「……?」

アルフレッドの声ではない。彼を救世主様、などと呼ぶのは、約一名しかいない。

ケヴィンが振り返ると、マイヨが手を振っていた。

 

「マイヨ――君、もどってきたの――あっ!!」

 

そこにいたのは、マイヨだけではなかった。

ケヴィンの目には、あっというまに涙が浮かんだ。

彼女の隣に――笑顔で手を振っている、ユハラムと、ヒュピテムの姿があったからだ。

 

「ユハラムさん! ヒュピテムさん!!」

ケヴィンは雪道を駆け出した。

陸軍の除雪車がとおったあとの、つるつるの道で転びかけたが、まっすぐにふたりのもとに走り――飛びついた。

「まあ!」

「お――おお、ケヴィン殿!」

ふたりは、ケヴィンを受け止めてくれた。

「五日ほどまえ、ここに来られたんですよ」

カザマは言った。ちょうど、イシュメルの石室の屋根が吹っ飛んだ日――イシュメルが、祠におさまってくれた日だ。

 

「無事だったんですね!」

ケヴィンは泣きながらふたりにしがみつき、ユハラムとヒュピテムは、戸惑い気味に顔を見合わせながら、ケヴィンの背を撫でた。

「ええ――なんとか」

「ご活躍されたようですわね、ケヴィンさん」

「ケヴィン」

アルフレッドが、目に涙をためて、ケヴィンの肩をつかんでいた。悲しみの表情ではない。――彼が流しているのは、喜びの涙だった。

 

「落ち着いて聞いて――バンクスさんが、生きていたんだ」

 

「――!?」

ケヴィンは、バックパックを落とした。

「ほ――ほんとに――」

「ああ! 生きてるんだ! 今朝、マウリッツ大佐が、そう言って」

ここL19駐屯地に、L22のアーズガルド家から連絡が入った。バンクスは無事で、いまはL52の病院で治療を受けていると。

 

「ケヴィンさん、ほら、あちらを」

ユハラムが、ケヴィンを促した。カーダマーヴァ村の門が閉じようとしていた。

ケヴィンは、なにを言っていいかわからない顔でアルフレッドを見つめ、ヒュピテムたちを見つめ、カザマを見た。

 

ヒュピテムとユハラムも無事で――バンクスも生きていた。

ケヴィンは、信じられなかった。

絶望の数日間が、消えていったような気がした。

 

(イシュメルさまが、助けてくれたんですか?)

ケヴィンは、門の向こう――村の奥にあるイシュメルの祠を思い浮かべながら、涙をぬぐった。

イシュメルは、ケヴィンだけでなく、彼らも救ってくれたのだろうか。

 

ケヴィンは、元気いっぱいに、門のほうを向いた。

「みなさん! お元気で――お世話になりました!!」

門の向こうに、手を振る人々が見えた。

「元気でな!」

「L03にきたときは、ぜったい声をかけて!」

「ありがとう! ほんとうに、ありがとう――」

門は、おおきな音を立てて閉まった。あとに残ったのは、静寂だ。イシュメルの像が、ケヴィンたちを見下ろしている。

あの門の内と外は、まるで別世界だ。彼らがこちらを、『外界』と呼ぶのも、ケヴィンには分かる気がした。

 

(――イシュメル様、さようなら)

双子は晴れ渡る空の下、万感の思いでイシュメルと門を、見つめた。

 

 

 

 

オルドに、「俺が迎えに行くまで、そこから離れるなよ」と言われたケヴィンたちだったが、バンクスの無事が確認され、ヒュピテムたちと再会することもできたので、カザマと一緒に帰ることになった。

一日も早く、バンクスに会いたかった。

ようやく首都トロヌスにL20の軍隊が入り、治安維持にうごき始めている。ケヴィンがカーダマーヴァ村で寝込んでいる間に、情勢は変わっていた。

まだ首都近郊からは無理だが、大都市メノスちかくのスペース・ステーションから、L09にむかう便があるという話なので、そのまま向かうことにした。

 

「オルドさんには、わたしから連絡をしておきます。どちらにしろ、極秘任務につかれているということなので、オルドさんが迎えに来てくれるとしても、一ヶ月ほどあとになるんじゃないかな」

 カーダマーヴァ地区の総責任者であるマウリッツ大佐は、ケヴィンたちがカザマたちと帰ることに賛成した。軍でも、メノスまで行く用事があるので、ジープに乗せてくれるという。

ヒュピテムとユハラム、マイヨは、見送りがしたいと、メノスのスペース・ステーションまで、ついてきてくれることになった。

 

 

「ええっ!? じゃあ――おふたりは、あの馬の人たちを倒しちゃったんですか!」

ケヴィンは、メノスに向かうジープ内で、ヒュピテムの武勇伝を聞いた。

「そうです」

「ケヴィン様、ヒュピテム様は、王宮護衛官なんですよ? あんなケトゥインの賊なんか、100人かかってきたって、平気ですったら!」

「100人はおおげさだ」

ヒュピテムは真面目に言い、マイヨの大口をたしなめた。マイヨは口をつぐんだが、そのくらいはしゃぎたくなる気持ちも、ケヴィンには分かった。

なにせ、二人は生きていたのだから。

 

「追って来たのは、七、八人程度です。問題ありません。ですが、」

大変だったのはそのあとだと、ユハラムがつなげた。

ちょうどおおきな砂嵐がくる時間帯で、砂嵐がヒュピテムとユハラムを覆い隠し、ケトゥインの賊は彼らを見失い、それ以上の追手がなかったのは幸いだったが、ふたりは砂漠のなかに取り残されてしまった。

ちかくの村に避難しようにも、ケトウィンの襲撃を受けているし、ほかに、一番近いのは、カーダマーヴァ村。ふたりは砂嵐が止む夜を待ち、星を見て位置を確認し、カーダマーヴァ村に徒歩で向かった。

だが、夜の寒さと飢えがふたりを苦しめた。

砂漠をさまよい、もうだめだ、今夜を越すことは無理かもしれないとふたりが思ったとき、ふたりのまえに、黒いタカが現れた。

 

「――タカ?」

L03って、砂漠にタカがいるんですかと、アルフレッドが間抜けな声を上げたが、ユハラムは首を振った。

「まさか! でも、わたしたちは、そのタカに導かれて、井戸を見つけたんです」

カザマがはっとしたように言った。

「井戸――もしかして、ノワの?」

「ええ」

 



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