「ロビンの前世に、プロメテウスの名がないって?」

 「どういうことかね」

 紅葉庵の電話を借りて、椿の宿のアンジェリカと話しているクラウドのうしろで、エーリヒがその言葉を聞きつけて寄ってきた。

 『うん。第一次バブロスカ革命の前世が、いまロビンさんが階段を上がっている原因なんだよね?』

 「――おそらくそうだと思うんだけど」

 クラウドも頭を抱えた。ロビンの前世は、プロメテウス本人ではない? だとしたら、まったくほかの時代の前世が、原因なのか。

 ルナの日記にしろ、最近自分たちが調査していた事案にしろ、“プロメテウス”がテーマであることはまちがいなかった。月を眺める子ウサギがのこした言葉にも、“プロメテウス”が入っている。

 まさか、第一次バブロスカ革命のプロメテウスではなくて、ギリシャ神話のプロメテウスなのか?

 

 アンジェリカは電話向こうで言った。

 『前世の名前か、第一次バブロスカ革命の正式な年代が分からない場合は、検索に膨大な時間がかかるって』

 「まいったな……」

 『でも、真実をもたらすトラと、ライオンが、手がかりを』

 「なんて言っていた?」

 クラウドは食い付いた。いまはどんなささいなことでも情報が欲しい。

 

 『ロビンさんにまつわる数字は“2”。

“ふたりの女が死に、ふたりの女が救い、ふたりの女が導き、ふたりの女が待っている。

 ふたりの男が死に、ふたりの男が救い、ふたりの男が導き、ふたりの男が待っている。“

 ――この言葉の謎を解けって』

 「……この言葉に、手立てがかくされてるんだな」

 『この謎を探っていれば、“救う男”がひとり現れる。それが突破口だって』

 クラウドは、謎が解けたら連絡するといって、受話器を置いた。

 

 「ロビンの前世はプロメテウスではないのかね」

 エーリヒの言葉に、クラウドは息を弾ませて言った。

 「エーリヒ、とりあえず、この謎を解こう」

 「なぞ?」

 「“ふたりの女が死に、ふたりの女が救い、ふたりの女が導き、ふたりの女が待っている。

 ふたりの男が死に、ふたりの男が救い、ふたりの男が導き、ふたりの男が待っている。“」

 「ん?」

 「真実をもたらすライオンが残した、謎かけだ」

 

 

 

 

 ――二日経った。

 残りは28日。

ルナは相変わらず目覚めない。

最初の日、衝撃で気を失って屋敷に運ばれたミシェルは、翌日から紅葉庵に姿を見せた。

ミシェルは、ルナのおちいった状態を見て目を丸くし、あわてて側面の坂道をかけあがり、「ルナ! だいじょうぶ、しっかりして!」と声をかけたが、ルナは目覚めなかった。

ミシェルは奥殿の絵の前にいって、156代目サルーディーバと、ラグ・ヴァーダの女王にひとしきり叫んだあと、泣きながらルナを見、ロビンを見て、クラウドの胸で泣いた。それからとぼとぼ坂道をくだった。

いかづちの試練がロビンを打つ――太陽の塊が、彼を焼き尽くしていく。

ミシェルは必死でこらえて壁に手のひらをつき、ロビンを見つめた。

ロビンにかける声もない。

ただただ、泣きじゃくりながら、震える足を励ましながら、そばにいることしかできなかった。

「しっかりして――ロビン」

そうつぶやくミシェルの耳に、聞きなれない声が飛び込んできた。

 

「ロビン!」

階段の下に、ミシェルの知らない女性がいた。金髪の、グラマラスな、目の覚めるような美女である。その美貌から、ロビンの取り巻きの一人であることは間違いなかったが――。

 

「エミリ!」

クラウドがあわてて、ミシェルを追い越して彼女に駆け寄った。

「エミリ、君、いったい、どこで知って、」

「ロビンが不安定になったのは、お祭りのとき、この階段に来てからよ!」

エミリは叫んだ。

「ロビンはどうしたの、これ、なに? 彼、なにが、どうなって――」

エミリの悲痛な叫びが終わるまえに、業火が階段を襲った。エミリは悲鳴のような声でロビンを呼び、そのまま気絶した。

 

エミリが目覚めたのは、椿の宿の一室だった。

「エ、エミリ――さん? だいじょうぶ?」

布団を敷いた和室に、エミリは寝かされていた。彼女を見守っているのは、クラウドと、茶色い髪の、愛らしい女の子。

エミリは飛び起きた。そして、クラウドとミシェルを交互につかんで、揺すった。

「ロビンはどうしたの? どうしてあんな目に?」

「――信じられないかもしれないけど、聞いてくれ」

クラウドから事の次第を聞かされたエミリは、最後まで黙って話を聞き、涙をこぼした。しかし、帰ることは拒絶した。やがて、おなじように目を真っ赤に泣きはらしているミシェルを見て、言った。

「あなた、ミシェルね?」

「え、――うん」

ロビンの取り巻きの女に、自分の名を覚えられているとは思わなかったミシェルだったが――。

「あなたね。ロビンの愛する人――ごめんなさい。わたしも、ロビンが好き」

エミリは悲しげな顔で言った。ミシェルは驚き顔でエミリを見つめ、クラウドを見た。、クラウドは不機嫌そうな顔はしたが、状況が状況なので、なにもいわなかった。

「お願い。ここにいさせて。彼を、見守らせて」

ミシェルは、なにも言えなかった。黙って彼女の手を取って、立った。

 

「ロビン――」

ミシェルは、エミリを連れて、階段側面の坂道をあがり、一番近い場所まで来た。ふたりは、涙を止めることもできずに、階段を這うロビンを見つめた。

「ロビン、ロビンわたし――」

「泣くな」

思いもかけずはっきりとした声がロビンから聞こえて、ミシェルもエミリも、目を見張った。

「待っててくれ――上まで行ったら、俺を、――抱きしめて、」

枯れた声でそういうロビンに、ふたりは何度もうなずいた。

「お願い」

ミシェルは言い、エミリも言った。

「待っているから。――待っているから、上がって」

 



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