地球行き宇宙船のK27区、マタドール・カフェに、もうクラウドの存在はなかった。席には、ベンとエーリヒだけが残されている。 「で、アンダー・カバーが宇宙船を降りたっていうのは、ほんとの話なんですか」 ベンは、うんざり顔に変わっていた。 「ほんとうだよ。ちなみにヘルズ・ゲイトもこのあいだ、最後の一人がアンダー・カバー幹部によって射殺。とりあえず、ユージィンが送り込んだグレン暗殺部隊は、そろって宇宙船を降ろされたってわけだ」 「じゃあ、俺の仕事はないじゃないですか!」 ベンはもともと、グレンのボディガードで宇宙船に乗る予定だった。だが、いまはグレンとアズラエルがともに暮らしているうえに、メフラー商社の古株であるバーガス夫妻もいっしょにいる。グレンのボディガードは不要だった。 そのため、ベンの任務は「アンダー・カバー」の監視に切り替わったのだが、そのアンダー・カバーも宇宙船にいないのでは、彼が乗ってきた意味はない。 「そうでもないよ」 エーリヒは、ミルクセーキを飲み干したので、ストロベリー・ソーダを注文した。そして、分厚い書類のスクラップ・ブックを指でトントン叩いて言った。 「クラウドから、特殊GPSのアプリをもらったろう。それで、アンダー・カバーを追ってくれ」 ベンの顔つきが、急に真面目になった。 「アンダー・カバーはやはり、グレン少佐の暗殺をあきらめてはいないんですね?」 「確定はできない。だが、彼らが行動を起こすとしたら、アストロスにちがいない」 「アストロス……」 アストロスは、地球行き宇宙船に乗っていなくても行ける場所であり、クラウドの話によると、アストロスで「ひと騒動」起きることが確定している。その混乱に紛れて、グレンを狙うことも、予想に入れておいた方がいいということだ。 「分かっているね。この宇宙船に乗ったとき、君は出入りが激しくなるだろうから、先に出入船がいつでもできる許可証を発行しておいたが、この宇宙船は三ヶ月出ていると、もどれなくなるからね」 「ええ。了解しています」 「クラウドのGPSアプリは、星を越えては探知できない。おそらく、アンダー・カバーは、いまE353にきているか、E654どまりかもしれないということだが――探してみてくれ。常に、どこにいるか確認できるように――いいね。繰り返すが、時差を含めて三ヶ月だ。三ヶ月に一度は、宇宙船内に戻らなければならない」 「了解」 ベンは立った。それからふと、思い出したように確認した。 「――命令は、さいしょと変更ありませんか」 「最初と?」 エーリヒは少し考えたあと、「うん」とうなずいた。 「では、グレン少佐に危険が及んだ場合は」 「――ターゲットの、射殺の実行も、許可する」 「了解」 ベンは敬礼し、席をあとにした。 グレンは、久々に惰眠を貪っていたはずだった。 「なァおい、起きろ――」 だれかが無理に、揺り起こさなければ。 「――っ、だれだ」 みんなは出かけていて、グレンを無理に起こす人間などこの屋敷内にはいないはずだった。そもそも、グレンの部屋にだって、カギをかけて――。 グレンは飛び起きた。 「ペリドット!?」 「ああ、俺だ」 ラグバダ族の衣装を着た不審者が、ベッド脇に立っていた。 「おまえ、どこから入ってきた!!」 「玄関のチャイムを鳴らしたが、応答がなかった。だが中に、ひとの気配はある。すまんが、不法侵入させてもらった」 「警察呼ぶぞ!!」 「緊急事態なんだ、わるかった――ルナはどこだ」 「ルナなら、朝からでかけてるよ!!」 「なんだと? 参ったな」 ペリドットは頭をかき、「いつ帰ってくる」と重ねて聞いた。 「知らねえ。夕メシのことを話してたから、夕方にはかえっ「ただいまあ!!!」 玄関のほうから、ルナの大きな声がした。 ペリドットとグレンが部屋を出、二階の廊下突き当たりからリビングを眺めると、ルナがちいさな身体をいっぱいにのばして、手を振っていた。 「ただいま! なんか外にアントニオがいたよ? なかにペリドットさんがいるってゆって、――いた!!」 「邪魔してるぞ、ルナ」 「あいさつが遅ェよ!!」 グレンのツッコミがすかさずペリドットを襲った。 「よくわかった。ペリドットには、どんな警備会社もかなわねえってことがな」 グレンは、寝起きのボサボサ頭で、リビングに合流した。うまそうなコーヒーの匂いがしたからだ。アントニオが持ってきた、あたらしいブレンドのコーヒー豆をバーガスが挽き、淹れて、みなに提供しているところだった。 「こんなやり方は、一年に二度もせんよ――今日は、どうしても聞きたいことがあってだな、」 「年に何回もあってたまるか」 アズラエルも言った。出先で買って来た、ワイルド・ベリーのタルトを切り分けながらだ。 「おお♪ こいつはうまそうだね」 アントニオは喜んでタルトの皿を受け取ったが、レオナに小突かれた。 「アンタもアンタだよ! なんで止めないんだい」 「留守だったら、出直すつもりだったんだ。俺は。でもコイツが勝手に、」 「それにしても、おまえらだけなのか。ミシェルやクラウドはどうした」 「ミシェルは、ガキどもと映画を観に行った。クラウドは、エーリヒと、仕事の話だとかででかけたよ」 「エーリヒ? あたらしい同居人か」 ペリドットは、タルトを食べたがらなかった。コーヒーだけ、おかわりをもらうと、 「黒いタカか」 「うん! そう!」 ルナが口の周りを真っ赤に汚したまま叫んだ。 「クラウドがいないのは困るな――ルナ、黒いタカが来たって言うなら、アンジェリカの話を優先したいところだが、今日来たのは、そいつが目的じゃねえんだ」 ペリドットは言った。アントニオが、タルトに舌鼓を打ちながら、本題にはいった。 「K19区に遊園地って、どこにあるの?」 「へ?」 ルナはアホ面から繰り出される、アホとしかいえない声を出した。 「K19区に遊園地がいくつもあるのか」 アズラエルも不審な顔で聞いた。船内役員であるアントニオが知らないのは、奇妙だと思ったからだ。よりにもよって遊園地である。K19区にはいる大通りから、おおきな観覧車がすぐ目に入る。あれが見えないのならば、よほどのフシ穴である。 「あんなでかい観覧車が、目に入らないってのかおまえは」 ペリドットとアントニオは、目を見合わせた。 「ルナだけじゃなく、アズラエルも知ってるのか」 「?」 アズラエルは、今度こそおかしく感じて、表情を「?」でいっぱいにした。 「う〜ん」 アントニオは、ポリポリと、顎をかいた。 「俺の記憶では、K19区に遊園地なんてないんだけど……」 「ええ!?」 「なんだと!?」 今度は、ルナとアズラエルが顔を見合わせる番だった。 |