なんとかカーダマーヴァ村に入ることができたケヴィンとアルフレッドは、村人たちに取り囲まれて、ずいぶん居心地の悪い思いをしていた。

 「たしかに、イシュメル様はあんたらを入れたが」

 村人の一人が、岩のような顔を溶岩みたいにして唸った。

 「きのうから、イシュメル様の石室が、すっかり閉じてしまったんだよ! あんたらが来たせいじゃないのか?」

 「え?」

 ケヴィンが、顔を上げた。

 「そうだ! 石室の扉が閉じてしまった! われわれだって、イシュメル様をあんな牢屋みたいなところに入れておきたくなどないんだ!」

 ひとりが声高に主張したのに呼応して、皆が口々に叫び出した。

 「だのに、あんたらが来たせいで、イシュメル様がさらに引きこもってしまわれたじゃないか!」

 「なにがイシュメル様を解放する、だ。あんたたちが来たことで、イシュメル様が、ますます閉じこもってしまわれたら――」

 ケヴィンたちは、石を投げられた理由を何となく解した。イシュメルが石室を閉ざしてしまったことも、ケヴィンたちのせいにされているらしい。

 

 「皆の衆、まちなされ。どんな理由はあれ、イシュメル様は、ふたりを村へ入れたのだ」

 長老が、皆を制した。

 「サルーディーバ様の予言を、信じぬつもりか。イシュメル様に、石室を出ていただきたいという気持ちは、われわれとも一致している――協力を、惜しむまいぞ」

 

 「……」

 長老はそう言ってくれたが、村人たちはうなずかなかった。この村が閉鎖的で、ぜったいによそ者を受け付けまいとしている気質であることを、ケヴィンたちは実感した。

 そうこうしているうちに、雪が降ってきた。大粒の綿雪だ。

 「これは、明日から積もるやもしれん」

 長老は言った。

 「とにかく今夜は解散しよう。――マクタバよ、そなたの家を、この者らの宿として提供できぬか」

 「かまいません」

 マクタバというゴーグルを懸けた少女は、うなずいた。

 

 「時代遅れなんだよ! よそ者がどうとか、世間知らずもいいところだ!」

 「ほんとにこの村の知的財産を守るためなら、もっと開放的なるべきさ――村の連中がバカで世間知らずで、どうやって知的財産を守る!? いつまでイシュメル様の不可思議なお力だけに頼っているつもりなんだろう!?」

 「この村って、ほんとうバカばっかりさ!」

 「あたしはサルディオーネになったら、この村なんて出ていく。絶対出ていく!」

 双子は、マクタバの家に泊まらせてもらうことになったわけだが、家に着くまで、マクタバはまるでひとりごとのように、ぶつぶつと叫び続けていた。

 

 マクタバの家は大きなゲルだった。半円形の家々が立ち並ぶなか、大きなゲルが二つと、ちいさなゲルが一つ。その三つがマクタバの家だ。彼女はちいさなほうに双子を案内した。

 なかは、暖炉があってすでに火は入っていた。暖かかった。ずいぶん快適だ。

 「ここはあたしの寝室。貸してあげるからありがたく思って。それから、いくらこの村に入れたからといって、勝手に出入りしないで。ミヒャエルとかいう女と連絡を取るときは、ぜったい門から外に出ないこと」

 「あ、はい……」

 双子はちいさく返事をした。

 「食事は用意してあげるわ。前払いしてほしいところだけど、いつまでかかるかわからないなら、食事と宿泊費は、あんたたちが帰るときに請求するから」

 ずいぶんしっかりした子どもだ。外見的には10歳くらいに見えるのだが。

 

 「あの――マクタバちゃん」

 六畳ほどの丸い部屋に、毛布を山積みにしたマクタバは、猛然と怒鳴り返した。

 「子ども扱いやめてくれる!?」

 「あ、す、すみません……」

 アルフレッドは、ずいぶん年下の少女に、首をすくめて謝った。

 「マクタバさんでいいのよ。その気があるならマクタバさま、でも」

 双子は目を丸くして、見合った。

 「そのうち、あんたたちなんか、まともに顔を見ることもできない身分になるわけだからね、あたしは」

 鼻息を荒くして、マクタバは毛布を積み重ねた。

 

 「あ、あの、マクタバさん」

 ケヴィンは思い切って言った。あと7日ほどしか残されていない。今夜を過ぎたら、あと6日だ。

 「なにかしら」

 マクタバは澄ましてはいたが、今度は怒っていなかった。

 「あなたが、“パズル”の支配者、なんですよね?」

 ケヴィンはなるべくおだてるように、下手に出て言った。マクタバの鼻息がさらに荒くなった。

 「そうだけど、なに?」

 「あの、じつは、俺たちは――「パズルの占術を受けたいの? 言っとくけど、高いよ? あたしは、自分を安売りはしないからね」

 「い、いくらかかるんですか」

 アルフレッドはお腹のあたりに手をやり、瞬間的に通帳の残高を思い返していた。

 「一億」

 「一億!?」

 

 

 

 

 地球行き宇宙船、真砂名神社の拝殿前では、たいへんなことが起こっていた。

 「それ! めいっぱい運び込め!」

 ルナの周りに、これでもかと酒瓶や、樽がころがっている――。

 さすがの事態に、紅葉庵に待機していたアントニオやアズラエル、グレン、セルゲイ、ミシェルやエミリも坂道を上がってきた。

 アズラエルたちがルナに近づかなくなって、数時間。

 エーリヒが降りてきて、商店街の酒屋に飛び込むことが二、三回つづき――それ以降は、商店街の若者たちが、樽ごとかついで坂道をあがりはじめたからだ。

 拝殿前に来た彼らは、そろって顎を落とした。

 ルナが、拘束状態のまま、エーリヒに酒を飲ませてもらっているのだ。瓶が、みるみる空になっていく。

 ふだんのルナの酒量ではない。彼女も酒に弱いわけではないが、樽を干したことはない。

 あきらかに、異常だった。

 

 「ルナちゃん……!」

 さすがのセルゲイも、グレンも、硬直している。

 アズラエルも言葉を失った。

 ルナに重なって、不精ヒゲのおっさんが、酒を呷っている光景が見えるのだ。

 見たくなくても、見えるのだ。

 

 「ルゥ! いったい、どうし――」

 たまらず、アズラエルが一歩前に進み出ると、ブーっとルナが酒を噴いた。銀色の光がほとばしって、姿が消えうせようとしている。

 「待ちたまえ! ノワ!」

 エーリヒが怒鳴ると、消えかけたオッサンの姿が、また現れた。

 「ルナちゃんに、不精ヒゲがはえてる……!」

「地獄の審判」を見ても卒倒しなかったアントニオが、いまにも気絶しそうだった。

 



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