「このひとのCDってこれだけ?」

 ルナは聞いた。

 「アンが出したアルバムは、これ一枚なんだ」

 デレクが、もったいないという顔をした。

 「アンの曲はネットじゃ売っていない。CDは、軍事惑星で売っているけど、ほかの星じゃ絶版になっているから、船内のアンティーク・ショップでこれを見つけたときは、即買ったよ」

 ずいぶんな値段だったけど、とデレクは肩を落とした。

 ルナはアルバムの曲名を見た。

 「アイアン・ハート」に、アルバムタイトルにもなっている「バラ色の蝶々」。ほかに8曲あるだけ。

 

 「すごく綺麗な声なのに、このひともミンシィといっしょで、いっぱい曲を出せなかったんだね……」

 ルナが言うと、デレクたちは顔を見合わせた。

 「アンは――100曲近く歌を出してるんだ。でも、CD化されたのは、たったこれだけ」

 デレクの、もったいないといわんばかりの顔の意味が、ルナにもわかった。

 それにしても、亡くなっているなら、たとえばその人の命日などに、あらためてベスト・アルバムが発売されたり、話題になったりすることも多い。

 100曲も持ち歌があるなら、もっとCD化されていてもいいはずだ。

 「そういうのもないの?」

 ルナの疑問に、軍事惑星出身者たちは、だまった。やがて、デレクが、肩をすくめて言った。

 「……アンのアルバムは、政治的事情があって、これ以上でないんだ」

 「え?」

 「ルナ」

 「君は、バンクスの本を持っているんだろう? 二冊目は読んだ?」

 エーリヒの問いに、ルナは首をかしげた。

 「二冊目?」

 「少年空挺師団事件と、“アンドレア事件”を書いた、二冊目だ」

 ルナは思い出した。「バブロスカ 〜エリックへの追悼にかえて〜」だ。

「……本は二冊とも持ってるけど、ぜんぶ読んでないの」

ルナは正直に言った。とくに二冊目は、空挺師団の事件のくだりを読むのにまだ抵抗があって、読めていない。

 

「アン・D・リューは、“アンドレア事件”の、アンドレアだよ」

「え?」

「本を読めば、なぜアンがCDを一枚きりしか出せなかったかが、書いてある。持っているなら、ぜひ、読みたまえ」

「……!」

「ルナちゃん、バンクスの本持ってるの? すごいなァ」

軍事惑星の子でもないのに、とデレクは感心したあと、マスターに呼ばれて、テーブルをあとにした。

ルナはCDジャケットを見つめ、ルナに向かって微笑むアンドレアの人生に、思いをはせた。

 

 

 

――アンドレア・F・ボートン。

彼女の出自ははっきりしない。白龍グループ系列の傭兵グループ出身であろうといわれているのは、彼女を終生にわたって後援したのが白龍グループだったからだろう。

彼女の死後、彗星のように現れたミンシィもまた、白龍グループの後援で歌手デビューした。ミンシィも白龍グループの出自だ。そのことからも、やはりアンドレアは白龍グループの傭兵だった、と考えるのがいちばん真実に近いかもしれない。

 

アンドレアの本名より、アン・D・リューという芸名のほうが有名だ。

アンは、ミンシィのように、突如音楽界に現れて、その歌声と美貌でわれわれを魅了した。

彼女はL18のアカラ第一軍事学校卒業後、L5系の都会で歌手となるために、資金を貯めていた。

彼女が傭兵の仕事をしていたかどうかは、あいまいだ。すくなくとも、わずかな期間、白龍グループに在籍していた記録がある。傭兵としての仕事よりも、歌う仕事のほうが多かったのは確かだが。

L19の、白龍グループが経営するバーで歌うシンガーだった彼女の歌声を聞きつけた音楽会社が、――それは、軍事惑星群のものだが――彼女をひろった。

場末のバーから、一気に、貴族軍人が集まる高級クラブで歌声を披露できるようになった。軍事惑星群では、コンサートも開かれ、連日満員となった。

彼女はすばらしい歌声の持ち主であり、なによりその美貌と愛らしさ、深く甘く、まさに鉄の心臓をもとろかすかのような声音で、だれをも魅了した――傭兵、将校のへだたりなく。

ファンレターやプレゼントは部屋が埋まるほど届けられたし、将校たちは、彼女を愛人にするために、どれほど骨を折ったかしれない。

 

彼女は、それだけ魅力的だった。

 

だが彼女は決して、自身のネームバリューを、恋の相手となった将校たちを、その美貌と名声を、政治のためにつかいたかったわけではない。

彼女の本来の目的は、L55に出て、歌手となること――それは、なかなか叶わなかった。

音楽会社との契約のため、軍事惑星を離れられない。そしておそらくは――彼女の後援であった白龍グループが、彼女がL55に出ることをよく思わなかった。

傭兵出身者でありながら、傭兵だけではなく、将校にも多数のファンを持つ彼女を、手放したくはなかったのかもしれない。

音楽会社も、彼女の歌声で稼ぐために、なかなかCDを出さなかった。

彼女のコンサートは、つねに満員となる。CDがないからだ。彼女の歌を聞くにはコンサートに来るしかない。彼女の歌声は希少性をきわめていった。

やっと出たのが、アルバム「バラ色の蝶々」だ。彼女はすでに38歳になっていた。

CDは爆発的に売れ、彼女の名を不動のものにした。音楽会社の懸念は不要だった。CDでアンのファンはますます増え、アンの名声は、軍事惑星群全土にひろがった――。

 

(中略)

 

名声が最高潮のときに、彼女は歌手活動をやめた。

契約終了と同時に、彼女が選んだ道は、だれをも驚愕させるものだった。

アンは――いきなり、傭兵グループをつくったのである。

「ラ・ヴィ・アン・ローズ」という、まるで彼女の歌の歌詞にでもありそうな名のグループは、傭兵グループとは名ばかりの、戦災孤児となった傭兵の子を養うためのグループだった。

親を戦争で失った傭兵の子どもたちを、立派な傭兵として育て上げる。

そのために、ラ・ヴィ・アン・ローズには、やり手の傭兵が数名いた。

アンは、自身の資産を、子どもたちを養うために費やしたし、ラ・ヴィ・アン・ローズの傭兵たちは、傭兵の仕事のかたわら、子どもたちを傭兵として育成した。

アンは、親しかった傭兵たちとともに、ラ・ヴィ・アン・ローズのような傭兵グループがもっと増えることを願い、活動した。そして将校をつうじて、そのような傭兵の子どもたちの保護施設をつくろうとした。

ラ・ヴィ・アン・ローズの活動を、もっと広範囲に、軍事惑星全土に普及させようとした――。

 



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