百四十八話 羽ばたきたい椋鳥 X



 

 ロビンは、もはや寒さも冷たさも、熱さも感じなくなっていた。 

 痛みと苦しみだけが交互に――あるいは同時におとずれる。

 ロビンは自身がながした血の量を見て、不思議に思った。身体中の血をすべて、流しきってしまったようだ。

 (もう、俺は死んでいるのか)

 そう思ったくらいだ。客観的に見て、あれほどの血を流して生きていられるはずがない。

 それなのに、空洞になったはずの身体は重くて持ち上がらない。

 最初のころは、肺が焼けただの、喉がやぶれただの、まだ分析する余裕はあった。

 そんな余裕はもはや、なかった。

 ただ、ロビンの本能が、生きることをもとめている。

 このまま死にたくないと願っている。

 階段上に、ずっと拘束され続けているルナを、たすけてやらねばという意志さえ、湧き上がっていた。

 (ルナちゃん――待ってろ)

 今、たすけてやるからな。

 

 

 

 寿命塔に腕が入らない。

 まったく手の打ちどころがない状態が、これほど精神を摩耗するとは。

 もう、精神的にも肉体的にも限界であり、いかづちの音にも業火がふる音にも慣れきってしまって、多少のことでは目覚めない紅葉庵待機組は、おおきな車両の音に、飛び起きた。

 「な、なんじゃあ!?」

 ナキジンが椅子から転げ落ちた。

 「――戦車?」

 クラウドは、この音に聞き覚えがあった。

寝ぼけたアントニオが紅葉庵のガラス戸にぶちあたり、「あいてて……」と顔をさすりながら店を出ると――大路に、どでかい戦車が轟音を上げて、待機しているではないか。

 

 「なにコレ!?」

 アントニオが絶叫した。

 

戦車隊の正体はすぐに判明した。戦車から、L20の特殊部隊の装備をつけた、バーガスとバグムント、チャンが出て来たではないか。

 「なにする気!? なんなの君たち!」

 アントニオが血相を変えて戦車に駆け寄った。

 

 「ルウウウウウウウシイイイイイイイイ!!!!!」

 

 アントニオは、戦車にたどり着くまえに、胸倉をつかみあげられて、「ひぎい!?」となさけない悲鳴を上げた。

 「アントニオ! これはどういうことだい!?」

 「ララ!」

 クラウドがあわてて、アントニオを窒息させようとしているララを止めに入ったが、ララの鬼のような形相に、怯んだ。

 「なんでこんなになるまであたしに黙っていた! ルーシーはいつからあんな具合なんだい!? メシも食ってない、起きないってどういうことだ! ルーシーが死んじゃったらどうするんだ!!!!!」

 「おち――おちついて。ララ」

 「ララ様、どうかお気をしずめてください」

 困惑気味のクラウドに対し、冷静な口調でララを落ち着かせたのは、いつもの秘書シグルスではなく、チャンだった。

 チャンとバグムントも、階段の様子を見て寸時言葉を失っていたが――彼らももと傭兵である。すぐに切り替えた。

 

 「なにをする気だ、バーガス」

 紅葉庵の奥で仮眠を取っていたアズラエルとグレンも、轟音に気づいてやってきた。

 「なにをって、この戦車の大砲で、階段とあの砂時計と、神様の像を木っ端みじんにしてやるのさ」

 「……!!」

 戦車を見た時点で、なにをする気かは、だいたい想像がついていたが。

 最新式の戦車は、音すら立てず移動することができる。この轟音は、戦車がとてつもないエネルギーをため込んでいる音だった。

 山岳に一撃で穴を開ける威力を発揮する、光化エネルギー砲発射のために。

アントニオが額を押さえたのを見て、バーガスが怒鳴った。

 「あと5日しかねえ! 俺はもう、こんなのを黙って見てるのはまっぴらだ!」

 アズラエルもグレンも同意見だ。

だが、こんなもので――戦車砲で、あれが止められるものならとっくにつかっている。

 

 「“アレ”が、戦車砲で止められるとは、俺は思わねえ」

 意外にもバグムントが、くわえタバコを踏み消しながら言った。バーガスが「ンだとお!?」と怒ったが、

 「だが、バーガスの気持ちはわかる」

 「おまえがララに頼んだのか」

 この戦車の出どころは、ララ以外にあるまい。

 「いいえ。わたしです」

 チャンが、無表情でバグムントの右頬にパンチをクリティカルヒットさせ、「うぐお!」とバグムントがよろけたすきに、青筋を立てつつ、彼が踏み消したタバコをひろって、携帯灰皿に入れながら言った。

 「こういう“現象”が、戦車でどうにかなるとは私も思っていませんが、バーガスさんに怒鳴られましてね」

 安全主義の宇宙船で、死人を出す気かと。

 「さいわいにも、ララ様のご協力もありまして、戦車をお借りできました」

 「できましたって――」

 返却できねえかもしれねえぞ、といったアズラエルに、チャンはこともなげに言った。

 「それはララ様もご承知です。やるだけ、やってみましょう」

 

 

 ララは猛然と坂道を駆け上がり――「ルーシー! ルーシー!」と叫びながら拝殿まで到着し――そこにいた人物を見て目を丸くした。

 「おまえ――エーリヒか」

 「おや。金龍幇の。おひさしぶり」

 エーリヒも、拝殿から、階段下の騒ぎは見ていた。大路に到着した、最新式の戦車一台と、物騒な道具がさぞかし詰まっているだろう、大型車両一台。

 「あれで、この階段を吹っ飛ばす気かね」

ララはそれには答えず、不敵な笑みを浮かべた。

 「そうか、おまえか。だからあたしに知らせなかったんだね?」

 ロビンがここで生き残っちゃァ、都合が悪いか。

 ララがそう言って顔をゆがめると、エーリヒは肩をすくめた。

 「わたしがこの宇宙船に乗ったのは、疑問を解決するためでね、そのほかの意図はないんだよ」

 「どうだか」

 ララは鼻を鳴らし、

 「今はそれどころじゃない。そこをどきな! ルーシーの隣は、あたしの居場所だ!」

 ララがルナに飛びついたので、エーリヒはルナから離れた。

 「ルーシー! ルーシー! こんなに冷え切って……!」

 ララは、スーツの上着を脱いで、ルナに被せられた毛布の上から、かけた。

 「それでは、意味をなさないのでは?」

 「うるせえ! だまってろ」

 エーリヒのツッコミにララは怒鳴り返し、ルナを愛おしそうに抱きしめた。

 「待ってな――すぐあなたを、解放してあげるからね」

 「……」

 エーリヒは、ララに抱きしめられるルナを、おもしろそうに見つめていた。

 

 



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