「君に、宇宙船に乗ったら、すべて説明してあげると言ったね」

「ええ」

正直、ベンにはどうでもよかった。だが、仕事の話ならば聞いておかねばなるまい。

「L03の占術師であるサルディオネがこの宇宙船に乗っている。ZOOカードという占術をつかう術師だ。彼女はZOOコンペティションとかいう儀式をしたらしい。クラウドの報告によると、」

なぜ、アイゼンの話からL03の占術師の話に飛んだのか、ベンは分からなかった。

エーリヒは、クラウドの報告書のコピーをとじたスクラップ・ブックを開いた。

「ここにある――ZOOコンペティションの中で、“ジャータカの黒ウサギ”とやらが言った言葉だ」

最初にクラウドが録音機器を用意しておいたので、コンペの最中になされた会話は、一字一句、記録が残っている。

 

『月を眺める子ウサギは、ボタンの場所は知りません。ですがきっと、彼女はボタンの秘密を見つけるでしょう。わたしは謝らねばなりません。わたしは拷問にかけられたときに無意識に喋ってしまったのです。“椋鳥の墓”のことを』

『羽ばたきたい椋鳥がボタンを埋めた墓のことを、わたしは喋ってしまいました。私は脳裏に浮かぶものを、苦痛の中で無意識に喋ってしまったようなのです。カサンドラがあとから教えてくれました。私は、そのお墓に何が埋められているか知りませんでした。わたしを拷問したあの男は、墓に“マリアンヌの日記”の原本が埋められていると思って、探しに行ったのです。でも出てきたのは日記ではなく、錆びたクッキーの缶とボタンだけ』

 

「錆びたクッキーの缶と、ボタン……!?」

話についていくのがやっとのベンにも、分かったようだった。

「そう。君に調査を頼んだ、あの“ブレンダン・クッキーの箱”と、“ボタン”だよ」

「……」

ベンは、信じられない顔で固まっていた。

「ジャータカの黒ウサギは、かつて心理作戦部で拘束していた、マリアンヌ・S・デヌーヴ。あの革命家メルヴァの姉」

「……彼女が、化けて出てきたとでも?」

ベンは、ぞっとしない顔で言った。ベンは、ZOOカードのことはまったくわからない。彼は、エーリヒがとくにおもしろくもない怪談じみたオチにしたのだと思った。

だが彼も心理作戦部なので、マリアンヌのことは知っている。ダグラスが自殺したあと、一連の出来事を知ったのだ。あれは心理作戦部内だけで周知され、終わった事件だった。すべて、ダグラス「ひとり」が仕組んだ事件として、収束された。

 

「情報を総括するとだね、彼女が言う、“わたしを拷問した男”とはダグラス。あの缶は、アイゼンの親友のもの――親友とは、ムクドリ。 “羽ばたきたい椋鳥”とは、おそらく、ロビン・D・ヴァスカビルだろう。埋められていた場所は、“椋鳥の墓”――すなわち、ロビンの両親の墓かなにかか」

エーリヒがはじき出した結論に、クラウドは同意を示した。ベンは、まったく追いつけなかったが、とりあえずそうなのだと思って聞いた。

「マリアンヌの言葉は続いている」

エーリヒはページをめくった。

 

『クッキーの缶とボタンは誰かが持っていきました。わたしにはゆくえが分かりません。きっと椋鳥が探しているボタンとは、それのことでしょう。彼女が言うには、羽ばたきたい椋鳥は自分が持っている“写真の切れ端”の正体もわかっていないというのです』

『私にはさっぱり……。でも月を眺める子ウサギが、羽ばたきたい椋鳥を助けるキーワードは“パズル”だといいます』

『はい。写真の切れ端もパズル、そしてすべてのパーツを台にはめる――そのパズルをするのも、月を眺める子ウサギだと』

 

「キーワードは、“写真の切れ端”と、“パズル”だ」

エーリヒは、持ってきたブリーフケースから、今度は自分の手帳を取り出した。どこにでもある黒革の手のひらサイズの手帳。

彼が開いたページには、下手とも上手とも言えない絵があった。上下左右四ヶ所に四角い枠でくくられた、小鳥の絵。どれもが、太陽のマークから小鳥が羽ばたきだそうとしている絵なのだが、形に違いがあった。

いちばん上の絵は、小鳥を真正面から見た図。右隣は、小鳥が左上に向かって羽ばたこうとしている図。左隣は、右の絵と対照的に、右上に向かって羽ばたこうとしている図。

いちばん下は、小鳥の後ろ姿だ。

 

「これは」

クラウドが言った。

「この右隣の図は、メフラー商社の家章だな」

「そう」

エーリヒはうなずいた。

「アズラエルに確認したら、間違いないと。ちなみに、ロビンが腕に彫っているタトゥも“この形”だ。彼はメフラー商社の傭兵であることを誇りにおもっている」

「……」

「そして、メフラー商社と対になる、左の図は、白龍グループの家章だ。こちらはバラディア公と、それからグレンの担当であるチャンに確認済みだ」

「じゃあ――もしかして、いちばん下のは、ヤマト?」

エーリヒはふたたび、うなずいた。

「そう。こちらも、名前は言えないが確認済み。ヤマトの家章だ」

 

「このいちばん上のは――例のボタンですよね?」

ベンがいちばん上を指さして言う。

「ああ。クッキーの箱に入っていたボタンが、これだ」

いくらクラウドやエーリヒの頭脳についていけないベンでも、わかった。きっと、これらは老舗傭兵グループの“裏”紋章なのだ。

「でも、メフラー商社と白龍グループと、ヤマトのほかに、老舗の傭兵グループがあるなんて話は……」

ベンが思案気味に顎に手を当てる。

「わたしも聞かないね。これらの家章が、なにを意味するかだ。表に出ている家章ではない。メフラー商社が自社のマークとして出しているのは、幾何学模様のはいったエンブレム型のうえに鳥が羽ばたいている姿が乗っかっているのが、表向きの家章だろう? 白龍グループは、四方を向いているたくさんの龍。ヤマトは、その名のとおり――弓矢と、的の絵だ」

 

「なにを意味しているんでしょうね……」

ベンはつぶやいたが、クラウドにも、エーリヒにも、まだ真相はつかめていない。

「ロビンという男が、素直に吐くわけもないでしょうしね」

「知らないか――忘れているということも、あり得る」

クラウドは、かつてルナが夢の中で「黒いヘビ」に会い――おそらく、それがヤマトの頭領か? ――彼が、「箱は元の場所に戻しておいた」と彼の親友に告げるよう、言われたことをベンに説明した。

すなわち、箱をエーリヒに返してもらったアイゼンが、元の場所に埋めなおしたことを示唆している。

そのとき、アズラエルが電話で、ロビンに「親友」のことをたずねたが、彼はヤマトの頭領の顔は知らなかった。おまけに、ロビンという男は男嫌いで、友人らしき友人はいない。

 

クラウドは、思案顔を見せ、やがて言った。

「これらの紋章のことは、あらためてロビンに聞いてみよう。“写真の切れ端”のことはわからないが、“パズル”に関しては、さ。――今朝の新聞にあったんだけど」

エーリヒもベンも、クラウドが毎朝L系惑星群すべての新聞に目をとおすことを知っている。

「最近は、辺境惑星群のローカルな新聞も取ってるんだが、L05の新聞の一面記事に、あたらしいサルディオネが任じられるって記事があった」

「あたらしいサルディオネ?」

ベンは、辺境惑星群の新聞まで読んでいない。L18の新聞の隅々に目を通すのがせいぜいだった。

「うん――あたらしいサルディオネの占術は、“パズル”」

ベンは、我知らず、つばを飲み込んでいた。

「いちばん近い、ルナちゃんのZOOカードの報告でも、パズルのことが出てきてる。いったいこの占術がなにをどうするものなのか、まだ分からないけど――」

 

 



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