「……!!」

 

――太陽が、降ってきた。

チャンは、ロビンの上半身と自分を守って盾をかざした。

 

ゴゴッ、ゴツ、と燃える岩が際限なく降ってくる。

「うぐっ――う、」

一瞬とて尽きない、砲弾にさらされている気分だ。

「うああ!」

盾の範囲から外れているチャンの足に、太陽が直撃した。チャンの身体がぐらりと傾いだが、チャンは踏ん張った。

 

「チャン!!」

「あんた! 逃げなされ! 太陽の火を盾で防げるわけがなかろう!」

ナキジンが叫んだが、チャンは逃げなかった。

「うう――!」

盾が、高温に耐えきれず、どろりと溶けた。

 

「うわああああああああ!!!」

チャンの悲鳴が響き渡った。

盾は蒸発し――太陽のかけらが、いっせいにチャンを襲った。

 

「――っ」

熱にひしゃげた、チャンのメガネが、音を立てて落ちた。

ロビンに重なるようにチャンの小柄な身体が倒れこみ――ふっと、階段がもとのすがたにもどった。

ロビンのように、煤になってはいなかったものの、大やけどを負ったのは間違いなかった。

ギリ、と噛みしめたロビンの歯のすきまから、声にならない、チャンの名が零れ落ちた。

 

壁が消えたのを、アズラエルたちは感じた。

ロビンたちを助けに上がろうと、一歩足を踏み出したアズラエルたちに、ナキジンの叱責が飛んだ。

 

「ダメじゃ! 足を踏み入れるな!!」

ナキジンの背から、おおきな白い翼がひろがるのを、アズラエルたちは見た。

「ええか。階段に一歩でも足をつけば、ふたたび試練がはじまる。飛べない連中は引っ込んどれ!」

 

ナキジンの翼が、おおきく羽ばたいた。

彼は、階段に足をつけることなくロビンのそばまで向かった。

「もう――来るな」

ロビンはうめいた。

「頼む――だれも、寄越さないでくれ」

「……」

ナキジンがうなずくと、ロビンはふたたび身を起こして、階段をよじ登った。

 

チャンを抱え上げて、もどってきたナキジンは、

「ロビンが、もうだれも寄越すなというとる」

と、言った。

「この兄さんが小柄でよかったわい。おまえみたいなのじゃったら、わしひとりでは無理じゃった」

ナキジンがバーガスの肩を叩き、「つらいのはわかるが、黙って見守るんじゃ」と告げた。

 

「救急車を呼んでくれ!」

 クラウドが叫んだ。チャンのケガはひどいものだった。生きているのが不思議なくらいの大やけどだった。

 「無理をしなすった」

 ナキジンは気の毒そうな顔で、はこばれていくチャンを見た。

 「チャンさん……!」

 ミシェルが、涙声でチャンを見送った。

 

救急車が去っていくのと同時に、ふたたび暗雲が立ち込めはじめる。

 「地獄の審判」が再開した。

 真砂名神社界隈をおおいつくしている椋鳥のざわめきも、おおきくなった。

 

 気づけば、ロビンが、五段も上がっている。

 「く、――は、――は、」

 ロビンのか細くなった呼吸が、ここまで聞こえるようだ。

 

 「ロビン! ロビン、ちくしょうっ!」

 壁は、またバーガスたちを阻んでいる。バーガスは、こぶしを打ち付けた。

 「俺も入れろおおおおお!!!!」

 

 バーガスの絶叫が、宇宙をつんざいた――バーガスの足が、一歩、ふみ出ていた。壁の中に、入ったのだ。

 「バーガス!!」

 「じゃから、黙っておれといったのに!!」

 ナキジンの絶叫。

 「ロビン! 待ってろ!!」

 バーガスはロビンのもとまで一気に駆け上がり、夜の神の錫杖が光るのを見て、全身でロビンを庇った。

 「こいつは、弟みてえなもんなんだ!」

 いかづちが、嵐のように降り注いだ。バーガスの悲鳴はかき消されて聞こえなかった。

 「おまえがたすかるまで、俺が代わりになってやる!」

 

 ――バーガスは、チャンと同じように救出された。ナキジンが言ったように、今度は、ふたり必要だった。バーガスと似たような体格の男性二人が、茶と灰色の、大きな翼を羽ばたかせて、バーガスを運んできた。

バーガスが救急車で搬送されていくのを横目で見て、エミリは悲壮な顔で覚悟をした。

 そして、まっすぐに、階段に走っていく。

 それを止めたのはミシェルだった。両手をひろげて、エミリの行く先をふさいだ。

 

 「どいて、ミシェル!」

 「ダメ!」

 エミリはミシェルを跳ね除けて先へ行こうとしたが、今度はアズラエルに二の腕をつかみ締められて、止められた。

 「ダメだ。――おまえはダメだ」

 アズラエルは断固として言った。

 「おまえがアイツらと同じような目に遭えば、ロビンはもっと自分を責める」

 「――!」

 「ロビンは、必死で上がろうとしてる。決意をにぶらせるな」

 「……!!」

 エミリは、泣き崩れた。

 

 ロビンは、這い上がろうとしている。すべての力をつかって、這い上がろうとしている。

すでに、108段ある階段の、中ほどまで来ていた。

 もう力は尽きているはずだった。

 ロビンの頭にあるのは、もはや、階段を上がることだけだ。

 

 椋鳥たちが飛び立つ。

 階段は、椋鳥たちの真っ黒な死がいで埋もれていった。

 

 



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