ロビンは、もはや寒さも冷たさも、熱さも感じなくなっていた。 痛みと苦しみだけが交互に――あるいは同時におとずれる。 ロビンは自身がながした血の量を見て、不思議に思った。身体中の血をすべて、流しきってしまったようだ。 (もう、俺は死んでいるのか) そう思ったくらいだ。客観的に見て、あれほどの血を流して生きていられるはずがない。 それなのに、空洞になったはずの身体は重くて持ち上がらない。 最初のころは、肺が焼けただの、喉がやぶれただの、まだ分析する余裕はあった。 そんな余裕はもはや、なかった。 ただ、ロビンの本能が、生きることをもとめている。 このまま死にたくないと願っている。 階段上に、ずっと拘束され続けているルナを、たすけてやらねばという意志さえ、湧き上がっていた。 (ルナちゃん――待ってろ) 今、たすけてやるからな。 寿命塔に腕が入らない。 まったく手の打ちどころがない状態が、これほど精神を摩耗するとは。 もう、精神的にも肉体的にも限界であり、いかづちの音にも業火がふる音にも慣れきってしまって、多少のことでは目覚めない紅葉庵待機組は、おおきな車両の音に、飛び起きた。 「な、なんじゃあ!?」 ナキジンが椅子から転げ落ちた。 「――戦車?」 クラウドは、この音に聞き覚えがあった。 寝ぼけたアントニオが紅葉庵のガラス戸にぶちあたり、「あいてて……」と顔をさすりながら店を出ると――大路に、どでかい戦車が轟音を上げて、待機しているではないか。 「なにコレ!?」 アントニオが絶叫した。 戦車隊の正体はすぐに判明した。戦車から、L20の特殊部隊の装備をつけた、バーガスとバグムント、チャンが出て来たではないか。 「なにする気!? なんなの君たち!」 アントニオが血相を変えて戦車に駆け寄った。 「ルウウウウウウウシイイイイイイイイ!!!!!」 アントニオは、戦車にたどり着くまえに、胸倉をつかみあげられて、「ひぎい!?」となさけない悲鳴を上げた。 「アントニオ! これはどういうことだい!?」 「ララ!」 クラウドがあわてて、アントニオを窒息させようとしているララを止めに入ったが、ララの鬼のような形相に、怯んだ。 「なんでこんなになるまであたしに黙っていた! ルーシーはいつからあんな具合なんだい!? メシも食ってない、起きないってどういうことだ! ルーシーが死んじゃったらどうするんだ!!!!!」 「おち――おちついて。ララ」 「ララ様、どうかお気をしずめてください」 困惑気味のクラウドに対し、冷静な口調でララを落ち着かせたのは、いつもの秘書シグルスではなく、チャンだった。 チャンとバグムントも、階段の様子を見て寸時言葉を失っていたが――彼らももと傭兵である。すぐに切り替えた。 「なにをする気だ、バーガス」 紅葉庵の奥で仮眠を取っていたアズラエルとグレンも、轟音に気づいてやってきた。 「なにをって、この戦車の大砲で、階段とあの砂時計と、神様の像を木っ端みじんにしてやるのさ」 「……!!」 戦車を見た時点で、なにをする気かは、だいたい想像がついていたが。 最新式の戦車は、音すら立てず移動することができる。この轟音は、戦車がとてつもないエネルギーをため込んでいる音だった。 山岳に一撃で穴を開ける威力を発揮する、光化エネルギー砲発射のために。 アントニオが額を押さえたのを見て、バーガスが怒鳴った。 「あと5日しかねえ! 俺はもう、こんなのを黙って見てるのはまっぴらだ!」 アズラエルもグレンも同意見だ。 だが、こんなもので――戦車砲で、あれが止められるものならとっくにつかっている。 「“アレ”が、戦車砲で止められるとは、俺は思わねえ」 意外にもバグムントが、くわえタバコを踏み消しながら言った。バーガスが「ンだとお!?」と怒ったが、 「だが、バーガスの気持ちはわかる」 「おまえがララに頼んだのか」 この戦車の出どころは、ララ以外にあるまい。 「いいえ。わたしです」 チャンが、無表情でバグムントの右頬にパンチをクリティカルヒットさせ、「うぐお!」とバグムントがよろけたすきに、青筋を立てつつ、彼が踏み消したタバコをひろって、携帯灰皿に入れながら言った。 「こういう“現象”が、戦車でどうにかなるとは私も思っていませんが、バーガスさんに怒鳴られましてね」 安全主義の宇宙船で、死人を出す気かと。 「さいわいにも、ララ様のご協力もありまして、戦車をお借りできました」 「できましたって――」 返却できねえかもしれねえぞ、といったアズラエルに、チャンはこともなげに言った。 「それはララ様もご承知です。やるだけ、やってみましょう」 ララは猛然と坂道を駆け上がり――「ルーシー! ルーシー!」と叫びながら拝殿まで到着し――そこにいた人物を見て目を丸くした。 「おまえ――エーリヒか」 「おや。金龍幇の。おひさしぶり」 エーリヒも、拝殿から、階段下の騒ぎは見ていた。大路に到着した、最新式の戦車一台と、物騒な道具がさぞかし詰まっているだろう、大型車両一台。 「あれで、この階段を吹っ飛ばす気かね」 ララはそれには答えず、不敵な笑みを浮かべた。 「そうか、おまえか。だからあたしに知らせなかったんだね?」 ロビンがここで生き残っちゃァ、都合が悪いか。 ララがそう言って顔をゆがめると、エーリヒは肩をすくめた。 「わたしがこの宇宙船に乗ったのは、疑問を解決するためでね、そのほかの意図はないんだよ」 「どうだか」 ララは鼻を鳴らし、 「今はそれどころじゃない。そこをどきな! ルーシーの隣は、あたしの居場所だ!」 ララがルナに飛びついたので、エーリヒはルナから離れた。 「ルーシー! ルーシー! こんなに冷え切って……!」 ララは、スーツの上着を脱いで、ルナに被せられた毛布の上から、かけた。 「それでは、意味をなさないのでは?」 「うるせえ! だまってろ」 エーリヒのツッコミにララは怒鳴り返し、ルナを愛おしそうに抱きしめた。 「待ってな――すぐあなたを、解放してあげるからね」 「……」 エーリヒは、ララに抱きしめられるルナを、おもしろそうに見つめていた。 |