百四十八話 羽ばたきたい椋鳥 X



 

 ロビンは、階段の中ほどで倒れたまま、ぴくりとも動かなくなっていた。

 気づけば、いかづちも太陽も、降っていない。

 試練は、止まっていた。

 「ロビン――?」

 エミリの、たよりない呼びかけ。

 

 ロビンの身体めがけて、銀白色の光がキラキラと落ちて来た。

 

 カーダマーヴァ村でも、同じ現象が起こっていた。さいしょは、吹雪のせいでまったく気づかなかったのだが、皆が何十回目かの気合をかけて、ロープを引き始めると、ふっと吹雪が止んだ。

 

 「おい! 見ろ」

 石室の上に、銀白色の光がまっすぐに、降りてくる。

 吹雪が止んで、きらめく星空が見える、漆黒の宇宙から――。

 

L19の陸軍駐屯地の外で、村のほうを見つめていたカザマにも、銀白色の光が見えた。

 「――あれは」

 カザマは、ストールを被りなおして門の近くまで行こうとし、ジープの音がしたので、振り返った。

 ジープから、軍人たちといっしょに出て来た人物を見て、目を見張った。

 「あなたがた……!」

 

 

 

 

 「かは……っ!」

 「ペリドット様!」

 ペリドットが、どうっと真横に倒れた。

 「二度とせんぞ――こんなもの」

 ペリドットの捨て台詞だった。アンジェリカの声を聞きながら、ペリドットは意識を失った。

 「ペ、ペリドット様! だいじょうぶですか!?」

 ジャータカの黒ウサギがうつったモニターには、「リカバリ完了」の文字が点滅している。

 アンジェリカは、倒れたペリドットを病院に連れて行こうと、部屋を出ようとした。

そのときだった。

「リカバリ完了」の文字を記していたモニターの画面が、切り替わった。

 ジャータカの黒ウサギにかわり、ピンクのウサギの顔が浮かび上がる。

 「リハビリ T エピメテウス、開始」

 ピンクのウサギは、そう言った。

 

 一方、マクタバも、肩で息をして、「リカバリ完了」の文字を見た。

全身の倦怠感で、いまにも倒れそうだったが、倒れるわけにはいかなかった。ナイフが背中に突き刺されたときの痛みは本物だった。全身から血が流れ出ていく感触が、まだ残っている。

イシュメルの慟哭が――後悔が――アミを愛しいと思う気持ちが、マクタバの涙をあふれさせる。

(イシュメル様)

いますぐ、涙を拭いて立ち上がり、イシュメルのもとへ行かなければ。

ゴーグルを外すしかなかった。ゴーグルの中は涙であふれ、鼻水も止まらない。

マクタバは、全身をおそう空虚に、へなへなと力が抜けていく。

(これが――イシュメル様の、お気持ち)

彼を縛り付けている、ふかい後悔の念だ。

ふらつく身体を支え、ゲルから出ようと、なんとか席を立った矢先に、中央のモニターに、ピンクのウサギが現れたのを見た。

 

 「――なに?」

 視力が弱いマクタバにも、ゴーグルなしで見えた。

 「リハビリ \ イシュメル、開始」

 

 

 

 

 ――イシュメルは、悔いていました。

 おのれの宿命に負けて、ラグ・ヴァーダの武神を倒せなかったことを。

 彼は、姉のアミが自分を刺しに来るのを知っていました。

 彼女のナイフをかわすことなど、彼には造作もありません。

だのに彼は、ナイフを避けることはできませんでした。

 

イシュメルは、だれよりも、アミを愛していたからです。

イシュメルは、彼女の悲痛な思いを知っていました。

彼女の悲しみを受け入れるために、彼は大義を投げ捨てました。

それしか、自分がアミを愛していることを伝えるすべはないと思ったからです。

 

ああ、おろかなイシュメル。

アミ愛しさに、刃を受け入れてしまったイシュメル。

彼が死んだために、大勢の、死ななくてよかった人命が失われた。

ドクトゥスの、死を懸けた覚悟を無駄にした。

 

イシュメルは、自身の命より、おおぜいの命より、アミの心を救うことを優先した。

アミと、死しても結ばれたいと願った。

 

おろかなイシュメル。

 

「――わたしは、罰せられなければならないのだ」

 

 

 

――エピメテウスは悔いていました。ずっと、生涯、悔いていました。

姉や仲間を見捨ててしまったこと?

いいえ、ちがいます。

「あの顛末」を引き起こしてしまったことです。

姉たちが、あのように死んだのは、エピメテウスのせいなのです。

 

エピメテウスが、姉プロメテウスと生まれ、育ったのは、L81。

鉱山労働者としての生活から脱したくて、軍事惑星群に来ました。

ふたりの姉妹は、頭もよく、労働者生活できたえられた肉体も持っていて、すぐ傭兵となりましたが、軍事惑星群での生活は、想像以上にひどいものでした。

辺境惑星群や、L4系、L8系から、仕事や新天地をもとめて軍事惑星へ来たのは、彼女たちだけではありません。

 

辺境から来たならず者が、軍事惑星を食い荒らしていく。

姉妹が受けたのは、そんな印象でした。

傭兵と名の付くならず者から、ふたりの姉妹は、幾度L18の住民を守ったかしれません。でも、限界があります。

 

急激にたくさん招き入れたならず者たちによって、L18の治安は崩壊しました。

傭兵と名の付くものは、軍事惑星すべての住民から嫌われました。

これではいけない。

プロメテウスとエピメテウスは、そう思い、いっしょに来た、鉱山の仲間をあつめて、組織をつくりました。

 

“L18を食い荒らす害虫を、退治する”という意味の、椋鳥の旗を掲げて。

 

自分たちは椋鳥です。ちいさな椋鳥。でも、たくさんそろえば、害虫をついばんで、退治することだってできます。

彼らが掲げた旗の意味は、ほんとうはそういう意味でした。

 



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