そのころ、原住民たちをやっと追い出したL03の王都トロヌスでは、復興作業に追われていた。 L18の軍も、L19もL20も、アーズガルドの軍も、合同で作業に当たっていた。原住民によって崩壊した建物の修復や、王都にすんでいた住民たちの、行方不明者の捜索などのためだ。 フライヤは、ほとんど壊滅状態の王都を見回りながら、胸を痛めていた。 (れ、歴史的遺産が……) 彼女の胸は、ほとんどそのことのために引き裂かれそうだった。メフラー商社に入る前あたりからハマった辺境惑星群の伝統的文化。いつか、訪れたいと願っていた、三千年の歴史をほこる首都トロヌスに、まさか戦後処理のために入るとは思わず――。 見たいと思っていた文化遺産が、ほぼ、崩壊しまくっている。 (ああ……) フライヤは、周囲に、復興に励んでいる軍人たちがいなかったら、ひと目もはばからず泣きじゃくっていたかもしれない。 原型をとどめないほど荒れた王都を絶望そのものの目で見つめつつ、フライヤは、王宮付近まで歩いてきてしまった。 (――あ) フライヤが王宮まえで見かけたのは、オルドだった。特殊部隊に囲まれて、何か話している。 (こ、こわい人だったから、ちょっと苦手だけど……) そもそも、フライヤのことを覚えているだろうか。フライヤが見ていると、オルドが気づいた。 予想外にも、オルドはかるく会釈をかえした。反射的に、フライヤも会釈をしかえした。 (オルドさん、大活躍だったなあ……) フライヤは、今朝の新聞の一面をかざっていた記事を思い返した。 どこから王宮にはいるルートを発見したかは知れないが、オルド率いる特殊部隊は、別ルートから直接王都に侵入した。そして、飢え切っていた王宮護衛官たちに食糧の補給をし、医者を連れて入って、サルーディーバの治療をした。 最終的に、王都の外にいたL20の部隊と連携し――王都内の原住民を鎮圧した。 王都にみずから閉じこもった原住民たちも数が多すぎて、そろそろ限界に達していたところだった。好戦的な民族はL20の軍に突っ込んできたが、小競り合いていどで、大規模な戦闘にはならなかった。同じように飢えがはじまっていた原住民たちは戦意喪失していた。 L20の軍に降伏するか、逃げ出すかで、あっというまに収束した。 (でも、新聞にはなかったけど――あたし、ヤマトの傭兵を見た気がする) 新聞には、アーズガルドの特殊部隊の活躍しか書かれていなかったが、フライヤはたしかに、ヤマトらしき傭兵集団もこの地で見た。 (あの傭兵グループは、ヤバめだからなあ) 白龍グループと並ぶ大規模な老舗グループでありながら、その存在は水面下で有名だ。めったに――というか、決して表には出ない。 フライヤも本来ならば、降伏してきた原住民のリストを一日も早くまとめあげ、軍議に提出する書類をつくりあげねばならないところだが、矢も盾もたまらなくなって、王都に出てきてしまった。 「そろそろもどらないと、スタークさんに気づかれちゃってるかも」 ひとりでふらふらと、王宮まで来てしまったことを今さら反省し、フライヤはもどろうとした。 ふっと顔を上げ――フライヤは、左手の奥まったところにある、完璧に崩壊した遺跡に目を吸いつけられた。 (……?) フライヤは、ちかくまで行って、仰天した。 (ノワの墓……!) がれきの撤去作業があちこちで行われているが、ここは、中途半端に手を付けられていて、今はだれもいない。 (ああ〜!! こんなに立派なノワの遺跡が……!) フライヤは頭を抱えた。 たしかにノワの墓と呼ばれるものはL系惑星群全土にあるが、千五百年前の文化遺産を、こんなに破壊してしまうなんて――。 フライヤは、真っ白い石のがれきの中に、ふと、不自然な色彩を見つけて、気になった。墓の塔は完全に崩壊し、墓の中身が見えている。だが、そこには棺桶らしいものはなかった。紫色の光沢が、すきまから、光を放っているように見える。 フライヤは、唸りながら、一番大きな石をどかした。紫色の全貌が、見えた。紫の布でつつまれた、箱だった。 骨なんかでてきたらどうしようとフライヤは思いながら、苦心して、石をよけてその箱を取り出した。箱は、四十センチ四方もあっただろうか。さまざまな石や貝殻がちりばめられた豪華なもので、紫の布につつまれているだけで、カギもついていないし、開閉式のふたはすぐに開いた。 「――!」 箱の中身は、ふたつの皮袋におさめられた書類だった。 フライヤは丁重に書類を出し――愕然とした。 ぶるぶると、手が震えだした。 (こ、これ――これ――って――!) フライヤは震える手で、なんとか、皮袋に書類をしまいなおした。 「ウ、ウソでしょ……」 思わず彼女はつぶやき、うろたえた。 (かならず、ミラ様にお届けしなきゃ――!) ちいさな身体に皮袋を抱きしめ、立ち上がろうとしたフライヤの頭に、銃が突きつけられていた。 「――ひっ!!」 フライヤは、悲鳴を上げた。 「それをこちらに渡したまえ」 灰の軍服、そして腕章にL18の文字が。――L18の軍人だ。 「おい、L20の兵に気づかれたら、コトだぞ」 「文化遺産の持ち出しは禁止されているが、L20のほうでチェックするだろ」 「そうではない」 仲間の言葉に、フライヤに銃を突き付けている軍人は言った。 「こいつが持っていた書類に、軍人の写真がはいっていた。おそらく、L18の、」 「なんだと――見せろ!!」 「――あっ! これは、」 無理やりフライヤから奪い取ろうとするドーソンの将校たちに、怒声が浴びせられた。 「なにをしている!」 あわてて、ドーソンの将校たちは散った。L20の将校に銃を突き付けているのを見られたくなかったのだろう。彼らは何ごともなかったように、退散した。フライヤは、皮袋を取り上げられずに済んだ。 「アンタ、」 追い払ってくれたのは、オルドだった。 「こんなところで、なにしてる」 「オルドさ――」 フライヤは、皮袋を胸に抱いてへたりこんでいたが、はっと気づいた。 (こうなったら――) フライヤは決意した。咄嗟のことで、あの将校たちは逃げたが、あきらめてはいないだろう。あとで、L20の軍部に押しかけてくるかもしれない。 だがこれは――これだけは、決して、ドーソンには渡してはならないものだ。 「オルドさん、これを」 フライヤは、皮袋の片方を、オルドに渡した。 「なんだ、これは」 フライヤは、オルドに耳打ちした。オルドも、愕然とした。 「これが……!?」 「さっきの将校のひとりに、なかの写真を見られてしまいました」 「――!」 「中身のことを知っているわけではなさそうですが、不審がっています。でもこれは――!」 「ああ。ドーソンには渡せねえ」 オルドにも、わかったようだった。 「アンタ、どうしてこれを、」 フライヤは、急に恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「偶然です――わたし、遺跡が破壊されてるのが気になって、見回っていたんですけど――この墓の中から、見つかったんです」 彼女が指さした方向には、完全に崩壊した塔があった。 フライヤのL03オタク度の振り切れようを、オルドはまさしくその目で見ている。オルドは納得したようだった。 「すぐにL22にもどって、ピーター様にお渡しください。わたしは、ミラ様に……! 邪魔が入るかもしれません。お気をつけて。どちらか片方でも、きっと“証拠”にはなるはずです!」 「わかった。おい、すぐここから離れるぞ」 オルドは腰が抜けたフライヤを助け起こし、仲間のもとまで連れて行った。スターク率いる、フライヤ子飼いの特殊部隊が、連絡を受けてオルドのもとに駆け付けたのは、それから数分後である。 |