「ない! ない! ない!」

 「どこいったのあたしのシャイン・カード!」

 バーガスから解放されたルナとミシェルは、すぐにシャインで男たちを追おうと思ったが、シャイン・システムをつかえるカードが、どこにも見当たらない。

 ふたりは財布とカバンをひっくりかえして探したが、出てこなかった。

「なんでこんなときに、カードがないのよっ!!」

 デジャヴュである。真砂名神社の星守りを買いに行くときも、これと似たようなことが起こった。

 ルナとミシェルは、互いに不安な顔を見合わせた。

 「まだ――上がってなきゃいいけど」

 

 「あ、あ、あった!」

 ルナのカードは、ルナが昨日はいていたジーンズのポケットから見つかり、ミシェルのカードは、別のバッグから見つかった。

 もうだいぶ、時間がたっている。ウサギとネコは、猛烈な勢いで家の隣のシャイン・ボックスに飛び込み、K05区のボタンを押した。

 あわてたせいで、商店街の入り口に出てしまった。鳥居があるところだ。

 

 「あたし、紅葉庵に行ってナキジーちゃん呼んでくるから、ルナはロビンを止めて」

 「う、うん!」

 低速うさぎよりよほど足が速いミシェルは、いち早く階段にたどりついた。まだロビンは上がっていない。ミシェルはほっとして、クラウドをさがした。

 クラウドの姿がない。ナキジンを呼びに行ったのだろうか。

階段の手前で、アズラエルとグレンが、なにか言い争いをしている。

 ミシェルは、紅葉庵に入るまえに、階段手前の、三人のもとへ駆けつけた。

 

 「ちょっと! 上がらないでって言ったでしょ!」

 「ミシェル」

 ロビンはふたたび歓迎の両腕を広げたが、それがよくなかった。

 紅葉庵から、ナキジンと一緒にもどってきたクラウドが、「ミシェルに触らないで!」と怒鳴った。

 強い風が吹いたのは、だれのせいでもなかった。

 ナキジンの麦わら帽子が、飛んだのも――。

 ロビンに怒鳴っていたために、クラウドは飛んだ麦わら帽子をキャッチしきれなかった。

 飛んだ帽子を、ひょいと手を伸ばして受け止めたのは、ロビンだった。

 

 「うわちゃああああーっ!」

 奇声が飛び出たのは、ナキジンの口からだった。ナキジンが見ていたのは、ロビンの足元だ。ロビンの足は、帽子を取った勢いで、階段の一段目に上がっていた。

 

 「イカン! アカン! ダメじゃ!」

 ナキジンは、ない髪をひっつかむかのように頭を抱えて叫んだが、もう遅かった。

 

 階段は、ロビンの足元から、黒色化していく。

白い布を、黒い染料の水に落としたように――階下から頂上に向かって、みるみる黒が。

ものすごい速度で、浸食していく。

 

やっと階段まで来たルナも、アズラエルたちも、その異様な光景に目を見張った。

 

(この階段)

ルナは、今朝見た夢を思い出した。

 

 「たいへんだ……」

 

 椋鳥が向かっていったアトラクション。真っ黒な階段。空には稲光が光り、恐ろしい轟音がなり響く、不気味な――。

 

 「地獄の……審判だ……」

 「地獄の審判!?」

 

 クラウドが、ルナの言葉をとらえるのと同時に、商店街からわらわらと人が集まってきた。みんな、顔を真っ青にしているか、真っ赤にしているかのどちらかだった。

 「ナキジーン! おぬし、見張っとるといったろうが!」

 「便所にいっとるスキに来ちまったもんは、しょうがなかろう!!」

 「あああああ……嫌な予感は的中じゃあ」

 「なんでまた――“地獄の審判”なんぞは、百年にいっぺんあればいいほうじゃろ。二十年前も、あったのに……なんでまた、こんなすぐ」

 

 黒の浸食は、階段すべてを埋め尽くした。黒色化した階段に呼応するように、天候まで変わった。晴れ渡った快晴の空がふうっと消え、K05区の上空に、ぱあっと宇宙があらわれた。

 階段脇の灯篭が、だれも触れていないのに、いっせいに火がともされていく。いちばん下から頂上に向かって、一気に――。

 

 「なんだ、こりゃァ……」

 グレンもアズラエルも、尋常でない階段の様子を見つめて、たちすくんだ。

 「なにが起こったんだ……」

 クラウドも、戦慄して階段の頂上を見つめた。

 アストロスの武神のときとは、まるで違う。

 

 「ロビン!」

 ミシェルがロビンに駆け寄ろうとした。

 「来るな!」

 ロビンの鋭い拒絶。

 「来るな、ミシェル」

 ロビンは自身の足元を見つめていた。さすがの彼も、よくない状況だということは理解した。階段から降りようにも、足が、張り付けられたように動かない。

 ロビンの背中に冷や汗が伝う。本能が告げていた。

 

 生きるか死ぬかの任務が、いま、始まろうとしている。

 

 「な、なに……」

 ミシェルが一歩、二歩さがった。

 ゴゴゴゴゴ……と地鳴りがした。地震かと思ったが、そうではないのだった。階段の頂上が、変貌しようとしている。両脇にあった狛犬が地面にしずんでいく。そのかわりに浮き上がってきたものは、向かって左側に、錫杖を持った夜の神の石像、右側は、燃え上がる火の玉を手にした、太陽の神だった。

 そして中央に――両脇の石像よりも背の高い、砂時計が姿を現した。

 宇宙の色をしてそびえたつ砂時計。さらさらと、砂が上から下へ、落ちている。

 

 「はじまったわい……!」

 商店街入り口のハッカ堂から、いち早く駆けつけた店主が、タオルを額に巻いて戦闘態勢に入った。

 「上がっちまったモンは仕方ない。おまえさんら、大路を封鎖してきてくれ」

 ナキジンが、しずかに告げた。

 「あいよ!」

 「行くで!」

 商店街の年寄り店員たちが、大路の入り口に走っていった。

「みんなでてこォい!“地獄の審判”がはじまったァ!」とさけんで、商店街の皆に知らせていく。

 頂上を見つめたまま、立ちすくんでいるロビンに、ナキジンが寄って、声をかけた。

 

 「なるべくなら、おまえさんにこの階段を上がらせたくなかったんじゃが、こうなってしまっては仕方がない。あとは、上がるしかない」

 「――いったい、なんなんだ、この階段は」

 「こいつはな、前世の罪を浄化する階段じゃ」

 「前世の罪……」

 ロビンはやっと、階段の正体を知った。

 「ええか。おまえさんのは特別難儀じゃが、上がれないヤツは、この階段に足を踏み入れたりはせん。魂が分かっておるんじゃ。上がれないヤツは、階段手前で逃げ出す。おまえさんは、逃げたりせんかった。たとえ、不用意とはいえ、階段に足を踏み入れることができたんは、それだけで、ぜったいに上がれるという意味じゃ――おまえさんの魂は、よほど偉大なことをなしとげてきた魂なんじゃ」

 「……」

「偉大な魂は、良いことと同じくらい、悪いこともしておる。それゆえに、罪を浄化するためにこの苦難の道を選ぼうとする。――この階段を上がり切れば、おまえさんの罪はことごとく消え去るんじゃ。――ええな? 気を強くもて。なにがあろうとも、わしらがおまえさんを死なせはせん」

 ロビンの顔に、はじめて戸惑いが揺れた。

 



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