「待って、ナキジーちゃん」

 ミシェルが言った。顔色が真っ青だった。

 「この階段、やめようと思えば、やめれらるんでしょ? 降りられるんでしょ?」

 ナキジンは首を振った。

 「“地獄の審判”だけは、そうもいかんのじゃ」

 「いったん階段に上がったら、上がり切らねばならん。だから、わしらもなんとか上がらせまいと、見張っとったんじゃが――」

 ハッカ堂の店主も、全身で嘆息した。

 

 「ミシェル、おまえと、ルナは帰んなさい」

 「なんで!?」

 「ロビンちゅうたか、こいつは、かならずわしらが上がらせる。だから、心配かもしらんが、帰んなさい」

 「でも――」

 「“地獄の審判”はな、見とる方が、耐えられん」

 「えっ――」

 「上がる本人もきっついが、見とるほうもきつい。おまえさんたちは見んほうがええ」

 「……!」

 「――はじまるぞ! ミシェルちゃん、ルナちゃん、下がりんさい!」

 

 ハッカ堂の主人が、ルナとミシェルをかばって、後ろへ下がったときだった。

 ルナとミシェルは後ろを向いていても、視界が真っ白に染まったのが分かった。

 閃光だ。

 ついで、鼓膜がやぶれそうになるほどの、ごう音。

 

 「うおああああああっ――!!」

 

 宇宙まで貫くような絶叫が、あたりに響いた。――ミシェルは、その声が、ロビンの声だと、少し遅れて気付いた。

 ルナとミシェルは、「やめろ見るな!」というアズラエルの声も間に合わず、振り返ってしまった。

 

 「ロビン……!」

 ひとの形をした、真っ黒こげの死体が、階段に倒れている。

 

 ルナたちは、言葉を失った。

――階段には、避けようもないほど、満遍なくいかづちが降り注いでいた。

 夜の神が持った錫杖から降り注いでいるそれは、バリバリとすさまじい音を立てて大地を割っていく。

 

 「やめて――!」

 ミシェルが叫んだ。その声すら、いかづちの音にかき消されていく。

「やめて! やめてよ!!」

 ミシェルが泣きながらハッカ堂の主人の腕を振りほどいて階段に駆け寄ろうとしたが、クラウドが止めた。

 「離してよクラウド!!」

 「離せるわけないだろう!?」

 

 雷は、止むことなく黒い階段に打ち付け、石つぶてを飛び散らせ、あらゆるものを焦げ付かせる。

――ふっと、雷が止んだ。

 一瞬の出来事だった。

 たった数秒のあいだに、階段を、数千のいかづちが襲ったのだ。

アズラエルたちにも、なにが起こったのか――目はとらえていても、頭が理解しきれなかった。

雷に打たれて黒焦げになったロビンは、だが、死んではいなかった。

 黒こげの死体は、みるみる、ひとの形を取り戻していく――もとの、ロビンの姿を。

 くだけた階段も、宇宙をうつすなめらかな壁面に、もどっていく。

 

 「……っ、そういう、ことか」

 ロビンは、それでも、口の端に笑みを湛えていた。

 

 「ロビン――生きてる――!」

 ミシェルがほっとしたのも束の間。

 

 「次は――火の試練じゃ」

 

 ナキジンの声がした――彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、太陽の神が手にした球体が――太陽が、ごうっと燃え上がった。

 ルナたちのところまで届く猛烈な熱気。火炎のかたまりが、豪雨のように降り注ぐ。業火は、ロビンを焼き尽くした。

 彼は悲鳴を上げることも許されず、ふたたび消し炭になった。

 

 「ミシェル!!」

 クラウドの悲鳴は、ミシェルが腕の中で気絶したのを見たからだった。

 ルナはいつのまにか、アズラエルの腕の中にいた。

 動けなかった。

 「こんなことになるって……だれが思うかよ」

 苦い台詞は、隣にいたグレンからこぼれた言葉だった。

 

 雷にうたれたときと同様、時間をおいて、ロビンはもとの姿をとりもどした。

 身体から、煙が上がっている――黒こげの状態からよみがえったとしても、五体満足とはいうわけではない。

 Tシャツもジーンズも焼け焦げ、火傷と裂傷だらけだ。ロビンの肩が息をするたびに動いた。意識はあるようだったが、動けないのか。

アズラエルは蒼白になった。

 階段から、地面に染みていくものがある。なにかと思ったら、ロビンの血なのだった。

 それも、水がたちまち蒸発していくように、消える。

 

 「……これが、階段を上がり切るまでくりかえされる」

 ハッカ堂の主人の言葉に、ルナもアズラエルも――皆が絶句した。

 

 「“地獄の審判”じゃよ」

 

 「ええか、ロビン! 力ある限り上がろうとしてみせい!」

 ナキジンが、励ますように叫んだ。

 

 (うさこ)

 ルナは、アズラエルの腕の中で震えていた。

 (うさこ、たすけて。ロビンさんを助けて)

 

 ルナが立ちすくんでいる間に、商店街のほうから、たくさんの人間が集まってきた。若い者たちばかりだった。

 「よおし、ようし、みんな、行ったってくれ! ひとり三年ずつくらいでいいじゃろ」

 「はい!」

 「俺、十年くらいでも平気ッス」

 「無理はしたらアカン。みんな、平等に三年から五年ずつな」

 若い者たちは、三十人ほどいただろうか。全員、商店街の従業員たちだった。彼らは、階段の側面にある坂道を、上がっていく。

 

 「彼らは、いったい何を?」

 気絶したミシェルを抱いたまま、クラウドが聞いた。ナキジンは、泣きそうな目で倒れたミシェルを見やり、頭を撫でた。

 「おお――むごいモンを見せちまったわい。ミシェルはホレ、店の中で寝かせておけ。――あいつらはなァ、寿命を分けてやりに行ったんじゃ」

 「寿命だと?」

 「あの砂時計の上の数字、ここから見えるか?」

 ナキジンは、階段の頂上にある砂時計を指さした。砂時計の上部には、「ロビン」の名前と、数字が表示されている。

 

 「30」と。

 



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