「あれが、ロビンの、残りの寿命じゃ」

 クラウドには、それですべてがわかった。砂時計が現れたとき、数字は「63」を示してから、砂がさあっと半分ほど落ちて、「30」に変わった。

 

 「ありゃ、“寿命塔”いうてな、地獄の審判がはじまったときに、階段を上がる者の寿命を表示する。一日で、一年分の寿命が消える。――だいたいの者は、一日一段上がるのが、やっとじゃ。立て続けにいかづちと火の試練がおとずれるから、なかなか上がれん」

 アズラエルがあわてた。

 「ちょっと待て――この階段は、百八段あるぞ!?」

 「そうじゃ」

 「一日一段じゃ、上がり切れねえだろ!?」

 「数字はわしゃ、苦手じゃが――あ〜、ロビンはいま、33歳か。63歳まで寿命がある、33年生きたから、残りの寿命は30年。つまり、自力で上がるには、30日しかない」

 「――!」

 「30日以内に上がり切れない場合はどうするんだ!」

 アズラエルたちのときと同様、この階段はいったん上がったら、上がり切らねばならない。階段を上がり切らないと、この“地獄の審判”は終わらないのだ。

アズラエルが吠えると、ナキジンは言った。

 

 「じゃから、わしらが“ここに”いるんじゃ」

 ナキジンはやせかれた腕に力をこめ、「ふんぬ」といわんばかりに鼻息を噴いた。

 「わしは宇宙船生まれじゃがの、L02の天使の血を引いとる。――この商店街のモンは、L02に縁があるモンか、原住民でも長寿の血の持つモンばかりが集まっとるんじゃ」

 わしらが、ロビンに寿命を分ける。

 ナキジンの言葉に、アズラエルたちは目を見開いた。

 

 「君たちは、この――“地獄の審判”があったときのためにここに住んでいるのか」

 クラウドが聞くと、ナキジンはうなずいた。

 「わしらみたいに、三百年も寿命がある連中は、五年かそこら寿命を分けたって、たいしたことはないからの。献血みたいなもんじゃ、ホレ、献血!」

 ナキジンは、自分の腕をペチペチ叩いた。

 「あの砂時計に、利き腕を入れて、『五年』だの『三年』だの言えば、砂時計がちゃあんとそれだけ吸い取ってくれる」

 「でも、そうやって寿命を足してもらっても、上がったときにゼロだったら、」

 クラウドは言ったが、ナキジンは安心させるように、クラウドの肩をたたいた。

 「階段を上がり切れば、寿命はもとにもどる。罪がすっかり消えれば、寿命が延びるケースだってあるんじゃ。だから、そのあたりは心配いらん――ン?」

 ナキジンの携帯から、現状とは無縁なほど陽気な、はやりのアイドルグループの曲が流れ出した。

 

 「どうした?」

 ナキジンが電話に出ると、相手は、砂時計の周りにいる、若者のひとりだった。

 『ナキジーちゃん! たいへんだよお! 砂時計に腕入んない!』

 「なんじゃとオ!?」

 『だれがやっても無理! イシュマールさんも首傾げてる! ちょっと来て!』

 「わかった、わかった。ちょい待っとれよ!」

 ナキジンは電話を切った。

 「ミシェルはここに寝かしときなさい――おまえさんらもおいで」

 ナキジンが呼ぶと、紅葉庵の看板娘が毛布を抱えて店内から走ってきた。

 「ルナも、ここへおりなさい」

 ナキジンは言ったが、ルナは猛然と首を振った。

 

 階段側面の坂道を上がろうとすると、ふたたび「いかづちの試練」がはじまった。耳をふさぎたくなるようなロビンの悲鳴が、大路にひびく。

 「ちくしょう!」

 「アズ!」

 反射的にアズラエルが階段に踏み込みかけたが、透明な壁にはばまれているように、先には行けなかった。

 「なんだこれは!?」

 アズラエルは見えない壁を拳で打ち付けた。アズラエルの拳が当たるところが、虹色の円をえがいて輝くが、なかには――階段内には一歩も入れない。

 

 「おまえさんは入れん」

 「なんだと!?」

 「あとで、いろいろ説明しとかにゃならんが、いま階段は、夜の神と太陽の神のテリトリーになっとる。だから、だれも入れんのじゃ」

 「……!」

 「これは、ロビンに課された試練なんじゃ。ほかの人間は、よほどのことがないと入れん」

 「たすけることもできねえのか……」

 アズラエルが悔しげに壁に拳を打ち付け、「ロビン!」とさけんだ。

 

 その声にこたえたのか、ロビンは焦げた右腕を軸にして、ぐぐっと身体を持ち上げた。

 「かは……っ、たしかに……アクロバティック・コースだな……」

 「おい! 諦めるんじゃねえぞ! なんとかしてやるからな!」

 

 アズラエルの顔つきは、悲壮に満ちている。アズラエルにとっても、この展開は予想外だということを、如実に示していた。

彼らの大ケガは、このいかづちと猛火のせいではなかったのか。

階段を上がり切ってみなければ、詳しいことは聞けないが――いまは聞く余裕もないが、どうやら、これを意図していたのではないらしい。

 (なるほど。俺は特別扱いか)

 ナキジンが言っていたように、特別難儀なアクロバティック・コースらしい。

 

 「――おい、アズラエル」

 ロビンは、枯れた声で言った。

 「俺を舐めるなよ――上がれっていうんなら、上がり切ってやるさ」

 「――!!」

 「……おまえが悪いわけじゃねえ」

 この階段に、踏み込んだのは俺だ。

ロビンの言葉に、アズラエルの顔がゆがんだ。

 「ぜったい、助ける」

 「はいはい――期待せずに、待って――」

 ロビンの言葉は最後まで聞けなかった。太陽の炎が、ふたたびおそろしい火勢で階段を舐めていった。アズラエルですら、言葉を失う光景だった。

 ルナに見せないように、グレンが抱きしめて覆っていたが、アズラエルは文句を言う気にもなれなかった。

 黒焦げになったロビンを覆った煤が、風に吹きさらされるようにして消え、中から、傷だらけの身体があらわれる。

 

「……っぐ」

 ロビンのまとう苦しみは、想像を絶しているはずだった。

 「待ってろ! なんとかしてたすけてやる!」

 アズラエルは叫び、坂道を駆け上がった。

 

 階段上の真砂名神社まで着くと、砂時計の周囲は人でごった返していた。

 「ルナ!」

 イシュマールがルナを見て仰天した。

 「おまえさんは帰んなさい! だいじょうぶだったんか、アレを見て!」

 ルナは目にいっぱい涙をためていたが、

 「あたしも、あたしのうさこも、なにか、できる、かも、しれないから……っ!」

 涙をぬぐいながらルナは言った。

 「ほうか、ほうか。――でも、無理はしちゃいかん」

 イシュマールは、ルナの顔つきを見て、それ以上は言わなかった。

 

 「砂時計に腕が入らんとはどういうことじゃ!」

 ナキジンが叫んでいる。たしかに、砂時計が皆の腕をことごとく弾いているのだった。

 袖をまくり、素手を砂時計にまっすぐに突き出すと、さきほどアズラエルを見えない壁が拒絶したように、円形の虹模様がきらめいて、拳をはじく。

 

 「だれがやってもこんな感じなの」

 二十年前、「地獄の審判」があったときに、三年ばかり寿命を分けたという、二十歳くらいの女の子は言った。

 「まえは、するって入ったのよ? 砂時計の中に、腕がこう、するーって」

 「俺が百十年前に、五年分わけたときも、すっと入った」

 三十代後半くらいにしか見えない、体格のいい男性も不思議そうに首をかしげた。

 「いったい、どうしたっていうんだ――」

 



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