ケヴィンたちは宇宙船に乗り、一日半でL03についた。そのあいだ、ヒュピテムは、ケヴィンたちに遠慮をさせないためか、やっと自身から食べ物と水を口にした。

 「わたしは、頑なになっていたようです」

 ヒュピテムは、固いパンをひとつと、ミネラルウォーターを大事そうに飲みながら、言った。

 「セゾのことで気づきました。わたしたちが倒れては、王宮で待っている仲間にも、食糧が届かないというのに――セゾもおそらく、ほとんど口にしていなかった。倒れるのは――あたりまえだ」

 苦い顔でヒュピテムは水を飲み下した。

 「……」

 ケヴィンは、ヒュピテムの独白を聞いて、ヘルメットを見つめた。――ヘルメットは三人分。

ケヴィンたちも坑道を通って王宮に行く気でいるということを、オルドは見抜いていたような用意を。

 (バンクスさん、ごめんな。俺たち、ちょっと寄り道していくよ)

 ケヴィンも、心の中で、ひそかにつぶやいた。

 

 イタラチル・ステーションにつくと、セゾの代わりであろうヒュピテムの仲間が、待っていた。

 「ヒュピテム様! お聞きになりましたか、セゾが……!」

 「ああ、聞いたぞ、マイヨ」

 マイヨと呼ばれた迎えの青年は、馬車を用意していた。ケヴィンたちを見ると、声を詰まらせ、なにを言っていいかわからないといったような表情をしたあと、感謝の踊りをはじめた。

 「昨夜、電話でヒュピテム様からすべてお聞きしました。気高い方々よ……!」

 「気高い!?」

 双子は、はじめてもらった褒め言葉にがくぜんとしたが、

 「ヒュピテム様、こちらの馬車をつかって、ケヴィン様とアルフレッド様をカーダマーヴァ村まで。わたしは、食糧を届けます! ――どうか、ご無事で!」

 馬車は二台用意されていた。ケヴィンたちが持ってきた食糧を積んだ馬車に乗って、青年が去ろうとしたのを見て、ケヴィンが止めた。

 

 「ま、待って! ――ヒュピテムさんは、王宮に行かないの」

 「わたしは、あなたがたをカーダマーヴァ村までお送りする役目があります」

 オルドどのと約束しました。ヒュピテムは言った。

 双子は顔を見合わせた。アルフレッドも、ヘルメットをわたされたときから、決意していたようだ。

 「ヒュピテムさん! 先に、王宮に行きましょう!」

 マイヨも驚いて、馬車をとめた。

 

 「ヒュピテムさんは、携帯電話を王宮にいる人に渡さなきゃいけないし、サルーディーバ、さまは、危険な状態なんでしょう? 一日も早く助けなきゃいけないはずだ。ヒュピテムさんが携帯電話を届けないと、オルドさんの救助も遅れちゃう――だから、王宮に、先に行きましょう!」

 「――!」

 ケヴィンの言葉に、ヒュピテムが動揺した。

 「し、しかし、あなたたちも、探している方が……」

 「だって! ――えーっと、マイヨさん、あなたは、携帯電話のつかいかたが分かりますか!?」

 「わ、わたしは――わかりません」

 マイヨは焦り顔で首を振った。

 「携帯電話のつかいかたが分かるのは、ヒュピテムさんだけでしょ!?」

 「……」

 「僕たちの捜索は、ほんとに、クモの糸でもつかむような、頼りないものなんです……」

 アルフレッドは、自分で言っていて、足元から崩れそうになるのをこらえた。

 「さっき、ここに着く前に、オルドさんに定期連絡をしましたが、まだバンクスさんは、軍事惑星でも見つかっていないし、カーダマーヴァ村でも、見つかったという報告はないそうです。僕たちがそこに行っても、……無駄足になるってことも、じゅうぶん、あり得るんです」

 ヒュピテムは、自分のことのように辛そうな顔をした。

 

 「オルドさんは、俺たちにヘルメットを三つ渡した。ヒュピテムさんと、俺と、アルの分を」

 「……!」

 「だから、俺たちも坑道を通って王宮に行くってことを、わかって渡してくれたんです。だから、行きましょう、先に! 王宮へ!」

 ヒュピテムが否定しようとしたのを、マイヨが首を振ってさえぎった。ヒュピテムの代わりに彼は言った。

 「お優しい方々――あなたの好意を、われわれは大事にします。おふたりと、バンクスさんに、真砂名の神のご加護を」

 マイヨは祈るしぐさをし、ヒュピテムを見つめた。ヒュピテムはまだ迷うように双子を見ていたが、

 「ほんとうに、いいんですか?」

 念を押した。

 ケヴィンとアルフレッドは、二人そろって、力強くうなずいた。

 「勇敢な方々だ――あなたがたは」

 ヒュピテムはやっと笑みを浮かべ、「ありがとう」と二人の肩を抱いた。

 

 

 

 坑道の入り口は、山岳の奥まった箇所にあり、そこにはヒュピテムと同じような体格で、同じような格好の――王宮護衛官の仲間が、五人待機していた。彼らはヒュピテムには「ご苦労」と居丈高な物言いをしたが、ケヴィンたちを見ると、「おお……!」と歓声を上げて、一斉に、例の踊りを始めた。

 「あなた方のおかげでサルーディーバ様は救われる……!」

 中の一人が、涙を隠しもせず、ケヴィンの手を握ってきたので、ケヴィンはどうしたらいいか困った。

 

 「サルーディーバ様はいかがです」

 「だいぶ、弱っていらっしゃる……だが、まだ気力は尽きておらぬ。セゾのことは、残念だったな」

 ヒュピテムより位が上かと思われる壮年男性が、ヒュピテムを励ますように肩を叩いた。

 「食糧は、われわれが運ぶ。ヒュピテム、そなたは救世主を連れてまいれ。礼を失することなく――飢えさせてはならぬぞ!」

 「はっ! お任せください!」

 「……」

 いつのまにか救世主の頭文字がついたケヴィンとアルフレッドは、もはや言葉もなく、どこかのボケうさぎと同じように口をぽっかりあけた。

 

 「ケヴィンさん、アルフレッドさん」

 「は、はい」

 あきれて言葉を失っていた双子は、ヒュピテムに呼ばれてやっと返事をした。

 「坑道は、長いです。われわれの足で、どんなに急いでも、二日かかる。おふたりはおそらく、三日はかかると思ってください」

 「三日……」

 「王宮内についたら、仲間に携帯電話を渡して、オルドさんに連絡をし、すぐにわれわれはカーダマーヴァに向かいます。また坑道を通ってここへ出ます」

 「はい!」

 「毛布と食糧は、多少置いていってもらいましたが、――坑道内は寒いです。体調が悪くなったら、すぐ仰ってください」

 ヒュピテムも、オルドに負けずとも劣らずのていねいなガイドだった。ケヴィンとアルフレッドは、今回のツアーはほんとうにガイドに恵まれていると思い、「ありがとうございます」と万感の思いで言ったのだった。今度は踊らなかったけれども。

 



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