二人が導き出した結論は、同じだった。 「ピトスとエルピスが、おそらく“プロメテウス”直系の子孫……」 クラウドは、テーブルを見つめていた。 「エミリの話によると、ロビンの母親であるピトスは、ロビンが10歳のころ亡くなっている。腐ったアパートに住んでいた――かくれ住んでいたということは、ロビンにも自覚はあったらしい。ピトスがドーソン一族に殺されたことははっきりしているから、おそらく、ドーソンから逃げていた。ロビンの父は、前当主のサイラス・K・アーズガルド。もう故人だが――。サイラスが、ドーソンの手から、妻と子をかくまい切れなかったのか」 「おそらく、そうだ」 「ピトスの埋葬は、アーズガルドですませたのか――ヤマトか。そのあたりははっきりしないな。だが、ロビンの記憶では、墓で会った子どもも大人も、みんな礼装すがたというか、黒ずくめだった。ピトスの葬式の帰りだったかも」 エーリヒがつづけた。 「“プロメテウスの墓”で、兄弟たちははじめて会った。ヤマトの現頭領が、プロメテウスの墓に詣でるのは毎日の日課で、そこで彼はロビンを見つけた」 「ヤマトの現頭領は、いなくなったピトスの子を知っていた。彼の意志で、おそらくロビンは、メフラー商社へ」 「そうだろうね――ヤマトの現頭領は、当時、ロビンをヤマトへは連れていけなかった。彼が頭領ではなかったから。そして、アーズガルドにも迎えられなかった。ピトスが、逃げ切れずに死んだばかりだ」 「姉のピトスはサイラスと結婚して、ロビンを。妹のエルピスは、同じ時期にヤマトの現頭領を生んだ。ふたりは同い年」 「ふむ」 「エルピスは、ヤマトの現頭領を生んだあと、サイラスと再婚して、ピーターを生んだということか」 「そうなるね」 なんの因果がうずまいているか知らないが、なんとなく、クラウドは「執念」を感じた。ピトスとエルピスの姉妹から――いや。 「ピーターのミドルネームは、サイラスの“S”。ヤマトの現頭領は――ええと――俺は名前を言う気はないけど――ミドルネームはコルドンの“C”だ。ロビンの“D”は、どこから来ている?」 クラウドは、独り言のように言った。 「ピトスは“P”になるだろ?」 ロビンのミドルネームは、SでもPでもない。その疑問はエーリヒが解決した。 「それは私も考えたがね――おそらく、これではないかね」 彼は、またメモ用紙にさらさらと書きつけた。 Descendant.(子孫)。 「なるほど……」 今度はクラウドが、シュレッダーに投入した。 ロビンは、直系子孫である姉のピトスの子。 Descendant.――「子孫」を意味するミドルネームを持つ、継承者。 「これは、ただならない事態になってきたぞ……」 クラウドは、ロビンが「ヴァスカビル」の姓を持つことから、もしかしたら、第一次バブロスカ革命ではりつけになり、処刑されたプロメテウス・A・ヴァスカビルに関係があるのではないかと予想はしていた。 プロメテウスの名は、軍人では知らない人間が多いが、老舗グループにかかわりのある傭兵ならば、知っていることがある。クラウドはメフラー爺からその名を聞いた。 ヴァスカビルという姓は、軍事惑星群にはめずらしくない。だが、バーガスから多少聞いたことのあるロビンの素性――メフラー商社に来るまえは逃げ隠れしていた、彼を連れて来たのが、傭兵グループ「ヤマト」の特徴的な格好をした傭兵だったということ。 そこから、ロビンの素性に疑問を持ったのだった。 そして、ロビン本人は忘れているようだが、ロビンをメフラー親父が引き取ったすぐあと、ヤマトの前頭領コルドンと、白龍グループのクォン、銀龍幇のシュウホウが、ロビンの顔を見に来た、という事実。 同じく古株のレオナは、そのことを知らなかったが、アマンダとデビッドはその場にいたから知っているという。ロビンに声をかけるのではなく、ただ顔を見に来たのだ。ほとんど公には出てこないヤマトの頭領が顔を見せたので、バーガスはおどろいて、覚えていた。 ロビンを連れて来たのがヤマトの傭兵だったことといい、ロビンはヤマトの一族ではないかと、バーガスはある時期まで疑いを持っていた。 ロビンが、幼少期の記憶があいまいなのも、含みを持たせる結果となった。 それにロビンは、なんというか――特別扱いだったと、バーガスは言った。 メフラー親父が、特別ロビンだけを可愛がっていたとか、そういうわけではない。 バーガスも、言葉を見つけられなくて困っているようだったが、とにかく、ロビンは「特別」だったというのだ。 ロビンが、いつまでもメフラー商社のナンバー1に格付けされないのは、なにか理由があると、バーガスは思っている。 メフラー親父がドローレスを忘れられない。それももちろん事実ではあるが、それは建前であって、きっと別の理由がかくされている。 ロビンを、メフラー商社のナンバー1にはできない理由が。 メフラー商社は、内部の傭兵が三年から五年ほどの経験を積んだら、すぐ独立させる。 バーガスは呑気すぎて、「おまえはウチでのんびりやってんのがいいんだろうなァ」とメフラー親父も放っておいてくれたので、いまだに古株としてのらりくらりやっている。 ほかの連中は、とくべつな事情がないかぎり、三年過ぎればせっつかれるのが当たり前。なのにロビンは、楽しみにされても、せっつかれはしなかった。 ロビンに関しては、まるで「時期を待っている」ようだと、バーガスは言った。 メフラー爺は、「オメェの作った傭兵グループがみてえなあ」と口癖のように言うが、その実、話を具体的に進めようとはしないのだった。 そのことも、バーガスの目から見れば奇異だった。 ロビンほどの傭兵ならば、メフラー親父はとっくに独立させているはずだった。 それらのことを、バーガスから聞いたクラウドは、ロビンがもしかしたら――という大まかな想像はしていた。 だが、まさか、直系の子孫であり、アーズガルドとヤマトの血が絡んだ、複雑な系図を見せられるとは思ってもみなかった。 「ロビンの記憶を、なぜ消したんだろう……」 クラウドは素朴な疑問を口にした。 「どうやったら、ロビンの記憶はよみがえるかな」 「そもそも、どうやって消したのか、だろうね」 エーリヒも嘆息した。 「たんなる催眠暗示か、科学的なものか、呪術的なものか――」 さすがのエーリヒも、この先には簡単に進めないようだった。 「だが、おそらくロビンが記憶を取りもどし、軍事惑星群に帰れば」 「――ララの計画が、始動するな」 “プラン・パンドラ”。 四つ目の紋章をもつプロメテウスの子孫が現れれば、傭兵グループは動く。 彼らがバラディアの説得に動かなかったのは、すべて、“プラン・パンドラ”を成し遂げるためだったのか。 その計画は、バラディアたちが傭兵グループにしめした条件とはまるで異なる。 クラウドは、ララの執務室でオルドとともに聞いた、ララの言葉を反芻した。 ――君たちは、傭兵が虐げられてきた歴史をまるで理解していない。傭兵擁護派だのなんだの、それこそが差別だとおもったことはないか。今さら、“軍部の提案”などに乗ると思うか。どこの傭兵が? そんな、上から目線の提案に? 軍部とうまくやってる傭兵はいる。だがな、そんなのは少数だ。傭兵の大多数が、いまだに軍部に恨みを持っている。同じだよ。世間の大多数が、傭兵は野放しにすると危ない存在だって思っているようにね――。 「オルドは、ララの言葉を――“プラン・パンドラ”をピーターに知らせたことは確実だが、計画自体を、ピーターがはじめから知っていたのだとしたら」 クラウドは言った。エーリヒは否定しなかった。 「その計画に、アーズガルドが加担しているとなれば、また別の話になってくるぞ」 「ピーターはともかく……オルドは、「計画」を知らなかったのだな?」 「ああ。俺から聞いて、はじめて「計画」を知った。オルドはあれで、アーズガルドへ帰ることを決めたんだ」 「……」 エーリヒはふたたび思案顔になったが、 「ヤマトの現頭領の目的ははっきりしている。だが、分からんのはピーターの意志だな」 そう、ぼやいた。 |