地球行き宇宙船では――。 のこり7日となったところで、はじめてサルーディーバが、真砂名神社に姿を見せた。 彼女は、階段の真正面で、いかづちの雨が降り注ぐのを見て、顔を曇らせた。 「なんという――過酷な」 「サルちゃんかね!」 「ナキジン、ご無沙汰しております」 サルーディーバと聞いて、エミリたちは、さすがに目を見張った。 「ルナが気になって参りました」 「サ――サルーディーバさん!」 ミシェルが、サルーディーバに追いすがった。 「ルナはどうなるの!? ロビンはたすかる? あたし、あたし――なにもできなくて。何代目かのサルーディーバも、ラグ・ヴァーダの女王も、なにも言ってくれなくて!」 「ミシェルさん」 サルーディーバは、ミシェルを落ち着かせるように椅子に座らせ、背を撫でた。 「ご安心なさい――いま、わたくしが見たかぎりでは、死の気配は微塵もいたしません」 「――え?」 「過酷な試練ではありますが、死の気配はいたしません。ロビンさんも、ルナもきっと助かります。わたくしは、それをたしかめに参りました。――それよりあなた、長く、お眠りになっていない」 「だって――眠れなくて――」 サルーディーバが何かしたのは間違いなかった。ミシェルがふわりと、崩れ落ちるように眠ったからだ。 「あなたも」 エミリもかくりと眠りに落ちた。あわてて、近くにいたセルゲイが支えた。 「ご心配なく。役目が来たら、自然と目覚めますわ」 サルーディーバは、ミシェルをクラウドに預けて、微笑んだ。 不思議だった。 サルーディーバが生き神といわれるゆえんが、クラウドにも少し分かった。 彼女が来たとたんに、緊張にこわばっていた皆の顔に、安心がもどっていく。クラウドもそうだった。リミットがさしせまり、不安と焦燥ばかりの胸中に、なぜかはしらないが、「大丈夫ではないか」という気持ちが沸き起こってきた。 「椿の宿にまで、香る桃の香――ルナはよほど、月の女神と同化していらっしゃる」 サルーディーバが階段上まで行くと、ルナのそばにはエーリヒが着いていた。アズラエルたちは、まだルナのそばに寄ることを許されてはいなかったが、触らないのを条件に、様子を見に行くことだけは許されていた。エーリヒも、サルーディーバの来訪には、さすがに目を瞬いた。 サルーディーバはルナを見、触れ、驚愕の声を上げた。 「なんということでしょう――これほどまでに、同化できるとは」 サルーディーバは一度たち、階段を見、それからルナを見た。 「アントニオでも、ミヒャエルでも、これほど自身の魂である神と同化できません」 「――どういうことかね」 エーリヒが尋ねた。 「ルナと月の女神は、とても似ているということです」 サルーディーバは言った。 「気質も、容貌も、意志も――まるで、月の女神がそのまま生まれ変わったように」 アズラエルたちは、目を見張った。サルーディーバは、ルナに――いや、ルナを通じて、イシュメルに訴えかけるように告げた。 「イシュメルよ。月の女神は、太古の姿を取りもどした」 サルーディーバは乞うた。 「目覚めたまえイシュメルよ――今度こそ、ラグ・ヴァーダの武神は滅ぼされる。あなたの力がなければ、それは叶わぬ。みなが、あなたを必要としているのです。目覚めてくださりませ」 ルナからの返答は、なかった。 ――「プロメテウスとエピメテウス」が死に、「真昼の女神と月の女神」が救い、「ピトスとエルピス」が導き、「ミシェルとエミリ」が待っている。 「サイラスとコルドン」が死に、「イシュメルとノワ」が救い、「太陽の神と夜の神」が導き、「アイゼンとピーター」が待っている」―― 「こんなところか……」 クラウドは、空欄を埋め、階段を眺めた。 (まさか、プロメテウス・A・ヴァスカビルが女だったなんて) プロメテウスとエピメテウス。ピトスとエルピス。 二人の姉妹によって、今のロビンがあるといっても過言ではあるまい。 いかづちが降り注ぎ、火をまとった小惑星が衝突する、悪夢の光景は続いている。 ペリドットにエピメテウスの名を告げたが、「パズル」の儀式がはじまったという知らせはない。真砂名の神に直接たすけをもとめ、奥宮に行ったイシュマールからも、何の連絡もない。 空欄を埋めたところで、「地獄の審判」がおわる様子はないし、ノワも、イシュメルも姿を現さない。 クラウドは嘆息した。 ここでロビンに死なれてしまっては、「プラン・パンドラ」の実行は、見合わせることになるのではないか。 老舗傭兵グループ三社は、「プロメテウス直系の子孫」であり、「本物の椋鳥の紋章」を持つものを待ち続けている。 ロビンがここで死んでしまえば、彼らの待ち人は現れない。 「プラン・パンドラ」は、一見すると、軍部にとっては好ましくない計画だろう。好ましいどころか、吉と出るか凶と出るか――まるで、賭けだ。だが、軍事惑星群全体から見れば、それが必要な時期に来ている。 L18においての、ドーソンの弱体化は、L系惑星群全土に危機をもたらしているのだ。 このままでは、マリアンヌの予言が現実化する。 「――L系惑星群が戦禍に巻き込まれることとなります。 それはL4系から戦争の火種が発し、いずれ全土におよびます。 L18でも異変が起こります。ドーソン一族は完全なる滅びを迎えるでしょう。L18を支配するドーソン一族の力がなくなるということは、L系惑星群の軍事惑星の要ともなるL18の体制が揺らぐことになります。多かれ少なかれ、そうなります。 そうなれば、L4系の反乱を、抑えきれなくなる。それによって、L系惑星群に戦火が広がるのです。 L03とL18の異変は、同時に起こってはならぬのです」 軍事惑星群の混乱期に、L系惑星群をほろぼそうとするラグ・ヴァーダの武神が復活する、ということだ。 (サイアクだ……) クラウドは頭を抱えそうになった。 L18のかわりに辺境惑星群をまかされたL20は混乱し、まだ辺境惑星群を鎮圧しきれていない。 L19も、軍事惑星群全土のたてなおしに必死で、アーズガルド家は、ドーソンに巻き込まれる形で力が半減している。 ララがかつていったとおり、いまL4系を中心に、原住民たちの反乱をおさえているのは、ほとんど、傭兵グループなのだ。 軍部の力が低下している状況で「プラン・パンドラ」が実行されることは、傭兵の権力をつよめ、下手をすると、軍事惑星群のバランスを欠き――。 (一挙に崩壊……もあり得るな) 睡眠不足にくらくらする頭で、ふと、クラウドは思った。 アストロスの武神をよみがえらせる儀式をしたときに、イシュメルとノワだけではなく、ロメリアも現れた。 ロメリア――第二次バブロスカ革命の首謀者。 (ロメリア――君はどう、考えたんだ?) |