「“食事の支度をするというので、協力したが”」 困り顔で苦笑する表情は、ルナのものではなかった。そういいながらルナは、顎髭をさわるようなしぐさをし、ないことに気付いて手持無沙汰に手をぶらぶらさせた。 ピエトが代わりに説明した。 「ベッタラがいっしょに、K19区の海に行って、釣ったんだ」 「はァ!?」 「で、K33区で焼いてきた」 ごくシンプルな説明だった。 「“すまん”」 ルナの口からこぼれたのは、まぎれもなく男の声だ。すっかり慣れたみんなは、もう驚くこともなかったが、アズラエルだけは何か言いたげにルナをにらんだ。 「“明日、ペリドットという男がわたしとルナを引き離してくれる。それまで、辛抱してくれ、アミ”」 「――!」 ルナはそう言って、ぺっぺけぺーと走り去っていった。 「ルナちゃんが、おかしい」 ルナと入れ替わりに、げっそりしたセルゲイがキッチンに入ってきた。 「もとからだ」 アズラエルは思わず言い、 「だが言いたいことは分かる。おかしいやつが、さらにおかしくなった」 アズラエルは自分でも、なにを言っているか分からなくなった。 イシュメルは、賢い男だ。なるべく出てこないほうがいいというのは分かっているらしく、奥に引っ込んではいるが、ルナの危なっかしさに、出てこずにはいられないのだろう。 ルナの中で、イシュメルがあたふたして、右往左往して、混乱しつつ、おそるべき忍耐強さでルナを見守っているのは、アズラエルたちにもわかった。 「“なぜ、こんなにも――”」 ルナの奇行に、イシュメルがぼうぜんとつぶやきかけるのを、だれもが聞いた。 なぜ、こんなにアホなのだ。 ミシェルがイシュメルの、声なき声を訳したが、それは全員の同意を集めた。 料理も、ルナの手つきが危なっかしくて、イシュメルがした。そういう顛末だろう。 (だからといって) アズラエルは思った。 魚の丸焼きはねえだろう。 文明が違うということは、こういった不測の事態をもたらすのだということを、アズラエルは知った。 「ペリドットさんの話によるとね、」 セルゲイは、ポタージュ・スープの鍋から臭う、ポタージュではない臭いに戦慄しつつ、見ないふりをして話をつづけた。 「今回は、必要だったからイシュメルをリカバリさせたけど、あまりにルナちゃんとイシュメルはちがうから、本来ならリカバリしちゃいけない前世らしい」 わたしもよくは分からないが、とセルゲイは首をかしげた。 「だから、ルナちゃんとイシュメルを引き離すって」 「それって、離したりくっつけたりできるもんなのか」 「できるんだろうね。イシュメルは石室からよみがえったから、もういいんだって。あとは自由にさせておいた方が、ルナちゃんにもイシュメルにもいい。いつでもイシュメルは、ルナちゃんたちを助けに来るってさ」 「――そのほうがいいな。俺たちも落ち着かねえ」 セルゲイとの会話は、おだやかに締めくくられたが、夕食はおだやかではなかった。 今日の夕食は、レオナが作った野菜炒めという名の、イカと玉ねぎしかはいっていない、ずいぶんしょっぱめの野菜炒めに、セシルがつくった生臭いポタージュ・スープ。 イシュメルの、魚の丸焼きに、セルゲイが今朝つくった、妖怪十個目玉ののこりだった。 アズラエルが出る幕はなかったのだ。すでに存在感のある魚の丸焼きが、テーブルに鎮座していては。 みんなはバーガスが早く退院して、ルナとイシュメルが引き離されて、おいしい料理が食卓に乗るようになることを、真剣に願った。 「ルナとミシェルは、外出中だ」 アズラエルが不機嫌そうに言った。ララの秘書のシグルスは、 「そうですか――残念ですね。ララ様に、そうお伝えします」 と、ちっとも残念そうではない顔で言った。 ララは、このあいだの「地獄の審判」で、ミシェルもルナも怖い思いをしただろうから、それをなぐさめるために、もてなしを用意したというのだが――。 「椿の宿で、ペリドットに分解されてる」 「分解?」 シグルスは不審な顔をしたが、アズラエルはそれ以上説明をしなかったし、シグルスももとめなかった。 「……で?」 「で? なんです?」 シグルスは、すまし顔でソファに座って、コーヒーを喫している。 「おまえはなんで、帰らねえ」 「今来たばかりの客を、すぐ追い出すんですか、この家は」 シグルスは、すっかりソファに尻を縫い付けていた。アズラエルは追い返すことをあきらめた。 「じつに美味しいコーヒーです。どなたが?」 「あたしだけど――?」 レオナが手を挙げると、 「じつに美味です。あなたの繊細な指先が生み出すコーヒーの調べに、わたしは甘く酔いしれています」 クラウドがコーヒーを噴き、アズラエルは噎せた。 「……さっき買って来た、モンブランだけどね」 レオナは、シグルスだけに、ケーキを出した。そして、いそいそと、カップにコーヒーを注ぎたした。 「おい、俺には?」 アズラエルは抗議したが、レオナは鼻を鳴らした。 「ケーキは真っ正直な言葉と引き換えだよ!」 予期せぬ横やりに、クラウドは新聞をコーヒーで汚したが、読む分には差し支えなかった。 「オルドが」 クラウドは、コーヒーが飛んだ紙面をかくすように軍事惑星群の新聞をたたみ、L03の新聞に手を伸ばした。 「ええ――あなたとララ様の慧眼が、証明されたということでしょうね」 「……」 三人が注視しているのは、今朝の軍事惑星群とL03の新聞のトップを飾った記事だった。
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