ルナとアズラエルは、K19区に到着したとたんに、息をのんだ。

 

――遊園地が、ない。

 

ルナは何度も目をこすり、アズラエルはあたりを見渡して、ここがたしかに「K19区」だということを確認した。あの特徴的な、モダンなデザインのガードレール、その向こうに広がる海、教会みたいな形の区役所――まちがいなく、K19区だ。

さっき、シャイン・ボックスのなかで、K19区のボタンを押したのは、アズラエル本人だった。

 

「ほんとうに、ここに遊園地が?」

アントニオは、不思議そうに聞いた。

大通りのとなり、閉園した遊園地があったはず場所は、ただの荒地だった。レンガの壁でおおわれ、木々がうっそうと茂った、広大な空き地。

アズラエルも、自身が見ている光景を信じられない様子だった。

彼もたしかに、ここに遊園地があったのを見たのだ。宇宙船に乗りたてのころ、海が見たくてここへ来たときも、つぎにルナと来たときも、観覧車を横目に、K19区にはいった。

このあいだ、K25区の帰りに、ノワの墓を探すために寄ったときも、遊園地はあった。

閉園してさびれてはいたが、たしかにあらゆる遊具が、残っていたのだ。門も、入り口のゲートも。

 

それとも、最初から遊園地などなかったのか。

ではルナは――ルナとアズラエルは、なにを見ていたというのだ?

 

「ピ、ピ、ピ、ピエトも、遊園地のことは知ってるはずだよ!?」

ルナは、門があったはずの場所まで来て叫んだ。

ルナが何度もなぞった、「ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈」の文字が書かれた、錆びた門も、あとかたもなく消えていた。

眼前にひろがるのは、整備もされていない荒地。遊具などもあとかたもない。

 

「ピエトも――ここはお化けが出るって――」

以前、ピエトの荷物を取りにここまできたときも、ルナを呼びに、ピエトが、門の前まで来て。

『この遊園地はやってねえよ。さっき爺さんが言ってたじゃんか』

そう言ったのだ。ピエトには、遊園地が見えていた。

でも――。

 

「そういえば、あのとき……」

クラウドとミシェルは、遊園地のことをなにも言わなかった気がする。ミシェルは、ルナが遊園地のまえからもどったとき、「もう! どこ行ってたのよルナ!」と言った。

遊園地が好きなミシェルが、ひとことも、遊園地のことは口にしなかった。暗かったとはいえ、とおくからでも目印になる観覧車が、目につかないわけはなかった。

 

「もしかしたら、あのふたりにも――見えてなかったのかも」

「――冗談よせ。じゃあ、俺たちが見ていたのはなんだったんだ」

「……」

アズラエルは焦り顔で腕を組んだあと、

「そうだ――待て。あの店は、あの店はあるか。ほら、サンタみてえなオッサンがやってた――」

「あっ!!」

ルナは、荒地のまえから駆けだして、店があったはずの場所へ飛び出した。サンタのようなおじさんがやっていた、ちいさなコーヒー・スタンドだ。ルナもアズラエルも、そこで何度か飲み物を買った。だが、あの店もなかった。

ルナは、信じられない顔でたたずんだ。

ちいさな店があった場所も、遊園地側の荒地からはみ出た草木が覆い隠して、建物の残骸すらなかった。

ルナたちは、いったい、だれからミルクティーを買ったというのだ?

 

「おまえと、アズラエルと、ピエトには遊園地が見えるんだな?」

ペリドットが真面目な顔で言った。アントニオも、バカにしているわけではない。真剣な顔でふたりを見つめていた。

「いや――今は見えねえ。俺にも、ルナにもだ。――だが、たしかに、ここに遊園地はあった。俺は何度も見てる」

「……」

遊園地を撤去した、と考えるにしてもおかしい。ほんの数日で、更地にできるわけがない。草木がここまで生い茂るわけもない。アズラエルとルナは、先日、ここへ来たのだ。

ペリドットとアントニオは、何度かここへきているが、遊園地など一度も見たことがないという。

 

「あるの。遊園地――あったの。ルーシーが寄贈した遊園地」

ルナは必死な顔で、ペリドットの衣装の裾を握った。

「ルーシー?」

「門のところに、ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈ってかいてあったの」

「……」

アントニオも思案顔で更地をながめ、それから、ルナに言った。

「もし、ルーシーのつくった遊園地がここにあったとしたら、たぶんララが閉園したままにはしておかないと思うんだ」

ルナはうさぎ口になった。そのとおりだと思ったからだ。

 

「しかし――ということは、ララも遊園地のことは知らんということか」

「宇宙船の史記をしらべてみよう。ここに、遊園地が本当にあったのかどうか」

アントニオは提案した。アズラエルはもはやなにも言えずに肩をすくめた。自分が見たものがいったいなんだったかなどと考えても分からないし、たしかにこのあいだまではあったが、いまここに、遊園地はない。

いま、アズラエルの目に映るのは、なにもない荒れ果てた空間なのだ。

 

「あっそうだっ!」

ルナはあわてて、バッグの中から財布を取り出した。

ここに遊園地があったというゆいいつの証拠かもしれない。ルナはたしかにこのあいだ、ここでチケットを拾った。

「――あった」

夢ではなかった。あのとき拾った、ぼろぼろのチケット。ルナはそれを、アントニオとペリドットに差し出した。

いまにも破れそうな紙切れだ。風船を持った白いネズミの横に、台詞のフキダシの絵がついた――。

 

「シャトランジ?」

アントニオとペリドットは、声をそろえた。

「シャトランジって?」

「俺は分からん」

「このチケットを、遊園地の入り口で拾ったんだね?」

ルナの話を聞き、アントニオは確認するようにルナに尋ねた。ルナは何度もうなずいた。

「このチケットは、だれにも見せていないのか」

ペリドットの問いに、ルナはうさ耳をしおれさせた。

「いまおもいだしたの……」

「そうか」

とくに、責めるつもりで言ったのではないようだった。

「ルーシーのつくった、遊園地か……」

 

ペリドットは気難しい顔で、アントニオは荒地になにかを見出すかのように、アズラエルは困惑顔で、なにもない荒地を見つめた。

ルナだけは、心の中で語りかけていた。

 

(ルーシー、いったい、どういうこと?)






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