稽そのものだったが、オルドは笑う気にもなれなかった。

 「――バカどもが!」

 三人の姿が見えなくなったあと、吐き捨てるのがせいぜいだった。

 

 



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