「ロビン!?」

 ロビンがいきなり立ち上がって、電話に向かったので、エミリは驚いた。彼はボタンを押すのももどかしい勢いで、メフラー商社の番号を押した。

 

 『ンもしもしい?』

 呑気な声は、アマンダの息子のマックだ。

 「よう、マック」

 ロビンは、声だけは冷静につとめた。

 『ンン!? もご、ロビンさん!?』

 「おまえまだ呑気に朝めしなんか食ってんのか。工場あけてねえんだろ。アマンダに叱られるぞ」

 『う、ええっ……か、母ちゃんに言わないで』

 情けない声が返ってくる。

 「マック。メフラー親父の写真たて、あるだろ」

 『え? う、うん』

 「そいつのうしろに、俺が親父にあずけた写真のきれっぱしが入ってるはずなんだ。ちょっと見てくれ」

 『ええっ? 写真たてなら、爺ちゃんが持ってっちゃったよ』

 「ァあ!?」

 ロビンの絶叫。

 

 『写真たてならありますよ〜。ドローレスさんたちのですよね? 親父さんが持ってったのは、サブの写真です』

 後ろから、シドの声が聞こえた。

 『そうだっけ? ちょいシド、爺ちゃんの写真たてもってきて』

電話向こうでガサガサ、カチャカチャと音がする。マックが、写真たてを分解しているのだ。

 

『あ、あった』

ロビンは、自分が頼んだことなのに、心臓が波打つのを感じた。

「あったか?」

 

『写真のきれっぱしって――たぶんコレ? なに映ってっかわかんねえよ? すんげえ褪せちまってて……』

「それだ」

ロビンは、焦りを必死で押さえて、言った。

「悪いが、それをなるべく急ぎでこっちへ送ってくれ。いいか――住所を言うぞ。メモしろ」

『あ、ちょ、ちょっと待って! これ、じいちゃんが大切にしてるやつだろ、勝手に……』

「ドローレスさんたちの写真は親父のモンだが、そのきれっぱしは、俺のモンだ」

『え?』

「むかし、俺が親父に預けたんだ――親父には俺から言っておくから、そいつを早く送ってくれ。急ぎなんだ」

『わ、わかった……』

「丁重に扱ってくれ。なにしろ、ボロボロなんだ。昔俺が持っていたころからな――分かるだろ」

ロビンの剣幕に押され、マックはうなずいた。ロビンは住所と、部屋の電話番号を告げ、電話を切った。

 

 「ロビン?」

 エミリが、ロビンの背に手を当てていた。その目は、憂いにあふれていた。

 「なんでもねえんだ。――話を聞いてくれてありがとう」

 ロビンは、エミリを安心させるように、腰を抱いて額にキスをした。

 「俺の話は、これで終わりだ。でかけてくる」

 

 

 

 「――ある」

 そのころ、ルナは、K19区の遊園地のまえに立っていた。エーリヒとともに。

 「この遊園地が、どうかしたかね」

 「エーリヒには、見えるんだよね?」

 「これだけの存在感を誇示している遊園地が、だれに見えないというのかね」

 

 先日、荒地だったはずのK19区の遊園地は、もとどおりの形で、その敷地におさまっていた。

 

 「遊園地があるよ!?」

 「?」

 「どうして!!」

 ルナはついに絶叫した。無理もない。

 先日、アントニオとペリドットと見に来たときは、遊園地は跡形もなかったのだ。その存在が、はじめからなかったかのように、ここはただの更地だった。

 だが今は、ルナとアズラエルが今まで見て来た遊園地が、しっかりとそこにある。

 

 (なんでです?)

 ルナはほっぺたをふくらませた。

(なんでなんだろう――ルーシー?)

 

 ルナは、びくびくしながら門へ行き、その存在を確かめるように、「ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈」の文字を何度もなぞった。

門の奥には、荒れ果てた入り口、散らばったチケットのクズ、はがれかけたポスター。さらに奥には遊具。

 ルナが今まで見てきたまま、変わらず、そこにある。

 

 (あたしとアズと――ピエトと、エーリヒには見える)

 見える人と、見えない人がいるのか?

 まるで、遊園地自体が、自在に姿を消したり、現れたりできるようだ。

 (だって、このあいだアントニオたちと来たときは、あたしもアズも、見えなかったもん……)

 

 ルナはごくりと息をのみ、エーリヒのシャツの袖を引っ張った。

 「エ、エーリヒ、入ってみない?」

 「え? ヤダ」

 エーリヒはしり込みした。無表情ではあるが、心なしか、青ざめている気がする。

 「ピエトが、ここはお化けが出ると言ったのだろう? わたしはイヤだ。お化けは怖い」

 ルナは信じられないという顔をした。

 「心理作戦部隊長がなにをゆっていますか!」

 「心理作戦部は人間の相手しかしないのだよルナ! わたしは――人間は平気だが、お化けは怖い――いいいい、い・や・だ!」

 

 お化け屋敷より奇異な光景が、くりひろげられた。ちいさな女の子が、180センチクラスの男のシャツの裾を引っ張りながら、遊園地へ引きずろうとしている。

ひと気がまったくない場所で、エーリヒにはたすかった。あっちの大通りでこれをやっていたら、たいへんな注目を浴びていたところだ。

 

 「おててつないであげるから!」

 「手をつないでもイヤなものはイヤだ! お化けは断る!!」

 ふたりはしばらく攻防戦をつづけていたが、やがて疲れて、あきらめたのはルナが先だった。ふたりして、ぜいぜいと地面に膝と手をつき、息をととのえた。

 エーリヒのほうが先に立ち、ネクタイとシャツの襟もとを整え、乱れ髪を両手で整えなおした。心なしか、表情のない顔がげっそりしているように見える。

 「リズンでキッシュをおごろう。それで勘弁したまえ」

 「しょうがないなあ……」

 ルナはキッシュと聞いて、うさ耳をぴんと立たせた。

 先日、エーリヒに頼んだキッシュは、リズンが定休日だったせいで買ってもらえなかったのである。

 

 ふたりは、リズンに向かった。

 シャイン・システムでK19区からK27区の公園に移動してから、ルナは、サンタおじさんのやっている店を確認してくることを忘れたことを思い出した。

 (あのお店、あったっけ?)

 だが、昼が近いことと、エーリヒと暴れたせいで、(100%ルナのせいだが)お腹がすいていた。

 (あとでもう一回、行ってみよう)

 ルナは遊園地がもとどおりあったことで、すっかり安心していた。

 

 ルナはリズンで、ようやくありつけたトマトとズッキーニのキッシュ、モッツァレラチーズがいっぱいかかったやつ、が乗ったランチプレート、ミルクティーつきを昼食として頬ばった。

 エーリヒは、なぜかその横で鍋焼きうどんを食べている。

 「秋になってきて、鍋焼きうどんの季節です……」

 ルナはエーリヒのそれを見ながら言った。

 「すこし、食べるかね」

 「うん。たまご。たまごのとこ」

 「待ちたまえ」

 エーリヒはうどんに半熟の卵をからめ、木製のレンゲにうどんとスープをすくってふうふうと冷まし、ルナの口元に持っていってやった。ルナは「おいしい!」と叫んだ。

 「たしかに美味いが」

 ルナはすっかり、遊園地のことは忘れた。すなわち、いつものルナである。

 「キッシュはおみやげにして、あたしも鍋焼きうどんにすればよかった」

 「後悔先に立たずというね、ルナ」

 



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