――L03、首都トロヌスに隣接する森林地帯、タルカンディア。

坑道に入っていたオルド率いるアーズガルドの特殊部隊と、アイゼン率いるヤマトの傭兵部隊は、地下都市の廃墟を、地図どおりに進んでいた。

 とはいっても、ヒュピテムがオルドにわたした地図ではない。最先端の科学技術は、坑道にはいった時点で、坑道内すべての地理をスキャンしてデータ化し、タブレットに3Dで表示することができた。それを確認すると、ヒュピテムが示したルートより、近道が存在することが分かった。

 だが、この地下都市の世界に、どんな障害があるかは、歩んでみなければわからない。タブレットの地図でもある程度の障害物や、老朽化して危険な箇所はわかるが、じっさいに人が通ってみないとわからないことが多い。

 医者と、食糧を乗せたジープとバイクの別動隊は、ヒュピテム・ルートで先に向かわせている。オルドとアイゼンの部隊は、近道ルートを徒歩でたどり、危険個所がないかたしかめつつ進んでいた。

 うまくいけば、車輌隊と同じ時期に、王宮下の階段へ到着できるはずだった。

 半分ほど進んだ時点で、地下水が湧き出て水没した箇所があって、ジープどころかバイクも通れないことが発覚した。

  

 無言で坑道を歩いていたアイゼンが、突如「うひゃひゃひゃひゃ!」と気ちがいじみた笑い声をあげたので、訓練された特殊部隊もオルドも、一瞬歩みを止めるほどには動揺した。

 ヤマトは、隊長のそういった奇行には慣れているのか、微動だにしなかった。

 

 「なにがおかしい」

 オルドは思わず言った。ライトの明かりだけが頼りの暗闇で、とつぜん笑いだされたほうはたまったものではない。

 

 「“地獄の審判”が、いよいよはじまったぜ……」

 

 アイゼンは楽しげだった。鼻歌でも歌いだしそうなくらい。

 無駄話をする気がないオルドは、意味不明な会話を終了させようとしたが、そうは問屋がおろさなかった。

 オルドは、アイゼンがいきなり隣にいたので、背筋がひやりとした。たしかに周囲は暗がりだが、いつ隣に来たのか分からなかった。アイゼンは上機嫌でオルドと肩を組み、言った。

 「いいかオルド? この仕事が終わって、おまえが帰るころには、軍事惑星がひっくり返ってるかもしれねえぞ?」

 「――どういう意味だ」

 オルドの口調は嘆息交じりだった。この、奇行が多いヤマトの隊長の相手を、しかたなくしてやっているという態度が見え見えだった。

 アイゼンは気を悪くすることもなく、つづけた。

 「ひっくり返るのさ! 世界がな! 傭兵王国バンザイだ! ヒャハハハハハハ!」

 踊りだしそうな足取りで走り去っていくアイゼンを、無言でヤマトの傭兵が追った。

 さすがに、特殊部隊の隊長が、オルドに耳打ちした。

 「アイツ――だいじょうぶですかね」

 「……」

 オルドには答えようがなかった。ピーターが手配したのだから、あの隊長は、こういった任務には慣れているのだろう。たとえ、多少イカレ塩梅だったとしても。

 

 

 

 

 L22の、アーズガルド家のオフィスでは、ピーターがトランクを手にし、帽子をクロークから取り上げたところだった。

 「じゃあみんな、よろしくね」

 にっこり。

ピーターの笑顔に、秘書たちは、いっせいに「いってらっしゃいませ、ピーター様!」と黄色い声を張り上げた。

 

 「毎日、タキから定期連絡は入ります。一ヶ月すぎるようだったら、そのときは、――うん、とりあえず、困ったらオトゥールに泣きつこう、みんな!」

 「ピーター様……」

 最年長で、秘書室リーダーのヨンセンがあきれ顔でこめかみに拳を当てたが、ピーターは眉をへの字にした。

 「こればっかりは、予定通りにいかないからね――そんな顔されても困るよ」

 「わたくしたちを、信用なさっていないので?」

 「まさか! 君たちのことは、オトゥールの百倍信用してるからね」

 ピーターは、やんわりと笑みを浮かべた。その笑みにだまされる人間は99.9パーセントと言っても過言ではない。

 (ずいぶん、苛立っていらっしゃる……)

 古株のヨンセンは、見逃さなかった。だが、それは、ヨンセンたちのせいではない。

 (大方、ロビン様のことでしょうね)

 子どものころからピーターを見ているヨンセンの推測は、十中八九、外れたことはない。

 

「それよりみんな、ちゃんとお土産は買ってくるからね」

 「さすがピーター様!!」

 ふたたび秘書室では、黄色い声がこだました。

 「ヨンセンは、焼きホワイトチョコのチーズケーキでしょ、ルリコは、シャトーヴァラン・オレンジのフロマージュ、サリナは、塩チーズのモンブラン、ジャンヌは、カスタードと生クリームの特製エクレア、モニクは、LUNA・NOVAをたっぷりつかった贅沢ワインゼリー――」

 ひとりひとりのだいすきなケーキの名をあげていくピーターに、皆はうっとりと頬を染めた。

 「最高! ピーター様!!」

 「彼氏だって、あたしの好きなケーキまで覚えてくれてないのに!」

 「だいじょうぶ。ちゃあんとふたつずつ買ってくるから」

 秘書室は、大歓声に満ちあふれた。

 

迎えに来たリムジンの運転手が、ピーターのトランクを手にしたところで、秘書たちはずらりと回転扉の外に並んだ。

「では、行ってらっしゃいませ。ピーター様」

八人の秘書は、勢ぞろいで礼をし、オフィスから見送る。

 「いつ見ても、美女が八人もそろうと壮観ですなあ」

 運転手は言った。美人コンテストでも見ているようだと。

 「綺麗なだけじゃなくて、頼りがいもあるよ」

 後部座席にすわったピーターは、笑顔でそう言った。

 

 ピーターを乗せたリムジンが見えなくなると、ヨンセンは手を打ち鳴らして、みなに席に着くよう命じた。

 「さ! この忙しいときに、ご当主の不在が一ヶ月になりますからね! 気を引き締めて頂戴」

 「ねえ、ヨンセンさま」

 「どうしたの、マヌエラ」

 「……ロビン様がもどってきたら、ピーター様はご当主じゃなくなっちゃうの?」

 最年少のマヌエラの言葉に、秘書室の空気は凍った。だれもが、気になっていたことだったからだ。気になってはいたが、うかつには口にできないこと。

ヨンセンは、笑みをたたえたまま、言った。

 

 「そうはならないわ」

 細いフレームのメガネの奥で、ヨンセンは目を光らせた。

 「そうさせるものですか」

 

 「ロビン様が、――いいえ、ロビンが」

 ヨンセンは言い直した。

「たとえ姉ピトス様のお子で、正統な“紋章”の継承者だとしても、ピーター様の“上”につかせはいたしません」

 



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