「つまり――なんなんだ? あの階段は?」

 

ミシェルの返事を待たずに、そのロビンの両腕をつかんでひきあげた男がふたりいた。今度は、アズラエルとグレンである。

 「意味だかなんだか知らねえが、俺たちが上がらせてやる」

 「アクロバティック・コースへ出発だぜロビン」

 筋肉兄弟の笑みは凶悪だった。

 「あァ? やっぱ、なにかあンのか、あの階段」

 「自分で体験してみるのがいちばんだ」

 

 もっともらしいことを言ったアズラエルだが、完全に悪事を企んでいる顔だ。

そういえば、とクラウドは思い出した。

 ロビンがイマリたちを利用した件で、アズラエルもグレンも、宇宙船を降ろされるところだった――それに腹を立てたふたりが、「合法的にロビンを殴る」と息巻いていたのを思い出したわけである。

 まァ、合法的に殴る、の意味は、ジムかどこかで演習でもして、徹底的にぶちのめしてやる、の意味だっただろうが――。

 (予定変更というわけか?)

まあ、真砂名神社の階段をあがることも、楽ではない。

 クラウドも、はじめてあがったときはだいぶ疲弊したし、ロビンもおそらくは、カンタンには上がれないだろう。ロビンがヒイヒイフウフウいうのを見て、ふたりが笑い転げるつもりなのだということは、クラウドにも想像できた。

 そしてクラウドに、止める理由はなかった。

 アズラエルたちが、あの階段で尋常ではない過酷な目に遭ったのは、彼らがアストロスの武神だったからだ。

 ロビンの場合、いまのところそういった儀式は予定されていないし、クラウドたちが最初に上がったときとだいたい同じレベルのしんどさだろう。

 

 ――クラウドは、あとから、ルナの日記帳を読んでおかなかったことを悔やんだ。

 日記帳を読んでいたら、気づいていたかもしれないのに。

 

 「やっぱりあの階段、アクロバティック・コースか」

 ロビンは嘆息して、ふたりの腕を振り払った。

 「野郎と腕を組むなんて、ぞっとするぜ。とりあえず放せ。一緒に行くから」

 逆らう気はないようだった。

 「どんなコースだろうが、かまわねえよ。なまった身体のリハビリにはもってこいだ」

 「いつまでその減らず口が叩けるかな」

 「おまえも、無傷じゃすまねえぞ」

 「そんな言葉で、俺が引くと思ってンのか」

 ロビンは口の端を引き上げて不敵に笑った。怯む様子はまったくなかった。ふたりの大ケガを見ていたのに。

 

 ――怯んだ方がよかったのかもしれない。

 ロビンが、臆病者のほうが、よかった。

 あとからアズラエルたちは、どれだけそう思ったかしれない。

 

玄関から出ようとしたところで、ちいさな身体がとおせんぼしていたので、ロビンだけではなく、筋肉兄弟も戸惑った。

 うさぎは、ぷっくりほっぺたの顔をして、ドアをふさいでいた。

 

 「だめです」

 うさぎは座った目をして猛者どもをにらんだ。

 「だめです。いやなよかんがします。ロビンさんは、あの階段あがっちゃだめ」

 

 「ルゥ」

 アズラエルは、なだめるように愛称を口にした。

 「たかが階段だ。俺たちだって、上がれたろ」

 「まァ多少――ケガすることがあっても、死にはしねえ。アントニオだって、そういってただろうが」

 グレンも言った。

 「だめですっ!!」

 いつになく、ルナは鋭く言った。ロビンも驚いた顔で、頭をかいている。

 「うさちゃん、――なにをそんなにビビッてるんだ?」

 ン? という顔でロビンはしゃがみこみ、ルナの顔を覗き込んだ。ルナは、必死な顔で首を振り、ドアの前をどかない。ルナの顔は、青ざめてさえいた。

 「だめ。あれはだめ。あれはだめ。地獄だもの!」

 「傭兵が、地獄を怖がるもんか」

 ロビンは笑ったが、ルナはどかない。

 

 「あたしもルナに賛成」

 ミシェルまで、ルナと一緒にドアの前に立った。

 「マジで、いやな予感がする。ナキジーちゃんがやめろって言ったのに、上がっちゃダメだよ」

 「……」

 筋肉兄弟と、女には格段にヨワいロビンが、顔を見合わせた。

 「ミシェル、ジジイはやめろって言ったんじゃなく、帰れって言ったんだよ」

 心配するなと言わんばかりにロビンが肩をすくめたが、ミシェルは怒鳴った。クラウドも驚くほどの勢いで。

 「どっちだって一緒よ! やめたほうがいいっていうのに、どうして聞かないのよ!!」

 

 ――ルナとミシェルの、この異様な拒絶の仕方はなんだ。

 ここでなんとなく、やめた方がいいのかもしれないと気付いたのは、グレンだけだった。

 にぶいアズラエルはともかく、いつもなら、クラウドもこのあたりで気づくのがふつうだったが、大嫌いなロビンのこととなっては、クラウドの勘もにぶくなるようだった。

 

 「ルナ、そんなにやべえのか」

 グレンが聞くと、ルナは目にいっぱい涙をためだした。グレンは「やめたほうがいい」のだと、本気で悟った。

 「チッ、しょうがねえな。じゃァやっぱ、演習で――」

 「こうしよう」

 クラウドが提案した。

 「上がっちゃダメなら、ナキジンさんが止めるだろ。行って、聞いてみてからにしたら」

 

 「ら・め・で・すっ!!!」

 ルナがモギャーと暴れ出した。びったん! びったん! びったん! いきおいよく飛び跳ねだした。

 このウサギの怒りようは、クラウドが、ララに絵を渡さなかったときと同じだ。

 「だめ! だめ! だめ! ぜったいだめっ!!」

 ルナの、いつにない大声におどろいたのか、レオナの子が盛大に泣く声がリビングまでとどいた。

 

 「お、おいおい? うさちゃん、どうしたんだ」

 バーガスも不審を感じて、リビングに顔を出した。

 「バーガス! ルナとミシェルを、つかまえといてくれ!」

 「あ?」

 「ロビンを合法的に、ぶん殴りに行く」

 「お、おお?」

 アズラエルはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、玄関ドアを開けた。

 「おい、アズラエ……」

 グレンが止めようとしたが、今度はアズラエルとクラウドが、ロビンを連行していく。

 

 「モギャー! らめですううううう!!!!」

 「ちょ、待ちなさいよこのバカどもおおおお!!!」

 

 バーガスは、意味も分からず、とりあえずちびうさとちびネコを両腕で羽交い絞めにした。小動物たちは暴れたが、白クマにとっ捕まえられては、身動きが取れないのだった。

 「心配すんな♪ ハニーたち。こいつらには悪いが、俺がふたりともしずめて終了だ」

 「「「俺のハニーだ!」」」

 トラとライオンの遠吠えが重なったが、ロビンはほがらかに笑って、玄関を出ていった。

 ルナはその後ろ姿に、夢で見た椋鳥の大きな背中が重なって、青ざめた。

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*