「ルナちゃんが、ちがう男とデートしてる……!」 「店長! よそ見しないで! 沸騰してます! あふれてます!」 そのアントニオは、外のカフェスペースで食事をとっていたルナたちを見てエプロンをかんでいた。 「ふうふうして、アーン♪ なんかしてる! だれ!? 見たことない奴だ!」 「店長! うどん伸びます!! 卵かたまります!!」 「ふむ、鍋焼きうどんというものは、はじめて食すが、なかなかだね」 今日は、アズラエルとグレンがいつもどおりK33区に出かけ、クラウドも外出、ミシェルは絵を描きに、ジュリは学校――といった調子でみんなそろってでかけたので、エーリヒはなんとなく、暇を持て余した。 調査しなければならないことはたくさんあるのだが、今日は書斎にこもってアレコレする気分ではなかった。 天気は良かったし、せっかく心理作戦部の穴倉から出てきたというのに、宇宙船に乗ってまで、朝から暗い書斎で書類とにらめっこすることもないだろう。 エーリヒはルナにくっついてでかけたのだった。 「おいひいれしょ?」 「じつに。ルナはこれをつくれるかね」 「できるよ!」 「では、屋敷でも食したいものだ」 リズンの鍋焼きうどんは、好評らしい。今日はすこし肌寒いので、あちこちのテーブルに、湯気を立てた小さな土鍋をずいぶん見かける。 「冬になって寒くなったら、お鍋パーティーやろうって、バーガスさんと計画してるの」 「おなべパーティー?」 「うん! しめはうどんもいいけど、ラーメンとかリゾットもいいよね」 「ルナたちは、変わったことをするな」 「エーリヒは、お鍋したことない?」 「初耳だ」 エーリヒは、うどんの汁も残さず啜ってから、「ごちそうさま」と言った。 「――クラウドが腑抜けになったのも、分かる気がするな」 こんな生活をしていれば。 「ふぎ?」 「なんでもない、ひとりごとだよ」 エーリヒのつぶやきは、ルナには聞こえなかった。エーリヒも、とくにルナに聞かせたいと思ったわけではない。 冷酷で知られたメフラー商社の傭兵も、切れ者と名高いドーソン一族の嫡子も、すっかり骨抜きだ。 エーリヒは、宇宙船に乗って、なにに一番驚いたかといえば、彼らの変わりように、である。 獅子の牙が抜けたのは、なにもうさこちゃんひとりのせいというわけではない。 この穏やかな環境もしかり――。 (やはり……あまり長くいるべき場所ではないな) エーリヒは思った。 長居などする気は毛頭ないのだが、どうも、ものごとがすっきりしない。 時期というものは、待たねばならぬ場合もある。 「……」 エーリヒは、冷静に自分を分析した。 この環境にほだされることを、懸念しているのだろうか。 ――ルナの隣は、居心地が良すぎる。 「ふむ」 エーリヒは、かつてない自身の感情に戸惑いながらも、それをおもしろく感じる余裕はあった。 エーリヒは鍋焼きうどんを完食し、すっかり火照った白皙の頬を手であおぎながら言った。 「ルナ、椋鳥にかかわる夢について、少し聞きたいことがある」 「ほ?」 ルナはうどんのお礼に、エーリヒにキッシュをひとかけらあげた。エーリヒはそれを箸でぶっ刺し、口に入れて咀嚼し、飲み込んでから口をきいた。 「かつて、君は黒い大ヘビの夢を見たというが、彼は名乗らなかったのかね」 エーリヒが聞いた理由は、多少、気がかりだったからだ。 もしルナが、夢で、ヤマトの頭領の正体を知ってしまっていたら――。 このうさこちゃんは、自分の夢で見ることが、どれほど重要かつ危険な情報であるか、まるで分かっていないとアズラエルもグレンも、心配している。エーリヒも、ルナと会話するようになって、その意味も分かってきた。 自分から話すことはなくても、聞かれれば、まるで不用心にルナは、すべて話してしまう。もし、ヤマトの頭領の正体を知っているとすれば、それを口にすることは、あやうい。 エーリヒは、それだけ注意しておこうと思ったのだった。 「黒ヘビ? くろ――へび――」 ルナはバッグの中から、日記帳を取り出した。最近は、日記帳を持ち歩くようにしている。 「くろへび。――あっ! ムクドリさんの親友の?」 「そう、彼だ」 「名前はゆわなかったなあ……でもね、カッケーだろってゆったよ。チャラいかんじの、へびさんだった」 「彼は、それだけしか言わなかったかね。名前は? ルナは、彼が何者かはわかるかね」 「ううん。ぜんぜん」 ルナはあっさり首を振ったので、エーリヒは安心した。 「彼が言ったのは、箱は元の場所に戻しておいた――それだけ?」 ここからは、単なる興味だった。 「う〜ん……」 ルナはちっちゃな頭を抱えた。 「カッケーだろってゆったの。なんでゆったんだっけ……あ、そだ、ブラック・ドラゴンになるってゆったの」 「ブラック・ドラゴン?」 「親友が、俺に会いに来るときは、俺がブラック・ドラゴンになるときだって。それで、カッケーだろって、ゆった」 「……」 ブラック・ドラゴン。 黒いヘビが、脱皮して龍になるということなのか。親友である椋鳥――おそらくロビンがアイゼンのもとに現れるとき、アイゼンは龍になる? 「……」 エーリヒは、ふと考えた。 いっしょにいた灰色の龍と真っ白な龍が、メフラー商社のボスと、白龍グループ総帥のクォンだとしたなら、ヤマトの頭領であるはずのアイゼンが、なぜひとりだけ「龍」ではないのだ? (アイゼンの言い方では、ヘビが龍に、ワンランク成長するという意味にとらえてもいいか。――つまり、アイゼンにはワンランクアップする先があって――つまり目的があって、それが達成されたときに、龍になるということか?) すでに、アイゼンはヤマトの頭領である。――すなわち、ヤマトの頭領になることが、アイゼンの最終目的ではないということなのか。 ヤマトの前頭領の四男であるアイゼンは、うえに三人も兄がいるというのに、頭領となった。よほど熾烈な後継者争いがあり、頭領の座を勝ち取ったにちがいないが、そのことでさえ、彼の最終目的には値しない。 アイゼンの、本当の目的とはなんだ。 (まさか) あの四つ目の紋章。 三社の老舗傭兵グループにつながる「ヴァスカビル」――椋鳥の墓とはまさか――“プロメテウスの墓”か。 知らず、エーリヒは立ち上がった。 「どうしたの?」 ルナの声が下から聞こえる。 「傭兵グループすべてを動かす、椋鳥の存在――プラン・“パンドラ”――なるほど、すべてが“プロメテウス”つながりか――そういうことだったか」 エーリヒの中で、すべてが一本線でつながった。 「――ルナ」 エーリヒは、ルナの頭を撫でた。 「さすがルナだ! わたしの疑問を一気に解いた」 「ほげ?」 「好きなキッシュを、おみやげに買ってあげよう。選びたまえ」 「ほんと!?」 |