百四十二話 リカバリ夢の中 T 〜二千年前のイシュメルの話〜



 

 今から三千年まえ、アストロス星で、ラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄弟神の、苛烈な戦いがありました。

 アストロスの兄弟神は、アストロスと、愛するメルーヴァ姫を守らんがため――ラグ・ヴァーダの武神は、世界と、メルーヴァ姫を手に入れんがため。

 ラグ・ヴァーダの武神は、世界を、宇宙を、わがものにせんと企む悪神であったのです。

武神たちはたたかいました。

 天が割れ、地も裂けるようなたたかいが幾日もつづきます。そのために、アストロスの国々は破壊され、地上の民は、滅びつつありました。

 それを憂えたメルーヴァ姫は、争いを止めようと、武神たちの間に身を投げ出します。

 アストロスの兄神とラグ・ヴァーダの武神は、愛するメルーヴァ姫を粉々にしてしまいました。

愛する姫をうしなった悲憤のために強大な力も消え、弱ったところを、地球の軍に滅ぼされてしまいます。

こうして、武神たちのたたかいは終わりました。

 

 アストロスの武神は、いまもアストロスの遺跡のまえに立つ石像に眠り、アストロスを脅かすものを追い払うかのように、天を見上げています。

 悪神であったラグ・ヴァーダの武神は、封印されました。

 武神の「剣」はアストロスで、「亡骸」はラグ・ヴァーダで。

 武神の力が強大すぎて、封印はたった千年しか持ちません。

 

 この物語は、千年後――ラグ・ヴァーダの武神がふたたび蘇らんとするところから始まります。

 

 アストロスの女王と、地球から来た太陽のごとし青年との間に生まれた子が、メルーヴァ姫。そのメルーヴァ姫と、ラグ・ヴァーダの武神のあいだに生まれた子が、イシュメル。

 赤子であったイシュメルは、地球軍の男に守られて、ラグ・ヴァーダ星へとたどり着きました。

 三つ星のきずなともされるイシュメルの血は、脈々と受け継がれました。

 

 あれから千年――イシュメルの一族に、運命の子が生まれます。

 大きなパンダを父に、うつくしい金色の鹿を母に持つ、とてもとてもおおきな赤ん坊が。

ピンクのかわいらしいウサギさん――というには、あまりにも大きすぎる男の子でした。

 イシュメル直系の子孫の長子は、「イシュメル」と名付けられるのが習わしです。ピンクのウサギさんも、「イシュメル」と名付けられました。

 

 生まれたときから、ふつうの赤ん坊の三倍もあるような子どもでしたが、やはり、成長するにつれて目を見張るほど大きくなりました。

 体格がよかっただけではありません。彼は村の戦士が百人いっぺんにかかってきても勝てないほどの体術ができましたし、剣も弓も達者でした。

しかも博学で、たくさんの言語をあやつり、じつに賢く、子どものうちにたくさんの学者を議論で打ち負かしました。

 不思議な能力も持っています。めったにしませんでしたが、予言の力も持っていましたし、ちいさなキズや病なら、すぐ治すことができました。

 頭がよく、体術にたけ、不思議な力がつかえるだけではありません。

彼は無骨な見かけですが、そのやさしい笑顔はたくさんの女性を骨抜きにしましたし、ウサギそのものに温厚で、おだやかな性格は、だれをも惹き付けました。

 だれもが彼は、ひとかどの人物になるだろうと思っていました。

 

 そう――この子が生まれた年は、運命の年。

 ちょうど、ラグ・ヴァーダの武神が生まれて千年目だったのです。

 

 ラグ・ヴァーダの武神の封印が解けるという千年後をむかえてしまいましたが、かの武神をゆいいつ滅ぼせる、アストロスの武神は蘇っていません。そして、生まれ変わってもいないようなのです。

 自然、期待は、稀有な才能を持ったイシュメルに集まります。

 きっと、イシュメルが、ラグ・ヴァーダの武神を倒すのだと。

 アストロスの武神でなくても、メルーヴァ姫の血を引くイシュメルならば、ラグ・ヴァーダの武神を倒せると思ったのです。

 イシュメルに会ったものすべてが、そう思いました。

 彼の周りには、そのカリスマに惹かれて、自然と人が集まります。

 そしてイシュメル自身も、ラグ・ヴァーダの武神をたおすことが自身の天命だと思っていました。

 

 イシュメルの村から遠く、ガルダ砂漠のカーダマーヴァ村にも、運命の子が生まれました。

 イシュメルと同じ年、同じ月、同じ日に生まれた子どもです。

 

赤ん坊の名は、ドクトゥス・D・カーダマーヴァ。

 

「知恵」という意味の名を持つ赤子です。

 カーダマーヴァ村では、かならず「書物」か「歴史」か「知恵」に関する名がつけられます。

 おおきなイシュメルとは似ても似つかない、ちいさな白ネズミでしたが、名前のとおりとても賢い青年に育ちました。

 彼には双子の弟がいます。エポス(叙事詩)とビブリオテカ(図書館)です。彼らはグレーのまだらネコですが、兄がとても好きで、兄弟はとても仲が良かったのでした。

 

 ドクトゥスは、村の誰よりも本が好きな若者でした。カーダマーヴァは、歴史保管の村であり、太古の、さまざまな記録が保存されています。彼は、片っ端から村の書物を読みました。

 この村は閉鎖的で、村人以外は入れないし、村人も、一度村の外に出たら、二度ともどることはできないのです。

 ドクトゥスは、本の中でしか、外の世界を知ることができませんでした。だからよけいに、本の世界にこもりきりになっていきました。

 

 ある日のことです。

 ドクトゥスは、千年前、アストロスで、ラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄弟神がたたかった伝説の記録を見つけました。

 ラグ・ヴァーダの武神。

 その名を見た瞬間、前世の記憶がよみがえったのです。

 

 彼はかつて、ラグ・ヴァーダ星の女王につかえる宰相だったことを思い出しました。彼にはうつくしい白ネズミの妻がいたのです。愛する妻を、ラグ・ヴァーダの武神がむりやり奪い――彼女は武神の子を身ごもったことで、嘆きながら死したことを。

 そして自分も、武神になぶり殺されたことを。

 

 ドクトゥスは悲憤しました。書物を破り捨て、村を飛び出しました。ドクトゥスがなにか泣きわめきながら村を飛び出して行ったのを村人たちは見て、「いったい何があったんだ」と口々に言いました。

 一度村の外に出たら、いかなる理由があっても、もう村にはもどれないのです。

 エポスとビブリオテカは、だいすきな兄がいなくなってしまったことを嘆きました。

 でも、彼を連れ戻すこともかないません。彼らも村の外には出られないのですから。

 

 ドクトゥスは、ガルダ砂漠をさまよいました。乞食のようになって、幾日もさまよいました。

飢え死に寸前の彼を助けたのは、L77の真月神社の神官でした。ぐうぜんにも、イシュメルに会いに行った帰りに、ドクトゥスをたすけたのです。

 彼女は、あまり見目麗しい容姿はしていませんでしたが、白ネズミでした。

ドクトゥスは、彼女が自分のかつての妻に似ているような気がしました。きっと、まちがいなく、彼女は生まれ変わりです。しかし、比べようもないくらい、かつての妻は美しかったのです。

もしかしたら、美しさゆえにラグ・ヴァーダの武神に見初められた白ネズミの妻は、不幸をもたらした美しさを手放してしまったのかもしれないとドクトゥスは思い、また涙しました。

 ドクトゥスが、カーダマーヴァ村を飛び出してきてしまったことを知ると、彼女は黙って、彼を連れて行きました。

 

 ドクトゥスは、彼女といっしょに、各地の神殿をまわりました。

L03の王都トロヌスでサルーディーバに会い、L05にある、真昼の神と太陽の神をまつる神殿や、夜の神をまつる神殿にも行きました。

彼は、それぞれの神殿で、ラグ・ヴァーダの武神を倒すにはどうしたらいいのかを、神々に聞きました。

 そして最後に、L77の真月神社に来たときに、こたえを知ったのです。

 

 ラグ・ヴァーダの武神を完全に葬るには、依代がいること。

 彼の肉体は千年前に朽ちてしまった。そして、生まれ変わらないように亡骸を封じているので、肉体を持って生まれ変わることができない。

 だがこのままでは、疫病や天災となってよみがえって、ひとびとに災いをもたらすこと。

 だれかが、ラグ・ヴァーダの武神に生きた肉体を貸し、アストロスの武神か、武神の血を引くものか、メルーヴァ姫の血を引くものと戦わなければならない。

 彼らが、その依代を倒すのと同時に亡骸のくずを焼き、剣をくだけば、ラグ・ヴァーダの武神の魂は、ほろびる。

 

 ドクトゥスは決意しました。

 みずからが、その依代となろう。

 

 千年、二千年後でも、何度でも生まれ変わって、わが身にラグ・ヴァーダの武神をやどし、アストロスの武神のまえに、この身を差し出そう。

 ラグ・ヴァーダの武神を、真にほろぼすためになら。

 

 ドクトゥスは真砂名の神にそう誓い、「革命家メルーヴァ」と名乗りました。

 メルーヴァ姫を愛するラグ・ヴァーダの武神が、メルーヴァの名に反応するのは分かり切っていたからです。

 彼の予想はあたり、すでに災厄となって世に現れはじめていたラグ・ヴァーダの武神は、ドクトゥスを依代として鎮まりました。

 ラグ・ヴァーダの武神は、ドクトゥスとともに、L系惑星群の各地に散らばった原住民を扇動し、おおきな戦争を起こそうとします。

 

 イシュメルを主と仰ぐ巨大な軍勢も、ドクトゥスがメルーヴァと名乗り、ラグ・ヴァーダの武神をやどして立ち上がったのを知りました。

 このままでは、L系惑星群全土が、戦渦に巻き込まれます。

 いよいよ、決戦です。

 

 ドクトゥスも、これ以上戦争がひろがるまえに、イシュメルに滅ぼしてほしいと悲痛に祈りました。

 どうか早く、われわれを滅ぼしてほしい。

 

 けれども、決戦を目前にして、衝撃的なニュースがドクトゥスに届けられました。

 イシュメルが、暗殺されたというのです。

 



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