――L系惑星群、軍事惑星L22辺境地区。

 ドーソン一族の流刑地と言われる、辺境の軍事学校の校長室で、バクスターはニュースを見ていた。

 それは、録画されたもので、数ヶ月前のものだ。

 情報が遮断されたバクスターのもとには、数ヶ月おくれで、「最新」のニュースのディスクが送られてくる。

 

彼の膝の上には、ディスクといっしょに、ロナウド家からこっそり送られた、「悲劇の英雄 〜アラン・G・マッケランの物語〜」がある。

 バクスターは、不思議に感じていた。

 (ユージィンは、私の名を出す気がないのか)

ユージィンが逮捕されてから、ずいぶん日にちが経った。ユージィンがバクスターの名を出したなら、ここにも警察星の精鋭か、軍事惑星の警察が訪れているはずだった。

 

バクスターは、膝の上の本をパラパラとめくった。

(アミザも、思い切ったことをしたものだ……)

この本の「おかげ」で、ドーソン高官の何人かは、有罪が決定しただろう。だが、数人のことだ。L11の監獄星にいるドーソン一族の宿老たちを完全に「有罪」とするには、やはりまだ証拠が足りない。

 

(第一次バブロスカ革命と、第二次バブロスカ革命の、記録があれば……)

このふたつの革命の――“ドーソン側のサインがひとつでもある”、記録があれば。

 

ドーソン一族が、罪なき人々を更迭し、投獄、また死に追いやってきた事実。

ふたつの革命が現実だったと、ドーソンが関わっていたことをあきらかにする記録があれば、「L18における、長きにわたるドーソン一族の専横」という証拠が出そろうのだ。

 

第一次バブロスカ革命の生き残りである白龍グループ、ヤマト、メフラー商社にも、証拠書類はのこっていない。彼らの祖は命からがら逃げきり、再起を図ってそれらの傭兵グループを興した。傭兵の間には、第一次バブロスカ革命の事実も、口伝としてのこっているかもしれないが、口伝やただの伝記では、裁判の有力な証拠にはならない。

ロナウド、マッケランにも、伝記としてはのこっているだろう。アーズガルドは無理かもしれない。あまりにドーソンに近すぎる。アーズガルドに記録はのこっていないだろうが――そもそも、ただの記録ではダメだ。

 

第三次バブロスカ革命の事実で、ドーソンの高官を更迭できたのも――おおぜいのドーソン一族が逮捕されたのも、バンクスがエリックの手記を本として編集し、出版し、L55の関心を引いたことがきっかけだった。

しかし、バンクスの本はあくまでもきっかけ。じっさいに裁判によって、ドーソンの専横が罪として裁かれたのは、エリックのおかげだ。

エリックがかつて心理作戦部の機密文書保管保持の部署に所属していて、その部署に、当時の裁判記録をかくしていたことが発覚した――その記録によって、やっと正当な裁判が行われて、彼らの名誉回復がなされた。そして、綿密な警察星の調査によって、ドーソン高官、および一族の余罪が浮き彫りになり、現在の逮捕拘束にいたっている。

 

第三次バブロスカ革命時の、ドーソンの不当なる裁判の記録。

そこには、ユキトを銃殺刑に確定し、エリックやほかの仲間を無期懲役とする裁判結果の記録があった。

当時のドーソン首相、バクスターの父のサインも克明にしるしてあった。裁判長に裁判官、弁護士に検事、すべてがドーソンの息のかかった者ばかりで行われた、不当な裁判だったことをしめす、有力な証拠だった。

決定打になったのは、エリックたちが収監されたバブロスカ監獄の存在だ。

ドーソンの「私」刑務所ともいえる、一族に逆らったものが収容される刑務所――バブロスカ監獄。

裁判にもならず、無実の罪で投獄された人間が、何人もいる。

 

だが、ドーソンの権威を、L18から取り上げるには、第三次バブロスカ革命の記録や、今生きているドーソンの者たちの余罪だけでは、無理だ。

L18から、ドーソンを消さねばならないのだ。でなければ、この先、L18におけるドーソンの独裁はなくならず、逮捕された宿老たちがもどりでもしたら、血で血を洗う報復が、かならずや行われる。

それだけはぜったいに、避けなければならないのだ。

報復は、ドーソンから傭兵に対してだけではない。

ロナウドとドーソンの対立も起こしてはいけないのだ。

L系惑星群の軍事力が結集している軍事惑星群内で戦争が起こったら、すべてはおしまいだ。

だが、ドーソンは、引かない。バクスターも、それはわかる。

――L系惑星群は、破滅への道を進むだろう。

そうなったら、バクスターの親友であるセバスチアンやエレナ、ルーイ、かれらの平和な生活も、根こそぎ奪われるのだ。

 

(第一次と第二次――いや、せめて、第二次バブロスカ革命の、証拠があれば)

 

ドーソンの独裁が、わかる記録でなくてはならない。それも、ドーソン側の、サインがなくては。できごとをしるしただけの記録では、決定的な証拠にはならない。

(だが、ない)

バクスターも、実家じゅうをさがした。だが、ドーソンが揉み消してきた、第一次と第二次の記録は出てこなかった。

 

第一次バブロスカ革命、それは傭兵としての権利を求めた人間たちの、軍部への直訴であって、彼らは軍部と民衆からすらも追い込まれて処刑された。それは悲劇的事実だが、それそのものは、ドーソンの専横を示す証拠とはならない。

 

(バラディアたちは、間に合うか)

バラディアたちが、証拠を手にするのが先か。

監獄星のドーソン高官たちが、L4系の戦乱を鎮めるために、解放されるのが先か。

 

バクスターは嫌な予感が頭を駆け巡り、振ってそれらの妄想をふりはらった。

(ドーソンは、おそらく負けない)

いままでの歴史が証明してきた。バクスターは、それを知っている。直系の子孫として、それをいやというほど見てきた。味わってきた。

一族という巨大な力の前には、一個人の意志など、とうてい敵わない。

 

(――L系惑星群は、ほろびるのか?)

 

バクスターは、チャンネルを変えて、窓の外を眺めた。

中も外も、しずかなものだった。刑務所だって、まだにぎやかだろう。校長室の外をだれも通らなかったし、だれかがドアを叩くこともない。低めに設定したテレビの音だけが、無音の室内に流れる。

砂嵐は、一時間前にやんだばかりだった。

メルヴァ一行が姿をけし、ツァオという見張り役も暇を告げて出て行ってから、バクスターの身辺はますますさみしくなっていた。一日、だれとも口を利かない日がある。

 そのおかげで、アランの本を読んでいても、だれにも見とがめられないのだが。

 

(メルヴァが、L系惑星群をほろぼすのか、それとも、軍事惑星が自滅への道をたどって、ほろびるのか)

 

もはや、いつ死んでもいいバクスターの意志を生につなぎとめているのは、セバスチアンたちの存在にほかならない。

彼らが安心して暮らせる場所を、奪いたくない。

だから、みずからの力の限りを尽くして、戦争は食い止めたい。

 

バクスターは、クロークにかけてあったコートを取った。

最近の、あまりに物寂しいバクスターの生活ゆえか、ドーソン一族の波乱ゆえか、監視の目もゆるくなっている。バクスターは、多少の遠出もできるようになっていた。

 



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