「しかし、マクタバさま。あなたはまだ正式なサルディオーネではありません」

カザマの言葉に、マクタバの口がへの字になった。

「たしかに、パズルは尊い占術かもしれません。ですが、まだサルディオーネでもないのに、そのようなお金を受け取るなどということは……」

 

「くれないなら、しない!」

マクタバの癇癪が爆発した。

「地球行き宇宙船ってのは金を持ってるんだろ! だったら一億ぐらいだせるはずだ! あたしの占術をバカにしてるの!?」

「バカになどしておりません。ですが、今は緊急事態なのです。もちろんただでとは申しませんが、それだけのお金をお支払いするには、手続きがいるのです。いますぐは、不可能です」

カザマは、熱心に説得したが、マクタバはそっぽを向いた。

「金がなきゃ、やらないよ」

「では、これで」

カザマは自身の財布から有り金をすべて取り出したが、マクタバは受け取らなかった。

「そんな少しで、パズルを受けられるとでも!?」

カザマはいよいよ、告げた。

「この村をお守りくださっている、イシュメル様のためでも、ですか?」

「え?」

マクタバが、真顔でカザマのほうに向きなおった。

 

「わたくしたちがお願いしていますのは、イシュメル様の“リカバリ”です。地球行き宇宙船に、イシュメル様を前世に持つ方が、乗っていらっしゃるんです」

「ええっ!?」

なんでそれを先に言わないんだ! とマクタバは、また駄々っ子のように叫んだ。

 

マクタバは昨夜、門の前にひとが集まっているから、おもしろそうだと思って寄っていった。すなわち――カザマが長老にした説明は、まったく聞いていなかった。

きのうさんざん御託をならべていたが、つまりマクタバは、よそ者が大好きなのである。さすがに、夜盗と組んで書物を持ち出す騒ぎには関わっていなかったが、村の外の者と関わりたい気持ちは、村のどの子どもよりもつよかった。

だから双子を村に入れることも大歓迎だったし、家に泊めることも、嫌々な態度を見せながら、その実、たいそうはしゃいでいたのである。

 まさか、「パズル」の占術のことを持ち出されるとは思わなかったが――マクタバは、自分も有名になったものだと勘違いしていた。大騒ぎを起こして村に入ってまで、自分の占術を受けたいという人間がいる。マクタバは誇らしかった。

だからよけいに、安売りするつもりはなかった。

金の話ばかりして、占術を受ける人間は、ケヴィンたちだと勝手に思い込んでいた。

 

 「さ、最初っから、それを……」

 マクタバは、じたばたと新雪を踏みかため――迷うようにぐるぐるとその辺を周りだした。

 「安売りは、しない――ぜったい、できない。――こういうのは、最初が肝心だから――」

 マクタバは、ちらちらとカザマと双子を見ながら、最終的に、えらそうにふんぞり返って言った。

 

 「ポテトチップ、一年分」

 「は?」

 「とくべつだよ! イシュメル様のためだからね――ポテトチップ一年分で! ひと袋もまけないよ!」

 

 双子は顎を落としそうになったが、カザマは微笑んでうなずいた。

 「種類は、なにがよろしいかしら」

 「しゅ、種類があるの!? じゃ、じゃあぜんぶ! ぜんぶの種類が食べたい! ありったけ持ってきて!」

 「……」

 双子は言葉を失って、カザマとマクタバを見比べた。

 

 

 

 「カーダマーヴァ村の子どもは、ポテトチップスを本などで見て知ってはいますが、食べたことはありません」

 「ええ!?」

 アルフレッドは驚いた。

 「L03では、だいたいがそうでしょうね。あの菓子を、知る人間のほうがめずらしい。カーダマーヴァ村は、……ほかの地域にくらべるとすごく厳しい環境かもしれません。情報だけは、入ってくるんですから」

 カザマはせつない笑みを浮かべた。

 「閉鎖的な村で、外界の者は入れないし、自分たちも出ていくことができない。なのに、あたらしい情報だけは、次から次へと入ってくる。世界の情報に埋もれながら、自分たちは出ていくことができない――実物に、触れることができないんです。歴史の守りびとといえども、悲しくなるときはあります」

 「……」

 「だから、村の人たちは、イシュメル様にも外へ出てほしいのです。まるで自分たちの境遇が、石室にいるようなものですから」

 

 アルフレッドは、村の外に出た。「パズル」の報酬となるポテトチップスを、なるべく大量に買い付けに行くためだ。

 もうアルフレッドは村には戻れない。すべてを、ケヴィンに託してきた。

 カザマは、村の中にいるケヴィンと連絡を取り合える位置にいなくてはならないから、ここを離れられない。

 かわりにアルフレッドが、首都トロヌスに次ぐ、大きな都市メノスに向かうことになった。メノスは、ここから二時間ほどの場所にある。カーダマーヴァ地区駐屯地から出るジープに乗せてもらうことにした。そこにはL19とL20、L18の軍の駐屯地があって、売店にぜったいポテトチップスがある。

 

 「あるだけ買っていきましょう」

 カザマは、カーダマーヴァ地区の駐屯地内の売店で、ポテトチップスと名の付くものはすべて買い集めた。

 目と鼻の先にある駐屯地で売っているこの菓子を、マクタバたちは食べたことがない。

 アルフレッドは、なんともいえない思いで菓子袋を見つめた。

 

 二十個ほどのポテトチップスを紙袋に詰めて門まで来ると、マクタバがそわそわと待ちかまえていた。紙袋を受け取ると、踊りだすようなしぐさでさっそく袋を開け、頬張った。彼女が開けたのは、コンソメ味だった。

 「おいしい!」

 子どもらしい笑みが、マクタバの顔いっぱいにあらわれた。

 「マクタバ様、すぐそこの駐屯地のポテトチップスはすべて買ってまいりました。これからアルフレッドさんがメノスの駐屯地で買ってまいります。のこりは、すべて終了してから、かならずわたくしが、お送りいたします。一年分といわず、これから毎年、お好きなだけ、わたくしが宇宙船からお送りします。ですからどうか、イシュメル様の“リカバリ”を」

 「しょうがないな。今回だけ。――今回だけだからね!」

 マクタバは、カスを頬いっぱいにくっつけて、口をとがらせた。

 

 マクタバとケヴィンは、マクタバのゲルにもどった。マクタバは一番おおきなゲルに飛び込むと、ケヴィンに「入って!」とうながした。

 ケヴィンはおおきな幌布を寄せて中に入り――「うわあ」と声を上げた。

 

 「すごいでしょ」

 ゲル内はひろかった。直系二十メートルもあるような巨大なゲルだ。その一面――床も、半円形の天井も、埋め尽くすように、三十センチ四方のテレビモニターみたいなものがすきまなく並んでいる。

 モニターがないのは、中央のマクタバがすわる座布団がある場所と、そこまで行く通路のスペースだけ。

 

 「せまいけど、座って」

 ケヴィンは、マクタバの後ろの、通路スペースにすわった。

 「これが――パズル?」

 ファンタジーに出てくるような、古代呪術を想像していたケヴィンは、マクタバに気づかれないように、期待外れの顔をした。

 「うん。じゃあ、術式を開始するよ」

 マクタバが座布団の上に座り、化粧箱のような銀色の箱を開けた。ケヴィンは覗き込んだが、そこにあったのは、パソコンのキーボードだった。

 「おとなしくしてて!」

 「はい!」

 マクタバに語気するどくしかられて、ケヴィンは引っ込んだ。

 

 「イシュメル様の今世の名前は分かる?」

 「こんせ? あ、もしかして、ルナっちのこと?」

 「ルナッチ? へんな名前」

 「あ、い、いや、そうじゃなくて――ルナ・D・バーントシェントです」

 

 マクタバは、キーボードに、器用にブラインド・タッチで打ちこんだ。

 「ルナ・D・バーントシェント――代理人、エポス・D・カーダマーヴァ」

 ケヴィンは、マクタバが名前をおぼえていてくれたことに感激して、「え、俺の名前――」と言いかけ、「しずかにして!」とまた叱られた。

 「まったく! 行儀の悪い代理人だよ!」

 「すいません……」

 機嫌を悪くして、占術をしてもらえなくなったら大変だ。ケヴィンは口をつぐむことにした。

 



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