クラウドとエーリヒは、空席の多い昼間のマタドール・カフェで、ベンを待っていた。

「リズンのオープン・カフェでっていうのも、たまにはいいんじゃない? ルナちゃんにお土産、買わなきゃいけないんでしょ」

「リズンは帰りに寄るさ。わたしは、マタドール・カフェのミルクセーキが飲みたい」

クラウドは言外に匂わせたのだが、エーリヒはあっさり流した。だが、肩をすくめてひとこと言った。

「わたしは、ルナとどうこうなりたいというわけではないよ。わたしの運命の相手は、まちがいなくジュリだ」

「でも、君たちずいぶん仲がいいよ」

「意外かね? わたしも意外さ。――まァ、そうだね、」

エーリヒは、クラウドを納得させる言葉を、探しているような気がした。

「わたしはきっと、ルナになにも、期待をしないからだろうね。――愛情も、友情も、救済も、道徳も」

クラウドが、驚いたように目を見開いた。

「どういう意味」

「言葉どおりだ」

エーリヒの興味は、またたく間に運ばれてきたミルクセーキに移った。

「わたしはルナに、なにも期待しない。することは、“そばにいることだけ”さ。――ルナとわたしは、たとえるなら、パズルの、隣り合わせのピースみたいなものなのだよ」

「……」

「ピタリ、おさまるだけ。そこには何のアクションもない」

クラウドはなにか言おうとしてやめた。ベンが来たからだ。

 

「おはようございます――あの、言っときますけど、時間どおりなのは俺ですよ?」

「うん、俺たちが、ちょっと早く来たんだ」

ベンは、ジャケットを手にしたスーツ姿だ。エーリヒも似たような格好だ。まったく貴族軍人というものは、いつでも身なりがきちんとしていて、困る。Tシャツにチェック柄のシャツ、ハーフパンツ姿のクラウドが浮くではないか。

 

「いいじゃないですか。クラウド軍曹は、もとの顔がいいんだから。どんな格好をしても、格好がつきますよ」

ベンは暗い顔でそう言い、カフェ・ラテを注文した。

「……まだ落ち込んでるの」

クラウドは、恐る恐る言った。ベンの落ち込みようは、ふつうではなかった。

クラウドとエーリヒは顔を見合わせ、仕事の話をするまえに、この気の毒な男をなんとかしてやらねばという気持ちに駆られた。

彼が落ち込んでいるのは、まちがいなく先日の歓迎パーティーのせいである。

 

「クラウド軍曹の彼女のミシェルって子も――ルナっていう子も、――ほんとに――可愛かったですね――」

ベンは遠い目をした。

「エーリヒ隊長も彼女できたんですよね……べつに、そっちはうらやましくないけど」

「どういう意味かね。ジュリになにか不満でも?」

「隊長がいいなら、いいじゃないですか。俺は、タイプじゃなかったってだけで――ミシェルちゃんとルナちゃんのほうが可愛いと思っただけです」

「ベンの好みってやっぱり、L7系のコなの?」

クラウドが聞くと、ベンは「そうですねえ……」と、また遠い目をした。

「俺は、任務が終わったら、できればL7系あたりでのんびりしたい気持ちが強いんで、L7系あたりのコがいいですねえ。――あ、でも、こだわるつもりはないんです」

ベンはあわてて言いつなぎ、クラウドをジト目でにらんだ。

「クラウド軍曹に紹介してくださいなんて言いませんよ。俺は俺で、探しますから」

「……」

「でも、可愛かったなあ――L7系って、あんな可愛いコ、いっぱいいるんだあ――」

ベンは一瞬だけ夢見がちな表情になったあと、

「でも、ま、たいていの女の子に避けられがちですからね……俺は」

俺のことを受け入れてくれるコなら、もういっそだれでもいい、とベンは泣きそうな顔で言った。

 

心理作戦部に在籍していたころは、仕事が忙しすぎて、女性とつきあうことなどできない現状であったし、心理作戦部という職場自体が変人の集まりというイメージが先立っていて、心理作戦部というだけで、女子にきらわれ、たとえ彗星が衝突するくらいの確率で合コンがあったとしても、心理作戦部隊員が来ると言えば女の子が来なくなるので、誘われたことなどない。

ベンは、自分がモテないのは、所属する部署のせいだと思っていた。

だが、あれほど面と向かって、女の子に避けられ――さすがにベンはショックを受けた。しばらく、立ち直れないほど。

 

「ミ、ミシェルは、その、前日から、体調が悪くてさ――」

「クラウド軍曹にしては、頭の悪いいいわけをしますね」

ベンは、涙目でクラウドをにらみ付けた。

「ごまかさなくたって、わかりますよ! 俺が話しかけるまえまでは、ふつうでしたからね!」

どうせ俺は――気持ち悪いよ――と蚊の鳴くような声でテーブルに突っ伏すベンを、さすがにクラウドも哀れだと思ったし、エーリヒは相変わらずの無表情でおかしな方向に励ました。

「爬虫類ずきの女もどこかにいるだろう。あきらめることはない」

 

「だれが爬虫類ですか!!」

ベンは断固として抗議した。

「俺のどこが爬虫類ですか! むかしから俺は、どっちかいうと犬顔で――」

「ほら」

エーリヒはやれやれといった様子を、肩の動きだけでしめした。

「君は、学生時代はモテただろう、その顔だからね――君はカイゼルの事件以前と以後では、人格が変わってしまったんだよ。わたしたちには分からんが――女の子が受け取る君の不気味さは、そこからきているのではないのかね。カウンセリングを受けろと言ったろうに」

クラウドが、カイゼルの文字が出た時点で焦った顔をしたが、ベンは、いやそうに首を振っただけだった。

「その名前は出さないでください。忘れたいんです。それに、カウンセリングは受けました。事件後に、何度もね。フラッシュバックは消えましたし、薬物依存になることもなかった――多少、アルコールはありましたが。俺は学生時代もモテませんでしたし、地味だったんで――もともと――というか、ますますヘコませないでくださいよ。あの事件のことは、もう考えたくもない」

ベンが一気に憔悴したので、元上司ふたりは、その話題を切ろうと決めた。だが、ベンがつづけた。

「アイゼンのやつが、ほじくり返してくるまでは、ほんとに忘れてたのに」

 

「アイゼン?」

クラウドが拾ってはいけない言葉を拾った。

「アイゼンって、情報分析科の?」

「ええ。――陸軍の美形軍人の上位に必ず入りましたよね。クラウド軍曹がいたころは、あなたかアイツかって――心理作戦部は極端な美形もいるけど結局変人だって。このあいだはじめてマトモに話しましたけど、やっぱりただのヘンタイでしたよ」

ベンは思い出したように、「なんであんなヘンタイが女にモテるんだろう」とまた落ち込んだが、クラウドは聞き逃さなかった。

「アイゼンがなぜ、君にカイゼルのことを?」

 

「好奇心はネコも殺す、だよ。クラウド」

エーリヒがくぎを刺した。

「アイゼンのことをさぐるのも、追及するのもやめておきたまえ」

「……」

ベンがしまった、という顔で横を向いたので、クラウドは察した。エーリヒは、クラウドの好奇心がアイゼンに向くのを避けるように、間をおかず喋った。

「やっと、仕事の話に入れそうだな。――自殺したダグラスの備品の中に、ムクドリを描いた――おそらく家章、がはいっていた。錆びた缶といっしょにね。その錆びた缶は、家章を入れて、どこかに埋められていたものを、ダグラスが掘り出した。それの調査をベンに頼んでおいたのだが、どうも、それがアイゼンの友人が埋めたものだということが、分かってだね」

 

「――ええ!?」

クラウドは絶叫するところだった。

 

「缶とボタンは、アイゼンに返した――おっと」

エーリヒは、乗り出したクラウドを制した。

「わたしは、君がまとめてきた、ルナの夢の話も含めた調査書を見せてもらった。わたしが今からベンに説明することは、君が導き出した答えと同じだろうが――アイゼンの正体はさぐるな。君は死ぬ。――ミシェルも危険な目に遭わせたいかね?」

クラウドはぶわっと背中に汗が浮くのを感じた。拳を額に当て――クラウドには、アイゼンの正体が分かってしまったのだった。

(ララも、“ヤマトのアイゼン”、なんて口にしていたけど、まさか、アイツだったなんて……)

クラウドはてっきり、ヤマトの幹部の名だと思っていた。まさか、頭領本人の名だったなんて。

「わ、わかった。俺は何も知らない。なにも気付かなかったことにする……」

エーリヒは、クラウドが黙ったのを見て、つづけた。主に、ベンに対して。

 



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