百五十話 再会 [



 

――「地獄の審判」は終わった。

 

真砂名神社界隈は、また再建作業がひつようになった。アズラエルたちのせいで大破した店舗や階段の修復が、このあいだ、やっと終わったばかりだというのに。

かつて戦車だった鉄くずや、武器庫だった車両が撤去され、いかづちや業火に、ボコボコにされた大路の修復工事がおこなわれた。

今回は、比較的、商店街はぶじだった。

イシュメルの咆哮で、どこぞの店の屋根が、そのまま吹っ飛んだくらいだ。

階段だけは、まえよりも美しくなったような気がするが、そのほかは、惨憺たるありさまだった。とくに、戦車があったあたり。

大路のどでかい鳥居まえには、「工事中。ご迷惑をおかけしております」の立札が、当分のあいだ立つことになったが、もともと、観光客の少ない観光地である。工事が、観光の障害になることは、まったくなかった。

そして、商店街の面々や、ララのたっての願いで、真砂名神社の敷地内に、イシュメルの神殿も建設されることになった。

 

イシュメルがロビンを救ったのか、ロビンがイシュメルを救ったのか――。

ロビンの寿命をもとにもどしたのはイシュメルだ。だが、おそらくイシュメルに、石室を出る覚悟をさせたのは、ロビンの姿だった。

後悔を胸に抱きながら、それでも這い上がろうとする、ロビンの姿。

「アミ」をいかづちが撃ったことも、イシュメルが石室から飛び出してきた原因だっただろうが――イシュメルは、もはや石室にはもどらない。

 

「地獄の審判なんぞ、もう千年後までなくていいわい、こりごりじゃ」

「寿命が10年は縮んだわい」

ナキジンは、このあいだの健康診断で、20代と診断された頑丈な歯で、するめをもちゃもちゃ噛んで、これまた10代と変わらない胃に流し込みながら、ぼやいた。

「おまえなんぞ、10年かそこら縮んだって、あと100年は生きるじゃろ」

「ほうなったら、また、地獄の審判を見る日がきてまうにゃにゃいか」

歯の間にするめが挟まったらしい。

「そんな日があっても♪」

「あんみつを食えるのが幸せじゃ♪」

じいさんふたりは、テンポのおかしい歌を歌った。

ふたりは、バーガスが引っこ抜いたベンチを、階段真正面にすえて、工事を眺めていた。

拝殿まえには、二対の狛犬。

これが、いつもの光景である。

「終わったのう……」

「うん、終わった……」

「平和がいちばんじゃ」

「うん、あんみつくれ」

「まだ休業中じゃ」

 

 

 

さて。

アズラエルも、最後にいかづちを食らったわけなのだが、イシュメルが「アミ」を、傷物にしておくわけはなかった。

アズラエルの火傷は表皮だけで、三日後には、傷跡もなく完治していた。

「ダーリンに助けてもらってよかったな、お嬢ちゃん」

グレンにからかわれた瞬間、即座に殴り返せるほどには、回復していた。

 

ルナもまた、月の女神がいったとおり、どこも異常はなかった。医者が言うには、冷凍睡眠装置から出たあとのようだ、と。かるい低体温症と診断されて、念のためひと晩入院したが、まったくの健康体だった。

「どこも異常はありません。ですが、――アルコールを摂取しましたか?」

「……」

「ずっと、眠り続けていたんですよね? その間、なにも食べていないし、飲んでいらっしゃらない、――はず?」

ルナを診察した、中央区の病院の医者は、不思議そうにいった。アズラエルは、無言でルナのアルコール摂取を認めた。

たしかに、飲んだというより、浴びた。あれだけ浴びて、急性アルコール中毒にならなかっただけでよしとせねばなるまい。

ルナは、翌日には目覚めた。

 

「――ルナ!」

涙目のピエトが、ルナに飛びついたのを、アズラエルは止めることはしなかった。グレンにセルゲイ、ミシェルとクラウド、エーリヒとジュリ、レオナとセシルにネイシャ。ルーム・シェアの全員がほっとしたように顔を見合わせ――。

すぐに、ルナの「異常」に気付いた。

 

「ルナ?」

ピエトは、自分の頭を撫でるルナの顔が、あまりにも「賢そう」なのにおどろいた。こういっては失礼だが、いつものルナだったら、ピエトを抱きしめたあと、「おなかすいた!」とでもアホ面で叫びだすはずだ。それか、だれにも予想できないカオスなひとことをこぼす。――それがない。

 

「“すまんが、トイレはどこだ”」

ルナの口から出た、渋い男の声に、全員が仰天した。

「“怯えなくてもよい。ルナは無事だ。それより、トイレ”」

 

「ト、――イレは、あっちだけど」

ミシェルが病室の外を指さす。ルナはだまって、ルナらしくない落ち着いたしぐさでベッドから降り、のっしのっしという感じで病室から出ていった。ぺぺぺぺぺ、とは、走らなかった。

「――やばい!」

ミシェルが気づいて、後を追った。ミシェルが追って正解だった。ルナは男子トイレに入ろうとしていたのだ。

 

ルナがトイレから出てきたあと、腕が、黄金色に輝いているのを見て、ミシェルは目を疑った。

「ル――ルナ、それ――」

「“すこし、待て”」

ルナのそばから、黄金色が広がっていった。ミシェルの足元から廊下全体へ、光が広がっていく。

「きゃあ!」

廊下の看護師や入院患者も壁に張り付いて、奇妙な光をよけたが、光は容赦なく、すべての人間を包んだ。最初はみな、怯えて光を避けるが、光に包まれると、次第に恍惚とした表情を浮かべはじめた。

 

「ルナ! だめ! ちょ!」

ミシェルは慌てて止めたが、病院すべてが黄金色につつまれるのは、すぐだった。病院をすっかり覆い尽くしたあと、ゴージャスな光は、吸い込まれるようにルナの両腕に消えた。

ルナは、厳かな声で言った。

「“この建物は、病やケガを負った者であふれている”」

そりゃ、病院ですから。

ミシェルのツッコミは、あまりのことに、口に出されることはなかった。

「“ペリドットという男に会いに行こう”」

ルナはふたたび、のっしのっしと廊下を歩いて行った。

 

その日、中央区の病院では異常事態が発生した。なぞの白金色の光が病院を覆った時間から、退院する患者が激増したのだ。風邪や軽症で病院をおとずれた患者は、診察まえに帰ったし、診察中だった患者は、症状が治ってしまい、金を払うかどうかでもめた。

難病患者や、いまにも死にそうな老人までもが「治ったー!!」と廊下を走りだしたのだから、病院は、パニックにおちいった。

患者だけではなく、腰のいたみに悩んでいた看護師は、いきなりベリーダンスを踊りはじめ、高血圧の医者は、患者がいなくなってヒマを持て余している血圧測定機に腕をつっこんで、自分の血圧を見てニンマリしていた。

このことはしばらく、ニュースにすらなった。

中央病院から、一日で入院患者が消えたのを知ったアズラエルは、ルナの中のひとに、

「病院の商売が、あがったりになるから、やめろ」

と厳重注意した。中のひとは、やはり厳かに、うなずいた。

 

 



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