「――どこへ行く」

 

バクスターは目を見張った。ドアが緩慢な動作で開けられたかと思ったら、ユージィンが、重いドアを支えにするように、その姿を現したからだ。

「出頭でもする気か。それは私が許さん」

「……」

バクスターは、思わぬ来訪者に、にわかに返事ができなかったが、コートをクロークに戻し、ユージィンに駆け寄った。ユージィンはどこもケガなどしていなかったが、長い従軍からもどってきたときのように、軍服は薄汚れていたし、饐えたにおいがした。

 

「どうやって、」

聞きかけたバクスターを、ユージィンが遮った。

「どうやってここまで来たか知りたいのか。くわしくは聞くな。私はひとりだ。警察星の任意同行を、オトゥールが逮捕に切り替えさせた。私を追っているのは軍事惑星の警察だ。――しばらくかくまえ」

「なぜ、私の名を出さなかった」

バクスターは、言った。

「アランを死に追いやったのは私だ。――逮捕されるべきは、私だろう」

 

 バクスターが地球行き宇宙船からもどってまもなく、あの事件が起こった。アランの事件が。

あれは、バクスターの「最後の」汚れ仕事だった。父親に、「それ」を引き受けたら、ジュリとの結婚を認めてやると言われて、バクスターは実行した。

エルナン医師をつかって、アランを毒殺することを――。

 あれほど後悔したことはない。父親が、そんなことでジュリを認めるわけがないことを、知っていたのに。けれども、あれはジュリを守るためだった――アランを手にかけねば、ジュリが殺されていた――言いわけにはならない。

 

 アランを殺したのは、バクスターだ。

 

 「なぜおまえは――エルナンは、私の名を吐かなかったのか」

 「吐いたかもしれんな」

 ユージィンはあざ笑った。

 「だが、オトゥールとバラディアが始末したかったのは、辺境送りで役に立たんおまえではなく、この私だ。ドーソンの残骸ともいえるべき、この私だ」

 ユージィンは、バクスターからコップを受け取って、やっと水を一杯飲んだ。

 

 バクスターはやっと、真相を知った。

アランを殺害したのがバクスターであることは、調べればすぐ分かるはずなのに、バクスターのもとには、いつまでたっても警察は訪れなかった。

バラディアたちが逮捕したかったのはユージィンだ。だから、バクスターの「罪」も、ユージィンにかぶせた。警察星が、任意同行をもとめたのを、軍事惑星の警察がひきとって、逮捕に切り替えた。常から、警察星との連携が強いL19だけがなせることだ。

 

 「おまえはジュリを、手にかけなかったのに」

 バクスターの顔がゆがんだ。

 ユージィンは、アランの死から数年後、バクスターの妻ジュリの暗殺を身内から強要されたが、それをはねのけた。実行しなかった。けれども、ジュリは毒殺された。――アランと同じように。

 

 「私はおまえに、ジュリが暗殺されることを知っていたのに告げなかった」

 思えば、ユージィンが変わっていったのは、ジュリが死んだ後からだった気がする。

 もしかして、彼は、ジュリの殺害を止めようとしたのか。考えられる気がした。ドーソンには似合わない、やさしい男だった。ジュリの殺害を止められなかったことで、今度こそ絶望したのか。

けれども彼は、グレンをその手に抱いた。グレンをドーソンという不死身の怪物と切れさせるために、冷たい態度を取ったバクスターとは違い、グレンを慈しんだ。

 

 (――それなのに、おまえは、グレンを、)

 

 グレンだけではない――レオンを、マルグレットを。

 かつてその手で慈しんだ子どもたちを、その手にかけた。

 

 「おまえは――グレンを愛してくれただろう」

 バクスターは血を吐くようにつぶやいたが、ユージィンは嗤った。

 「私とおまえは、同じ穴の狢だ。いまさら何を言っている。多少傭兵をたすけたくらいで、いままでやってきたことが償えるとでも思っているのか」

 「ユージィン……!」

 「ジュリには手をかけなかったが、グレンは別だ」

 「ユージィン、もう、やめよう。やめるんだ」

 「グレンは、生かしておけない。――ドーソン一族は、私がすべて、始末する」

 バクスターは目を見張った。

 

 「私とおまえで終わりだ――バクスター」

 

 



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