アーズガルドを動かしているのは、ピーターと、われらが秘書室。 ピーター様をお守りするのは我らです。 「ピーター様が、はやくお世継ぎをおつくりになったら、いいんじゃないの」 「そうね。お世継ぎができたら、次代ご当主はかくじつにピーター様のお子よ!」 「お嫁さんは、もちろんあの方でしょ」 「オルドさんが、早くピーター様のお嫁さんになってくれればいいのよ!」 「そうよ!」 「そうよ、そうよ! ピーター様がいつまでも独身だから舐められるんだわ」 オルドと同時期に入った新顔、モニクは、流れで同意しそうになり、あわてて首を振った。 彼女は、「いずれあなたも、オルドさんがピーター様の奥様になると、そう信じ切れるようになるわ……」と毎日皆から追いつめられているが、まだ洗脳されきってはいない。先輩方のご意見を尊重しつつ、さりげなくオルドの味方をすることもあった。 「ピーター様の奥さん候補だったら、ほら、オトゥール様の奥様からご紹介された――いたじゃない、ほら、」 モニクは、失言を後悔した。秘書室の女たちの目が、いっせいにモニクをにらんだ。 「あなたなにも分かってない!」 「あんなお嬢様にピーター様のなにが分かるのよ!」 「ピーター様の奥がたは、オルドさんしかいないの!」 「でも――ピーター様はモテるから」 「あの方、気弱そうに見えるけど、優しいし気を遣うのが上手な方だから、モテるのよねえ」 「まあ――男性的にはすこし頼りないけど――」 「だれとも結婚する気がないんだから、もうオルドさんと結婚したっていい気がするのよね」 「いっしょに暮らしてるんだし?」 「でも――オルドさんには、ライアンっていう、宇宙船に残してきたカレシがいるから――」 「だからピーター様になびかないの!?」 「ピーター様、あんなにアピールしてるのに」 「ああ――かわいそうなピーター様――」 モニクはだんだん、オルドが後継者を生めそうな錯覚を覚えてきた。あいにく、秘書室はなぜか女だらけだし、オルドが女だったと言われても、もう驚かないでいられる気がした。だが残念ながら、オルドはれっきとした成人男性だった。かつて女だったことも、これから女になる予定も、まったくないはずだ。 L20出身のモニクには、あまり抵抗はない――抵抗はないけれど。 (オルドの胃に、穴が開きそうだわ……) モニクは、オルドの、最後の救いである。彼女は、あわれなオルドのために、再び口をはさんだ。 「ええっと――オルドの好みって、メリーみたいな、結構筋肉質の、体格いい女性なんでしょ?」 あんたイケる。イケるわ。 モニクは、サリナを見て言った。178センチで、オルドより体格がよく、ダンベルが趣味で、腹筋がいまにも六等分しそうなサリナにお茶を淹れてもらったとき、オルドがまんざらでもない顔をしていたのを、モニクは覚えている。 モニクの言葉に、秘書室は沈黙したが、サリナがけたたましく言った。 「オルドさんの好みって、筋肉質なの!? じゃあ、ピーター様、ライアンに勝てないじゃない!」 「ピーター様だって、意外と脱いだらすごいのよ!?」 「大穴で、アイゼン様っていう手も――」 「ピーター様、あれでも腹筋われてるし! ジム通い欠かしてないし! ムキマッチョより細マッチョでしょ! オルドさんただでさえ細いのに、ライアンやアイゼン様相手じゃ壊れちゃうっ!」 (あ。――あたし、アイゼン様とオルドなら、イケるわ) 一瞬でもそう思ったモニクは猛省し、(オルドごめん)と心の中だけで詫びた。 「強引なライアンとやさしいピーター様!」 「どっち!? どっち!? あたしはアイゼン様あ! キャー!」 「ピーター様なら、きっとやさしくオルドさんを……」 「「「「「「ギャアアアアアア!!!!!!」」」」」」 「おだまりっ!!」 ヨンセンの一喝に、秘書室はしずまった。 「すべては、ピーター様のご意志です」 「「「「「「はい」」」」」」 (あ、オルドの意志関係ないんだ……) 坑道のオルドは、今までしたことのないような盛大なくしゃみをした。 (――風邪か? 今はまずいな) 冷静に自分の体調をたしかめて、ドリンク剤のキャップをひねった。 「風邪ですか」 特殊部隊の部隊長が、オルドの顔色をさぐってきたので、オルドは「平気だ」と言った。 小休止のあとは、着くまで休息なしで歩きつづける。固形食糧を口に入れ、ドリンク剤で流し込んだ。 「坑道入り口で、原住民に遭遇したと連絡が入りました」 「派手にぶちかましたからな――バイクをいれるために」 バイクとジープを入れるために、掘削機械で坑道におおきな穴をあけた。音の少ない機械をつかったが、近隣の原住民に気づかれていたようだ。アーズガルドとヤマトの別動隊がおさえているだろう。 サルーディーバの救出が終了した時点で、この坑道は埋められる。オルドたち外部の者に知られてしまったのだから、封鎖するほかあるまい。それをわかっているから、だいぶ派手に入り口を破壊してしまった。 オルドはちらりと、アイゼンの様子を伺った。アイゼンとヤマトの傭兵は、離れたところで小休止を取っている。 オルドもかつて傭兵だったから思うのだが、やはりヤマトの傭兵は、傭兵の中でも異種だ。傭兵出身者で固められた特殊部隊の連中ですら、彼らを不気味に思っているのか、近づきたがらない。 (だが、仕事の腕は最高クラスだ) ヤマトの仕事は芸術的でさえあると、傭兵の間でも評価は高い。 アイゼンは、さっきの上機嫌が嘘のように、むっつりと黙りこくって、腕を組んだまま座り、目を閉じている。 (こいつと、ピーターの関係は、なんだ?) 気になるのはそれだけでなく、自分と、アイゼンとの関係だ。 (俺は、こいつに、会ったことがあるのか?) どちらにしろ、ピーターに聞かねば分からないことだ。 アイゼンは、自分で匂わせておきながら、詳しく話す気はないらしい。 「オルドさん、どうぞ」 特殊部隊の一人が、スキットルをオルドに放り投げた。坑道は寒い。酒好きのオルドはありがたくいただいた。強い酒が喉を消毒した。 「アーズガルドの秘書室って、女ばっかり、おまけに美女ぞろいだって。まるでハーレムだ」 スキットルを投げたヤツがそう言い、周りから、うらやましげな口笛がこぼれた。 オルドは、美味い酒のあとにその話題を出されたので、しかめっ面にならざるを得なかった。 「……」 (……帰りたくねえ) オルドは心底そうおもって、すこし気分が沈んだ。 (あれをうらやましいだと――あれを?) ほぼ鉄壁を誇るオルドのメンタルを、急低下させることのできる化け物の巣窟である。 軽口をたたくそいつに、秘書室が天国に見える地獄だということを、オルドは教えてやろうとした。 「てめえが一日で退職届け出すのに、五千デル」 特殊部隊に、ちいさな笑いが、さざなみのように広がった。 |