『サルーディーバ、ぶじ救出――』

 

大々的な見出しは、どちらの新聞も、ほぼ変わりがなかった。

サルーディーバの無事が確認され、王宮も崩壊することなく、王都の混乱は鎮められた。

アーズガルドの特殊部隊と、王宮護衛官が、王宮側から――王都の外のL20の軍と連携し、一気に王都を封鎖していた原住民の連合軍をうちやぶり――王都の治安をよみがえらせた。

一時はサルーディーバの命さえ危ぶまれたが、王宮を出ることなく、ぶじ病と栄養失調も癒え、飢えに苦しんでいた王宮内の民も救われた。

王都の治安は、とりもどされた。

 

「サルーディーバ救出の指揮を執ったのは、オルド・K・フェリクス率いる、アーズガルドの特殊部隊――」

 

クラウドは新聞を読み上げた。

「大活躍じゃねえか」

アズラエルも、どこかうれしげだった。もと傭兵だったヤツが活躍するのは、同じ傭兵として、うれしい。

おまけに、これが載ったのは、軍事惑星の新聞だけではない。トップ記事ではないとはいえ、かなり大きめの紙面で、L系惑星群全土の新聞に載っているのだ。

 

(オルド)

クラウドも、高揚をおさえきれなかった。オルドが成し遂げた業績を考えると、胸が弾み、悪い方ばかりに考えていた軍事惑星の未来にも、希望が見えてくるような気がするのだった。

(パンドラの箱の底にのこった、希望みたいなものだな)

 

だが、クラウドの心中にあるのは、浮かれた高揚だけではない。

新聞にあったとおり、今回のような事態――王都に原住民が押しかけ、ついにサルーディーバの命まであやうくなる状況をまねいたのは、ガルダ砂漠の戦争が一因と言っていいい。

あの戦争のために、L03と軍事惑星群とのあいだにできた信頼の亀裂は、根深いものだったのだ。

マリアンヌの最期は、どんなルートをたどったか知らないが、L03の民にも周知された。

L03は、軍事惑星の残虐さに戦慄し、おびえた。

たしかに、L03の予言のせいで軍事惑星の将兵に多数の犠牲者が出たが、マリアンヌの予言ではない。そして、マリアンヌが受けた仕打ちのむごさ――。

王宮護衛官は、軍事惑星を信頼せず、なんとか自分たちだけの力で王都を守ろうとした。

それゆえに、王都外にいるL20の軍に、救援要請をもとめるのが遅れた。結果、原住民が王都の奥深くもぐりこみ、内側から王都を封鎖し、とりかえしのつかない状況を招いたのである。

 

そして。

(オルドにとっては、ここからが正念場だ)

この華々しい活躍を、傭兵差別主義の軍人たちはどう見るか。

オルドの立場の微妙さが、これからオルドに揺さぶりをかけてくるだろう。

「オルド・K・フェリクス」という傭兵の名と、「ヴォールド・B・アーズガルド」という貴族軍人の名のふたつを持つ彼の立場の、微妙さ。

それが、オルドを守る盾となるのか、足元をつきくずす災厄となってしまうのか。

アーズガルドでもドーソン寄りの人間は、多数監獄星行きとなったから、家の力じたいは落ちたが、強硬な傭兵差別派はすくなくなっただろう。それでも、皆無になったわけではない。

アーズガルドの軍内でも、オルドにたいする評価は上がるだろうが、圧力はつよくなるかもしれない――。

(オルドはおそらく、傭兵とアーズガルド軍部のあいだに立たされることになる)

 

クラウドが、オルドのほかに、最近注目している人物がいる。

それは、フライヤ・G・ウィルキンソンという、エルドリウスの妻になった女性だ。

(まさか、ほんとうに、もと傭兵だなんて)

出自は巧妙に隠され、新聞には載らない。だが、「もと傭兵」だというウワサがある。

その噂が真実だと分かったのは、なんのことはない、セルゲイとした、世間話からだった。セルゲイはエルドリウスから、直接聞いていた。元傭兵の女性を妻にもらったと。

グレンもそばで聞いていたから、たしかだ。

 

(もと傭兵の、貴族軍人――しかも、エルドリウスの妻)

ミラ首相の秘書室にいるということは、カレンがL20に到着したら、かならず会うことになるだろう。

辺境惑星群の歴史や風俗にくわしく、専門家も舌を巻くほどだという。

彼女は、おそらく、辺境惑星群に翻弄されているL20の「希望」だ。

フライヤが立案した作戦で、長年いくさが絶えなかった原住民との、平和協定がむすばれた。L18も手を焼いていた地区だ。

あまりおおきな記事ではなかったし、フライヤの名ではなく、指揮官のサスペンサー大佐の名が大きく取り上げられていたが、クラウドには、急にL20に現れた新星が、どうも気になっていた。

 

(パンドラの箱の“エルピス”となりうるか?)

 

エルピスとは、地球時代の古語で、「希望」とか、「予兆」などの意味を持つ。

 

(だとしたら、L19の“エルピス”は)

クラウドはアズラエルを見た。

(アダムさんは、おそらく、バラディアさんの要請には応じないだろうが)

 

「アーズガルドの特殊部隊が救ったのは、サルーディーバほか、王宮護衛官のみではない。軍事惑星とL03のきずなをもだ。ガルダ砂漠以降、L03が軍事惑星にいだいていた不審をも、彼らは拭い去っていった――ちょっと、おおげさに書きすぎじゃねえか」

アズラエルは新聞を読み上げ、苦笑した。クラウドは考えごとの最中だったこともあって、生真面目に首を振った。

「俺は、大げさだとは思わないよ。それに、これは、L19の新聞だからね――ロナウドとアーズガルドは協力関係にある。アーズガルドに好意的な書き方はするさ。見なよ、L18の記事を。オルドはメチャクチャに叩かれてる――傭兵風情がって」

L18の新聞は、この作戦を「一介の傭兵」である、オルドに、作戦を主導させたピーターをもこき下ろしていた。ピーターの無能さを、これでもかと羅列した記事がすごい。

 

L18の新聞は、シグルスが読んでいた。

「たしかに――まあ、愚にも着かない内容ですが」

彼はななめ読みして、新聞をテーブルに置いた。

 

「ところで、エーリヒどのは、いらっしゃるんですか」

「エーリヒは、恋人とデートだ」

クラウドはすべての新聞をたたんだ。シグルスが帰らなかった理由が見えた。

「彼になにか用?」

「……」

シグルスは、顎に手を当ててクラウドを見つめ――。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*