「ピトスとエルピス」はすでに亡くなっているから、「死んだ者」となるだろう。詳細は不明だが、ロビンの母ピトスは、ドーソン一族に追われて命を落とした。エルピスの話は、ナキジンから聞いたばかりだ。「地獄の審判」で亡くなった。 「ピトスとエルピス」は姉妹。対となる。 「真昼の女神と月の女神」も対だ。月の女神はいま、裏でロビンを救う計画を立てている。真昼の神の動きは知れないが、化身であるカザマが、ロビンを救うためL03に旅立った。 「救う者」と「導く者」はもしかしたら変動があるかもしれない。 「エミリとミシェル」は、ロビンが階段を上がるのを待ち続けている。 そして「男」のほうは。 「プロメテウスと 」は、もしかしたら第一次バブロスカ革命で亡くなった者か。 だとすると、プロメテウスと同列に並ぶものが、もうひとりいることになる。 「イシュメルと 」がロビンを救い、「夜の神と太陽の神」がロビンを階段頂上へ導いている。そして、「アイゼンとピーター」が、「プラン・パンドラ」を始動させるため、椋鳥の紋章の持ち主であるロビンを待っている。 「――ということは、イシュメルのほかに、もうひとり、“男性”で、ロビンを救う者があるということか?」 「そうなるね」 エーリヒとクラウドが、顔を見合わせたときだった。 「やあ。様子はどう」 アントニオが姿を見せた。アントニオは毎日、リズンを閉店し、翌日の準備をしたあと、紅葉庵に顔を出している。 「なにひとつ変わらないさ」 エーリヒが肩をすくめ、クラウドが「いま、なぞ解きをしているところ」とメモをひらひらさせた。 「いよいよ、あと一週間か……」 アントニオも隈ができた目をこすりながら、店内の時計を見た。時刻は十時近い。 「俺にも見せて」 そばのパイプ椅子に腰かけたところで、アズラエルがもどってきた。 「エーリヒ、交代だ」 「そんな時間かね」 エーリヒが立って、コートを着込んで外へ出た。アズラエルは店先に置いてあるポットから、コーヒーを注いだ。 雪さえ降っていないが、キンとはりつめた冷たさが、皆の息を白くさせていた。 「ルナちゃんはどう」 「眠ったままだ――そっちも、進展はねえのか」 エーリヒが座っていた席に、アズラエルが座った。アントニオがルナの様子を聞いたが、こちらもまったく、なにひとつ、変わった様子はなかった。 嘆息を隠して、アントニオがふと、ルナのいる階段頂上を見上げた。 そのときだった。 「――?」 ルナの上空に、白銀色の光が降りているのが、アントニオの目にはっきりと見えた。 思わず彼が立ち上がったところで、ふたたびいかづちの試練がはじまった。 「なんてことだ」 間をおかず繰り返される、いかづちと炎の試練にさえぎられて、見えなかったのか。 アントニオが階段上に向かって走り出すと、「どうした」とアズラエルが、アントニオのあとを追った。不審に思ったクラウドも、追いかけて来た。 アントニオが息を切らせて坂道を上がり切ると、銀色の光は、吸い込まれるようにルナの身体に消えた。 「これは――」 「どうしたのかね」 ルナのそばにはエーリヒがいる。彼には、白銀色の光は見えていないのか。猛然と走ってきた三人を見て、そういった。アズラエルもアントニオに尋ねた。 「いったい、どうしたんだ? なにかあったのか」 「いや、ルナちゃんの上に光が――」 アントニオは言いかけ、はっとしたように、並んだルナとエーリヒを見た。――マジマジと。 「なにかね」 無表情だが、エーリヒは嫌そうにアントニオを見た。 「もしかして」 彼は、ついにひらめいた――。 「アズラエル、クラウド、下へ降りて」 「あ?」 「え?」 アズラエルとクラウドの、不審げな顔。 「君たちは、しばらくルナちゃんのそばに近づかないで」 「なんだと!」 アズラエルが瞬間沸騰した。彼は、ほんとうはずっとルナのそばにいたいのだ。だが、なにが起こるか分からないし、片時も目が離せないから、ずっとそばに居続けるのは無理で、しかたなくほかの人間と交代しているのだ。 あわててクラウドがアズラエルをなだめ、「どういうこと?」と聞いた。 「君たちだけじゃない、グレンとセルゲイも近づけちゃダメだ。ミシェルちゃんもしばらく、ルナちゃんの近くに来ないように」 クラウドの質問に対する答えではなかったが、クラウドには分かった。 「もしかして、それって、ルナちゃんに縁の深い人間を、側に近づけちゃダメってことだね?」 「そう! そういうこと!」 アントニオはルナを見たまま手を打ち、 「エーリヒ、悪いけど、しばらくルナちゃんにつきっきりでいてくれる?」 「なんで俺はダメでエーリヒはいいんだ!」 「アズ、落ち着いて!」 クラウドがアズラエルを羽交い絞めにする。 「わたしはかまわんが」 トイレに行きたいときはどうすればいい、とエーリヒは当然の疑問を口にした。だがアントニオは、 「ルナちゃんは放っておいていい。そのままにしておいて」 いや、むしろ、ルナちゃんをひとりにしたほうがいい、と言った。 「なにかあったら、どうするんだ」 グレンも階下から上がってきて、顔を曇らせていた。いつ月の女神が顔を出すか分からないのに、ルナを一人にしておけない。グレンが言うと、今度はアントニオが逆ギレした。 「分からない奴らだな! そもそも、君たちが過保護に引っ付いてるから!“彼”が出てこなかったんだよ!」 「彼?」 いつのまにか、セルゲイもいた。 「“彼”はね、君たちが大嫌いだから。だから、出てこなかったの!」 「だから、“彼”って誰だ!」 グレンが怒鳴ったが、アントニオも怒鳴り返した。 「“ノワ”だよ!!」 「あァ!?」 アズラエルが吠えた。 「君たち筋肉兄弟神を、召喚する儀式をしただろう!? そのとき、イシュメルの次に、君たちをたすけた男がいただろ!」 全員が、それぞれの顔を見合わせた。そして、ついにその容貌を思い出した。 「もしかして、不精ヒゲの――」 「けっこういいガタイの、ペリドットみてえな――」 セルゲイとグレンが輪唱し、アントニオは「そうだ」とうなずいた。 「あれは、ノワだよ。“LUNA NOVA”だ。ルナちゃんの前世なんだ」 |