“プロメテウスの墓”で出会った、四人の子ども。

 ロビンとアイゼン、ピーターとオルド。

 

 「ピーターの意志ひとつで、すべてひっくりかえる可能性もあるということか……」

 「……」

 エーリヒには、クラウドに見えない、さらなる先が見えているらしい。だがクラウドは、それの追及はあとまわしにした。

 

 「エーリヒ。俺は、ロビンの記憶をもどす方法をさぐってみたいと思う」

 クラウドは言った。

 「君が言ったように、たんなる催眠暗示か、化学療法か、いっそ呪術的なものか――」

 

 「クラウド、ひとつだけ、ここではっきりさせておきたいことがある」

 エーリヒが、クラウドの言葉をさえぎった。

 「君の目的はなんだ? オルドをアーズガルドへ帰し、ロビンの記憶をとりもどそうとする理由は?」

 「……」

 「“プラン・パンドラ”は、軍部にとって決して良好なものではない。L18を、そして軍事惑星を、さらなる混乱へとおとすだけかもしれない。それでも君は、“プラン・パンドラ”を応援しようと?」

 

 しばらく沈黙が訪れた。クラウドは、言葉を探していた。

 

 ――“プラン・パンドラ”。

 傭兵たちが、その計画をそう名付けたのも、自分たちを椋鳥だというのと同じくらいの皮肉だ。

 吉と出るか、凶と出るかわからない。

 パンドラの箱の中にあるのは、災厄かもしれない。

 いいや、確実に災厄は世に蔓延するだろう。

 それでも、この計画の中に、希望を見出そうとしているのか。

 

 「俺は、ララの応援をしてるんじゃない」

 やがて、クラウドは言った。

「もちろん、傭兵の味方だってわけでもない。――ララも分かっている。ララ自身も、防衛大臣と交渉はしているが、ゴリ押しは無理なのも承知しているんだ。彼が交渉を続けているのは、幇の幹部たちを抑え込むためだ――彼は、中央星会と交渉を続けるという姿勢をしめして、ドーソンの弱体化のスキに、白龍グループが一気に攻勢に出て、L18を“獲って”しまわないように尽力している」

 ここまでは、エーリヒにも分かることだ――クラウドが言わずとも。

 「血の気の多い幹部たちがそうしてしまうと、今度は軍部に、白龍グループがほろぼされる」

 「……」

 「仲間の傭兵グループすら、おそらく敵に回す。ララが案じているのはその点だ」

 

 「では、君の目的は?」

 「分からない」

 「分からない――だって?」

 「最近、分からなくなってしまったんだよ」

 

 クラウドは、途方に暮れた顔をした。エーリヒは、彼のこんな顔を見るのは初めてだった。クラウドはいつでも目的を明確にすることができる。どんな状況下でも。その怜悧な思考と頭脳で、いつだって方法を見いだせないことなどないはずだった。だから、副隊長にしたのだ。

 その彼が、「目的」を明確にできていない。

 

 「エーリヒ、つまりだな」

 クラウドは腕を組んだ。

 「もともと、ルナちゃんが救うべき人物のなかに、“羽ばたきたい椋鳥”と、“孤高のキリン”――つまりロビンとカレンは、あった」

 

 エーリヒが身を乗り出してきた。

 「どういうことかね? そちらは初耳だが」

 「ルナちゃんが、料亭まさなで、はじめてサルディオネと会ったときだ。アズラエルとつきあうまえのこと。サルディオネが、ルナちゃんを占いたいと言いだして、椿の宿で占術を。ルナちゃんが救うと占術で示されたのが、“羽ばたきたい椋鳥”、“双子の兄弟”のカード、“色町の黒猫”、“孤高のキリン”、そして、サルーディーバ――これは、直接ルナちゃんから聞いたことじゃなくて、俺があとから、占ったサルディオネ本人に聞いた話だ」

 「……」

 「“色町の黒猫”であるエレナと、“孤高のキリン”のカレンは、もう救済されているとみていい。“双子の兄弟”は、いまは“文豪のネコ”と“図書館のネコ”に変わっている。そちらの状態は不明だが――“羽ばたきたい椋鳥”には、いちばん“かかりきりになる”と言われている」

 「かかりきり――」

 「そう、かかりきり。つまり、大仕事かもしれない」

 

 クラウドは嘆息した。

 「俺は、“真実をもたらすライオン”で、軍事惑星のほうが担当なのだと、ミシェルの前世であるサルーディーバに言われてから、それなりにできることはしようとしてきた。その先々に、オルドがいて、カレンがいて、ロビンが現れた。オルドのことだって――今回のツアーには、マッケランの跡取りと、ドーソンの跡取りが乗っている。こうなったら、ロナウドか、アーズガルドの関係者が乗っていないかと調べてみただけだ」

「調べてみたら、オルドがいた」

「そのとおり。まったくの、ひらめきだったんだよ。そこに至るまでの綿密な調査と裏付けなんてものは、ありゃしない。――“羽ばたきたい椋鳥”のことも、ほとんどが、ルナちゃんの“夢”頼りなんだ。――ルナちゃんがいないと先に進まない」

 「……」

 「いくら綺麗ごとと言われても、俺の“望み”は、軍事惑星が崩壊しないこと。――それだけだ。そのためなら、尽力する。俺はララの目的を遂げる手助けをしているつもりはない。だけど、俺は分からない。ロビンの記憶をもどすことが、いいことかどうかも」

 クラウドも悩みあぐねているのだけは、エーリヒにも分かった。

 

 「そうだな――どちらかというと俺は、“月を眺める子ウサギ”の、手伝いをさせられているのかも」

 

 クラウドは、言っていて、自身でもそのことに気づいた顔をした。

 「俺は、オルドに選択をしめしただけ。――オルドの心を開いたのは、ルナちゃんだ」

 「……!」

 「正確に言えば、月を眺める子ウサギ? ――ああ、もう、どっちでもいい。とにかく、ルナちゃんだ。オルドにユキトのディスクを見せたことで、彼の心をひらいた。

ホームパーティーをひらくことを計画したのは俺だが、あのディスクがなかったら、オルドは俺たちのだれにも心を開かなかっただろう。すなわち、オルドはたとえアーズガルドに帰ったとしても、カレンに友好的な態度をしめすことはない。あのディスクのおかげで、俺が望んでいた方向に帰結したんだ。最近は、ルナちゃんなしじゃ、俺の計画は、まとまらないんだよ」

 クラウドは、お手上げ、といったふうに両手を上げた。

 「カレンもそうだ。カレンのことも、具体的にルナちゃんが何かしたってわけじゃない。だが、カレンの心を蘇らせ、L20にかえる決意をさせたのは、間接的にルナちゃんなんだ。ルナちゃんがつくりだした生活、食事、居場所といったものが、カレンを癒した――もちろん、それだけじゃない。エレナたちとの生活もそうだ。

だが、カレンが宇宙船に乗った時点で、グレンの部屋の隣になったという段階から、俺はもう――そうだな――おおげさだが――俺は最近――軍事惑星は、ルナちゃんの手のひらの上で踊らされているような錯覚をおぼえてきた」

 

 ふたたびクラウドは、「なにを言っているんだろうな俺は」という顔でエーリヒを見つめたが、エーリヒも、それ対する具体的な慰めは見つからなかった。

 

 「では、ロビンのことも、そうだというのかね」

 「俺は、俺のできること、したほうがいいかもしれないことをする。それがまずい場合は、自然とリセットされるし、もしロビンの記憶がよみがえる方がいい場合は――きっと、またルナちゃんがなにか、アクションを起こす」

 「……」

 エーリヒも、さすがに返事を探しあぐねているようだった。

 

 「君こそ、目的はなんなの。この宇宙船に乗ってきた目的は?」

 俺は最初、君をオトゥールのスパイだと思っていたけどね、と言ってクラウドは苦笑した。エーリヒはとんでもないことを言われたように、肩を震わせた。まっぴらごめんだという表現だ。

 「わたしは、スパイには向かんな。あんなストレスのたまる仕事はゴメンだ――わたしの目的は、君の“望み”とおなじだよ」

 「――そうか」

 「軍事惑星群が、崩壊しないよう尽力する」

 「だとしたら、しばらくのあいだは、協力体制でいられるってことかな?」

 「そうだね」

 

 ふたりは、しばらく黙した。やがて、エーリヒが、最大の疑問を口にした。クラウドは、その台詞がエーリヒの口から出ることも、何となく了解していた。

 

 「ルナはいったい、何者かね?」

 エーリヒは尋ねた。だが、そのこたえを、クラウドが明確に出せないことも知っていた。

 

 「うさちゃんだよ。君が最初にいったとおり」

 クラウドは肩をすくめた。

 「カオスでちっちゃな、ピンクのうさこちゃんだ」

 

 



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