「ぷぎゃっ!!」

 皆が寿命塔を見上げていると、間抜けな悲鳴があがった。

 

 「今度はなんじゃ!」

 ナキジンが怒鳴る。

 

 「――ルナ?」

 アズラエルが、ルナの姿がないことに気付いた。

 ルナの悲鳴とともに、その身体が消えた。

 「ルナ!?」

 グレンも蒼白になった。

 「おいルナ! どこだ、どこに行った!」

 グレンの悲鳴のような声。

 

 「おい――あそこ!」

 「なんだ――ありゃ――」

 

 アズラエルたちは、声に導かれるように、背後をふりかえった。

――そこには。

 

 石造りの椅子に座り、どこから出て来たのかわからない鎖に、四方八方から、がんじがらめにされているルナがいた。

 

 「ルナ!」

 アズラエルもグレンも、転びそうな勢いで駆け寄った。

 

 「ふぎ……」

 「ルナ! おい、だいじょうぶか!?」

 「ふぎ……?」

 「な、なんじゃ、こりゃあ――」

 

 ナキジンは、空中から現れてルナを十重二十重に巻き付けている鎖たちを見つめた。鎖は通常のものよりずいぶん太く頑丈で、錆びて赤茶けていた。

イシュマールも口をぽっかりあけたまま、絶句だ。

ルナは身体中を鎖でぐるぐる巻きにされているだけでなく、目も、古びた包帯でおおわれている。

 

 「ルナ! なんだこの鎖――解けねえ!」

 「くそっ!! ペンチ持ってきてくれ! なんでもいい! こいつを壊せるものを」

 アズラエルとグレンが、鎖をほどいてルナを救出しようとするが、空中から現れた鎖は、ビンと張られたまま、まるで動かないのだった。たわみもしない。

 「ルナ! だいじょうぶか? 苦しくは――」

 「う、うん――くるしくない――」

 

 ルナはやっと言った。

いきなり、だれかに引っ張られたかと思ったら、ルナは椅子に座っていたのだった。

目も、布のようなもので覆われている。まったく見えないと言っていい。だが、ひとの声は聞こえる。なにかが身体に巻き付いて、椅子の上からは動けないが、締めつけられているわけでもないし、苦しさはない。

(つめたい? ――つめたくて、寒いような気もする)

ルナはなんだか、ちいさな光の差し込む、石でできた部屋にいるような気がした。

 

ずっとずっと、長い間、そこで座っていたような――。

 

「あじゅ? あじゅもグレンもそこにいる?」

「あ、ああ! いるぞ、ここに!」

ふたりは叫んだ。

「ここ――どこ? あたし、石のお部屋にいる?」

「石の部屋?」

イシュマールが怪訝な顔で言った。

「おじーちゃんもいる? あれ? あたし、どこにいるの?」

「おまえさんは、今、真砂名神社のまえにおるよ」

イシュマールが言い、アズラエルが、膝に置かれたルナの手をにぎった。自分がそばにいることを確認させるように。

「おまえは、階段のほうを真正面に向いて、石の椅子に座ってる――分かるか?」

「う、うん」

ルナは、返事をした。

 

「ルナ、待ってろよ――この鎖は、すぐ外して、」

「ペンチ持ってきました! あと、ナタがあったから持ってきてみた!」

「悪いな!」

商店街の若い男が、店からナタと工具箱を持ってきた。鎖はなにもない空間から伸びているため、途中からぶったぎるより方法はない。それをグレンが受け取ったところで、先ほどからあたりに漂う、焦げくさいにおいとは対照的な――むせ返るような桃の香りがあたりにたちこめた。

 

「“無駄よ――この鎖はそんなものでは解けないわ”」

 

ルナの口から、透きとおるような声がした。――アズラエルもグレンも、それがだれの声か、すぐに分かった。

 

「“ルナのリカバリと、ロビンのリカバリを同時にします”」

 

 「――リカバリ?」

 クラウドが思わず口にしたが、ルナの口から、それに対する答えは出てこなかった。

 

「“クラウド、アンジェに、パズルの用意を、と言って。それから、ミヒャエルをお呼びなさいな。さあ、行って。――ルナは大丈夫よ”」

 

みなは、固まったままにわかに動けなかったが、イシュマールが、「ナキジン! ミヒャエルを呼んでくれ!」と叫んだので、我に返った。

「クラウド、月の女神がいうたとおりに。それから、アズラエルかグレン、一応、ルナのZOOカードを持ってきたってくれ。――ああそうじゃ、ついでにペリドットとアントニオにも連絡じゃ!」

「あいよっ!!」

ナキジンがいちばんに飛び出して行った。

 

(パズル?)

クラウドはルナを見つめたが、すでにルナは、意識を失っているようだった。

(アンジェも、パズルをつかえるのか?)

「パズル」という占術は、新聞にあったように、マクタバという少女が生み出した、あたらしい占術ではなかったのか?

 

「ルナ」

アズラエルがルナの頬に触れたが、ずいぶんつめたかった。ルナは意識を失うように眠っていた。ちいさな吐息がこぼれるのが分かったので、アズラエルもグレンも、ほっと胸をなでおろした。

「イシュマール、ルナを頼むぞ」

「ああ、分かっておる」

「クラウド、ミシェルは俺が家に連れて帰る。アンジェリカのほうは頼んだぞ」

「すまないグレン、頼む」

アズラエルとグレンが、階段脇の坂道を降りていく。

 クラウドも一度ルナのほうを振り返り、「ルナちゃん、行ってくるよ」と声をかけたあと、坂道を降りようとしたが――。

 

 「“プロメテウスの涙は、どれだけ大勢の涙があれば、止むのかしらね? それとも、たったひとりの、後悔の涙なのかしら”」

 

 ふたたびルナの口から、言葉が飛び出した。クラウドは、その言葉を今朝、ルナの日記帳で読んだばかりだった。

 

 (プロメテウス――)

眠っているはずのルナの頬から、ひとすじの涙がこぼれた。

(どういう意味なんだ?)

 

イシュマールとクラウドは顔を見合わせたが、階段のほうのすさまじい雷鳴に、顔を引きつらせた。

砂時計に腕が入らないということは、長寿の者たちから寿命を分け与えてもらうことができない。――となると、現時点では、ロビンには、30日しか残されていないのだ。

しかし、月の女神が出てきて指示したということは、ほかに方法があるということなのかもしれない。ルナのこの状態は、なにか意味があるのだろう。

(ロビンとルナの“リカバリ”を同時にする?)

「イシュマール、リカバリってなんだろう?」

「わしも分からんわい……」

 

クラウドが階下に降りると、ロビンが、三段目に手をかけようとしていた。彼はクラウドの姿に気付き、血まみれの顔でにやりと笑った。

「――なにが一日一段だ」

今日中に、上がり切ってやる。

そう言ったロビンの顔は壮絶というべきものだった。クラウドは息をのんだ。ロビンはもう、クラウドを見てはいなかった。震える手を上にのばして、這いずり上がろうとしている。

クラウドは、振り返らずに、シャイン・システムに向かって走った。

 

 



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