――フライヤが手にしたのは、「第一次バブロスカ革命」の記録だった。

 

奇しくも、ふたつの皮袋には、同じ記録と写真がはいっていた。

フライヤの予想どおり、夜になって、L18の軍部の将校が押しかけてきたが、フライヤは上司命令で、この貴重な文献をミラに渡すために、すでにL20に向かって発っていた。

オルドのほうも同様だ。オルド率いる特殊部隊は、夜になるまえにL22に出発した。

多少のいざこざはあったが、フライヤとオルドが手にした書類は、すぐさまL20の首相ミラと、アーズガルド当主ピーターのもとへ届けられた。ピーター経由で、オトゥールも、その書類を目にすることになった。

プロメテウスたちが処刑される様をうつした写真と、プロメテウスたち10人が映った写真、――それから、裁判の様子をうつした写真。

書類は、裁判記録と事件の詳細をしるしたもの。

羊皮紙の末尾には、当時のドーソン高官数名のサインがあった。

 

これらがなぜ、L03にある、ノワの墓から出て来たのか。

詳細は、不明である。

 

 

 

 

E353ちかくの人工星、エリアE348――。

アダムたちは、宇宙船の乗り継ぎのために、スペース・ステーションで待機しているところだった。

改札に宇宙船のチケットをとおすと、ピッと電子画面に表示された文字と音声案内。

「アダムさま、転送郵便がとどいています」

アダムは内容を予想して、嫌だなあと思ったが、受け取らないわけにもいかないので、郵便物預かりセンターに向かった。

E353行きの宇宙船が出るまで、あと二時間はある。

とどいていた転送郵便は、アダムの想像どおりで。

上品な封書にタカの紋章がシーリングされているのを見たアダムは、深々とため息をついた。

同じ封書が三通。バラディアからのものだ。内容は見ずともわかっていた。アダムは、この手紙を定期的に受け取っている。最近は、バラディアだけでなく、オトゥールからもらうこともあったし、知己の貴族軍人からも受け取っていた。

アダムは、申し訳程度に中身を確認し、内容が同じだとみて取ると、すぐ駅に備え付けのシュレッダーに入れながら、つぶやいた。手紙が紙くずになっていくのを、見つめながら。

「俺は、傭兵だよ、バラディアさん」

 

バラディアの手紙は、アダムをロナウド家の将校に斡旋したいと願う気持ちを、せつせつと書き記した内容だ。

彼は、アダムを将校にしたがっていた。いち傭兵グループの長などでおさまる器ではないと、常日頃から説いていた。

アダムはかつて、L4系での戦争で、バラディアをふくめ、孤立無援と化した将校たちおよそ100人を、ぶじ帰還させた経歴がある。

いつまでもそのことを恩に感じてもらう必要はないし、バラディアとても、アダムの家族の逃亡支援をしてくれた。恩の貸し借りは終わった。

それらのことは、アダムの生き方とはなんらかかわりがない。

 

(俺は、傭兵として生きていく)

たとえどんなに望まれても、軍に入る気はなかった。それに自分は、もう老兵ともいえる年代である。まだ引退する気はなかったが、これから軍部に入ってひと苦労する気にはなれなかった。

「そういうのは、もっと若ェやつらにやらせるべきだ、バラディアさん」

アダムは、ここにいないバラディアに向かってぼやいた。これからはオトゥールや息子のアズラエル、そういった若い連中の時代だ。アダムは家族を支えはするが、先に立って進んでいくべきではないと思っていた。

 

アダムは、無心に四通目をシュレッダーに通そうとして、あわててやめた。四通目だけはほかの封書よりすこし大きく、分厚い。

「?」

アダムは封書をひっくり返し、シーリングの形を見て、仰天した。

――ハトの、紋章。

それはまぎれもなく、アーズガルド家からの手紙だった。アダムは、アーズガルドに手紙を送られる理由はわからなかった。

封書には、流麗な字で、「ピーター・S・アーズガルド」と差出人が記されている。

 

「ピーター?」

現、アーズガルド家当主。

アダムは面識もないし、そもそも、アーズガルドがドーソンの陰に隠れてあまり目立たないうえに、現当主のピーターも、“ママ”なしではなにもできないマザコンとの――表立っては言えないが――そういうウワサもある。

 “ママ”というのは、ピーターの秘書陣のことだ。

 「……」

 くらべる相手が悪すぎる気もするが、同世代の次期当主たち――オトゥールやグレン、カレンにくらべたら、競争相手にもならないというのがもっぱらのウワサ。

 たしか、前当主のサイラスは早死にしたので、若いピーターが当主なのだ。あまりに頼りないらしく、ドーソンすら今期のアーズガルドを警戒してはいないらしい。

 (そういや、この子は、当主なんだもんなあ)

 アダムは、息子と変わらない年のピーターの容姿を思い浮かべた。

 

 「そのピーターが、俺に、いったいなんの用だ?」

宛人と差出人の筆跡は、おそらくピーター直筆。

「……」

ドーソンの高官が多数、監獄星おくりになったことに巻き込まれて、ドーソンと運命をともにしてきたアーズガルドも多数が監獄星行きとなり、家の力はそがれた。

まさか、ピーターからの、アーズガルドの将校になってくれという要請ではあるまいなと、アダムは眉をしかめたが、そうだったら、エマルに話が来るはずだ。

エマルは、ユキトの子。アーズガルド家の血を引くものだ。――でも、エマルへの手紙ならば、宛人の欄にはエマルの名があるはずだった。

これはたしかに、アダム宛ての手紙だった。

 

「……」

さすがにこの手紙だけは見当がつかなくて、アダムはその場で開けた。

なかには、ピーター直筆の手紙と、二枚の法令用紙が折りたたまれて入っていた。

アダムはうろたえながら、手紙より先に、法令用紙を見た。こちらを見れば、手紙の用向きも分かるだろうと思ったのだ。そして彼は、目をこぼれんばかりに見開いた。

アダムは何度も、何度も法令用紙に目を近づけてたしかめ――やがて、――その目から、大粒の涙がこぼれた。

駅のベンチで、分厚い肩を震わせて、男泣きに泣くアダムを見つけて、エマルが駆け寄ってきたのは、まもなくだった。

 

 



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