クラウドはそのころ、ロビンのマンションのまえにいた。

椋鳥の件さえなければ、クラウドはロビンと髪の毛ひとすじたりとも関わっていたくなどないというのに。

(――仕事だ、仕事)

割り切れ。

クラウドは自分にそう言い聞かせて、ロビンの部屋のインターフォンを押した。

 

「ロビン!?」

ドアを開けて飛び出してきたのは、むさいロビンではなく、美女だった。クラウドは、その美女に見おぼえがあった。

「エミリ?」

「ク――クラウド、ね?」

互いに、名と顔は知っていたようだ。クラウドは驚異的な記憶力のせいで、ロビンのそばの、入れ替わりの激しい女たちの顔と名全員を、覚えたくもないのに覚えてしまうが、驚異的な記憶力がなくても、エミリの存在は覚えるはずだった。ラガーの店長も、アズラエルでさえも知っている。ロビンの女の中では、いちばん長続きしている女だから。

 

 「ロビンはいないの」

 エミリが、ロビンが帰ってきたのだと思って、ドアを開けたのは明白だった。化粧をしていない彼女の頬は、いくばくかの涙で濡れていた。

 「どうしたの。ケンカでもした?」

 クラウドが聞くと、エミリは首を振った。

 「話を聞いて。クラウド」

 彼女は、クラウドの手を取った。

 「ロビンは、危険な任務に向かうのかしら? だからあんなことを?」

 ずいぶん、狼狽している。クラウドは彼女を落ち着かせようと、手を握りなおした。他意はない。

 (ミシェルごめん)

 いちおう心の中で謝ってから、クラウドは聞いた。

 「いったい何があったの」

 「ロビンは、朝からおかしかった――そういえば、お祭りがあった日から、なにか変だったわ――ずっと――彼らしくない」

 「いいかい? エミリ。よく聞くんだ――俺の目を見て」

 クラウドは優しい口調で言った。

 「ロビンに大きな任務の依頼はあるが、それはまだ先だ。俺はアズラエルやバーガスと暮らしてる――分かるよね? ロビンと同じ、メフラー商社の傭兵だ。いまのところ、彼らにも任務の依頼はない。ロビンに来たら、彼らも行くだろう――だから、だいじょうぶ。ロビンは、危険な任務に行ったんじゃない。俺が嘘を言っているように見える?」

 

 エミリは、安心のために緊張が切れたのか、その場に泣き崩れた。

 「ロビンが、おかしいって?」

 クラウドは、自身もしゃがみこんで彼女の背をさすってやりながら、さらに聞いた。

 「おかしいの。――彼、過去を知られたくない人だと思っていた」

 エミリは涙声で言った。

 「なのに、今朝は自分から、子どものころの話をしたわ。――おかしいの。まるで、遺言のよう――」

 「――子どものころの話だって?」

 

 

 

 「エーリヒ!」

 「やっと帰ってきたか――君が来なければ、わたしから行くところだった」

 エーリヒは、船内ではつかえないはずの携帯電話を手にしていた。クラウドの追跡アプリを起動したところだった。クラウドの位置確認をするために。

 屋敷に駆け込んできたとたんにクラウドは絶叫した。

 「つなが……っ、つながったんだ! 一本線に!」

「わたしもだよクラウド。まずは落ち着きたまえ」

クラウドは、全速力で駆けて来たのか、肩で息をしていた。

 

 まずはキッチンに駆け込んで水を飲み、エーリヒにうながされて書斎に入ったクラウドは、閉めきったドアに「立ち入り禁止」の札を掲げて、ソファに腰を下ろした。

 

 「ロビンの過去の話が聞けたんだ。思いもかけず。――それで、つながった」

 「わたしも、ルナから、黒ヘビの話を聞いてね。それで、わかったのさ」

 ふたりは互いの話を待つように、一瞬間を置き――クラウドが先に話した。かつて上司と部下だった時代も、クラウドから報告するのが常だったように。

 

 「俺はさっき、二、三確認したいことがあって、ロビンのマンションに行ったが、彼はいなかった」

 「ふむ」

 「だが、ロビンの恋人のエミリがいた。彼女は、今朝ロビンがめずらしく過去の話をしたとかで、ずいぶん狼狽していた。危険な任務を前にして、死を覚悟したんじゃないかって――そうでなくても、祭りがあったころから様子がおかしかったらしい。なぐさめて、話を聞き出すのは苦労したが、だいたいの内容を聞くことはできた」

 クラウドは、一気にそこまでしゃべって、天井を見つめたまま、ソファに身をしずめた。

 「予想してたできごとが、ぶっとんで正解になった」

 

 「ロビン・D・ヴァスカビルはおそらく、一部の記憶を失っている」

 「なんだ、そのあたりまでは知っているのか」

 クラウドは視線をエーリヒにもどした。

 「ロビンの記憶を消したのは、タキという男だ。ヤマトの頭領の側近」

 「そうだったのか」

 エーリヒの言葉で、クラウドは真相にだんだん近づいていっていることを知り、興奮を抑えきれないようだった。

 

 「エーリヒ――教えてはならないことなら、言わなくてもいい。だが、ロビンが10歳のころ、“プロメテウスの墓”で会ったのは、現在のヤマトの頭領と、側近のタキ、それからアーズガルドの現当主、ピーター・S・アーズガルド、そして、オルド・K・フェリクスだな? ああ――当時の名は、ヴォールド・B・アーズガルドか」

 「そうだ」

 エーリヒはうなずいた。

 「わたしも、ルナに黒ヘビの夢をくわしく聞いたおかげで、疑問が氷解し、一本線につながったのだよ。では、おそらく君が知らんことを教えるとしよう」

 「なに?」

 「じつは、現ヤマト頭領と、ピーターと、ロビンは、腹違いの兄弟なのだよ」

 

 「なんだって!?」

 クラウドは叫び――それからドアを見やって声をひくめた。

 「兄弟だって?」

 

 クラウドにも、にわかにその事実は受け入れがたかった。

 「その三人が兄弟? どういったつながりで――」

 

 エーリヒは、テーブルにあったメモ用紙に、さっとボールペンを走らせた。彼が書いたのは、家系図だった。

 

 

 

 

ピトス

(姉)

 

サイラス
・K・
アーズ
ガルド
(故)

 

エルピス

(妹)

 

コルドン
・G
・ヤマト

(故)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビン・
D・
ヴァス
カビル

 

ピーター
・S・アーズ
ガルド

 

アイゼン
・C
・ヤマト(四男)

 

フドウ

(長兄)

クンダリ

(次兄)

サンゼ

(三男)

兄弟

兄弟

兄弟

 

 

 

 クラウドは、額に汗を浮かせたまま、系図を見つめた。今、彼の脳みそは、これ以上ないはたらきをしているに違いなかった。

 

 「この姉妹――ピトスとエルピスを結ぶものが、“プロメテウスの墓”なんだね」

 「そういうことだ」

 

 クラウドが、すっかり覚えた系図をエーリヒにかえすと、彼はそれをシュレッダーに突っ込んだ。知れば死を招くほどの機密事項が、みるみる、紙くずになっていく。

 

 「よし、エーリヒ。先に結論から言おう。たがいにね」

 「かまわん」

 「君から」

 エーリヒは、もったいぶる気はなかった。

 

 「ロビン・D・ヴァスカビルは、第一次バブロスカ革命で処刑された、プロメテウス・A・ヴァスカビルの子孫だ。――おそらく、直系の」

 

 クラウドは驚かなかった。用意していた結論は、彼も同じだったのだ。

 

 「彼は、“四つ目の紋章”を受け継いだ、正式なプロメテウスの血筋の継承者なのだ」

 



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