「報告が遅ェよ、ピーター」 L09のスペース・ステーションでは、アイゼンが苛立つ様子を隠しもせず足を踏み鳴らしていた。 「グズグズしてっと、てめえの可愛いオルドを食っちまうぞ!」 『すまん。俺もこう見えて多忙でね――ウチの特殊部隊は予定通り出航した。明日にも所定の場所で、合流できる』 「てめえが、俺に話があると言ったんだぞ。俺はさっさと作戦に入りてえんだ」 『だから、すまないと言っただろう。これでも、俺は悩んだんだ、かなり』 電話向こうのピーターの声は元気がなかったが、それが作為か真実かは、アイゼンは見抜くことができた。ピーターとは長い付き合いだ。 『……オルドは?』 「近くにゃいねえよ。今回のミッションはアイツが中心だ」 アイゼンは高笑いした。 「オルドの野郎! 俺を見てなんて言ったと思う? 『はじめまして』だとよ!」 『無理もない。オルドはまだ4つだったんだから。“あのときのこと”を覚えていなくても』 苦笑するピーターの声は正常だ。 「なァおい、ピーター」 アイゼンは舌なめずりをした。 「ロビンがアイツを欲しがってるのは知ってただろう。ロビンにやれ。ロビンがもどったら、アイツをロビンの補佐にする」 『……』 「オルドはいい傭兵だ。傭兵のしたたかさも、軍人のカタさも、両方持ってる。へへ……いい傭兵だ。ロビンにくれてやれ。俺に寄こすよりマシだろう」 沈黙がややあって、ピーターが嘆息交じりに返した。 『オルドはアーズガルドの“人材”だよ。俺の秘書だ』 ピーターの声音が、L03の凍土を連想させる声に変わる。 『オルドは俺のものだ。――言っただろ、兄さん』 「兄さん? いきなり薄気味悪ィこというんじゃねえよ」 アイゼンは顔をしかめた。 「おまえの兄貴はロビンだろ」 『あんたもだ。弟のものに手を出すな。オルドに触れたら、その指からもぐぞ』 「いうようになったじゃねえか! この俺に!」 『ロビンが宇宙船からもどるという保証はないよ。やるなら、傭兵グループ三社だけでやるべきだ。第一、きっと彼は何も覚えていない。跡継ぎ問題でややこしくならないように、タキが記憶を消したろう』 「ダメだ。プロメテウスの血脈は必要だ」 『俺も、あんたも、その血を引いてる』 「“紋章”を受け継いだのは、ロビンだ。ロビンじゃなくちゃ、ダメなんだよ」 『……』 「いざとなったら、“階段”を上がらせるまでさ」 『――俺たちが上がった、あの“階段”か』 ピーターの声に、ほんのすこし人の情が籠もった。 『彼が、上がり切れるかどうか』 「上がるさ」 アイゼンは笑った。 「上がれないヤツに用はない。それだけの人間だったってことだ」 『……』 「なァピーター。俺は知ってるんだぜ。心理作戦部に拘束された、L03の予言師だかが、プロメテウスの墓のことを吐いたようだが、ダグラスに、墓の場所を教えたのはおまえだ」 『……』 「おまえ、なにを企んでる」 『なにを?』 「白龍グループも、メフラー商社も、一番警戒してるのはおまえだよ、ピーター。アーズガルドを真っ二つに割りやがって。いらねえモンはあっさり切り捨てか。さすがの俺も、おまえほど思い切ったことはできねえよ――アミザのことを言えた義理か」 『俺たちはみんなそろって“母親”に似たんだよ――怪物になった。俺の親父は、よくそう言っていた。ピトスもエルピスも、「希望」なんてものじゃない。プロメテウスがヤマトとアーズガルドに授けた、火のような女だってね』 アイゼンは、愉快そうに笑った。 「ところで、頼みごとってなんだ。お忙しいアーズガルドの当主様がわざわざ自分から電話してくるぐらいだから、よほどのことなんだろ」 またもピーターの沈黙。アイゼンは急かした。 「早く言え」 『――ベンを始末する予定だな?』 「ああ」 アイゼンは舌打ちをした。あの男は、真月神社で、エーリヒが待っていろと言ったのも聞かずに、拝殿のほうまで来て、アイゼンとマホロがいっしょにいるところを見た。おそらく気づかれていないと思っているだろうが、ヤマトはそう甘くない。 『で、最後のテセウスの被験者であるレオンは、ベンが消してくれるんだろ。――どっちにしろ、ヤマトはアストロス付近まで行くんだな』 「それがどうした」 『ついでに、そのまま、ライアンとメリーを張ってくれないか――期間は無期限』 上機嫌で闊歩していたアイゼンの足取りが、ぴたりとやんだ。 「ロナウドか?」 『そうだ。ロナウドが、ライアンとメリーの拘束にうごいた』 「張るってなァどういう意味だ」 『そのままの意味だ。できれば彼らが、ロナウドの手に落ちないように』 アイゼンは笑うのをこらえる顔をした。 「――なんだそりゃ」 『あいつらは、俺の手札なんだよ。ライアンとメリーを、ロナウドが手に入れちゃ困るんだ』 「……」 『あいつらは俺の目の上のたんこぶだ。ほんとうは消してしまいたいが、消せばオルドの恨みを買う。だからといって、ロナウドの手に落ちるのも困る。――可愛いオルドが泣いちゃうからな』 ひゃはははは、というアイゼンの甲高い笑いが響くのを、しばらくピーターは聞いた。その笑いはピーターを虚仮にするためのものだった。やがて、笑いが止むと、「了解」の返事がかえってきた。 「ライアンとメリーを消したがってるおまえが、守れというとは思わなかったよ。心配するなピーター。オルドの作戦は、俺が成功させてやる」 『そっちの心配はしてない。あんたじゃなくて、オルドが優秀だからな。ライアンたちのことは、オルドには秘密だ。じゃァよろしく』 ピーターの電話は切れた。 「アイゼン。作戦を煮詰めたい――電話は終わったのか」 オルドが隣にいた。無論オルドは、アイゼンがヤマトの頭領だということは知らない。彼が心理作戦部に在籍していることも。オルドは彼を、ヤマトが寄こした作戦部隊の隊長だと認識している。 アイゼンは、ニタリと笑い、そうっと、オルドの額を突いた。 「?」 オルドがいぶかしげな顔をする。 「おまえに触れたら、指をもぐとよ! おまえのご主人様が!」 「……」 オルドは肩をすくめるだけだった。 「なァ、おまえ、ほんとに俺のこと覚えてねえのか」 「……俺は、アンタに会ったことがあるのか?」 探るような顔で、小さく笑みを見せたオルドの眼力をまっすぐに受け止め、アイゼンは喉の奥で笑った。 「傭兵の名を、捨ててねえんだなァ、“ヴォール”」 「――!」 アイゼンは、オルドの薄い肩を叩いて、小声で囁いた。 「手柄を立てろよ。俺がおまえを、傭兵にもどしてやるから」 オルドは、笑いながら仲間のほうへもどっていくアイゼンの背を、何とも言えない表情で見つめた。 |