アメリカン・ショートヘアの姉が結婚したL22の軍人さんは、背が高くて、カッコよくて優しかった――おまけにいいお義兄さんだった――親戚じゅうに、蚊帳の外にされている真っ赤な子うさぎにも、その存在を無視することなくふつうに接してくれた――親戚にも家族にも、真っ赤な子うさぎは、空気みたいな扱いをされていたから。

真っ赤な子うさぎは、とっても嬉しかった。

嬉しかっただけじゃなく、好きになってしまったのよね。彼を。

もうこれは、「真っ赤な動物」の宿命というべきか――恋、となるとがぜん行動力がでてしまうのには困ったものよね。略奪愛、不倫、いっさい関係ないんだから。

でもお義兄さんは、妻の妹だから真っ赤な子うさぎに親切だっただけで、特別な感情は持っていない――当然だけど。

 

わたしたち平和な惑星の女の子には、軍事惑星群の恐ろしさなんてわからない。ただ、表面的に見えるものだけ見て、「カッコいい」と思うのよ。

真っ赤な子うさぎも同じだった。

日々の訓練で陽に焼けた、たくましい彼がカッコ良かった。軍服姿が似合っていて、格闘技もできて、頼もしくて。

親戚中でも、家族の中でも、そして友人たちの間でも、彼は立派な軍人さん――いわゆる、L系惑星群の治安を守る、ヒーローだったわけね。

「選ばれたアメリカン・ショートヘア」に、ふさわしい夫――。

でも彼は、拳銃を腰に差してはいても、それを抜いたことはなかった。練習で撃ったことはあっても、ひとを撃ったことはない。もちろん、ひとを殺したことも、戦争に出たことも、テロの鎮圧に出たこともなかった。軍人の訓練は受けているけれど、彼の仕事は惑星外からくる軍人志願者の、面接官だったのだから。

 

でも、――L18を知らない私たちには、彼が「軍人」なの。

彼が平和を守るヒーローなの。

そしていつしか、真っ赤な子うさぎのなかで、軍人はステータスになっていったのよ。

 

あたしは姉には及ばないけれど、軍人の彼氏ぐらい、作ったっていいじゃない。

義兄よりカッコよくて、素敵で、――そう、たとえば、ほんとうに戦争に行ったことがある人、――うん、なんだか、特殊部隊とかカッコよくない? そして、あたしを一番大切にしてくれて、熱心に愛してくれる人――物腰が柔らかで、あまり荒っぽくないひと。

そんなひとだったら、あたしきっと幸せになれる。義兄よりすごいひとだって、みんな思ってくれる。そんな人を彼氏にしたあたしも、みんなの注目の的! 羨ましがられる。

 

学校を卒業して、バイトしてお金をためて、軍事惑星群に行こうと思っていた真っ赤な子うさぎに、地球行き宇宙船のチケットがきた。渡りに船よ。地球行き宇宙船なら、軍事惑星群の男も乗っている――彼女は宇宙船に乗った――「軍人」の彼氏を作るためにね。

 

 でも、結局。

 

「傭兵のライオン」にフラれ、軍人志望のヤンキーとケンカ別れし、ルシアンで出会ったもと軍人にはすげなくあしらわれ、「あんなブスはゴメンだな」と陰口を叩かれて。

軍人が良く来るからと、しつこくラガーに通ったけれど、気持ち悪い男につけ回される羽目になって。

最終的にロビンの事件。それでも真っ赤な子ウサギはくじけなかったわ。

もと軍人の集まる合コンにも顔を出してみたけれど、金目当ての詐欺師に引っかかって、お金だけ強請り取られた。

真砂名神社のふもとのお店で、詐欺師に殴られたとき、やっと運命の相手が現れたと思った。でもちがった。彼は――ヤンは、それはそれは、イマリの理想の男性だったけれども、彼女がバーベキュー・パーティーでしたことの、つけを払わなければいけなくなった。

 

真っ赤な子うさぎは思ったわ。

 

あたしはきっと、何をやってもダメなんだわ。

あたしの願いなんて、叶いっこないのよ。

あたしには、運命の相手なんていないんだわ。

「月を眺める子うさぎ」のせいで、あたしはメチャクチャ!

 

彼女はすっかり落ち込んで、諦めていた。

まさか、思わなかったでしょうよ。

まさか、ほんとうに「理想通りの」恋人が現れるなんて。

でもその理想の恋人は、自分が考えていたような、ただ「カッコいい」だけの、ひとではなかった。

 

だって、彼女がそう「望んだ」んだもの。今更遅い。

まさなの神様は、彼女の願いをかなえたわ。

 

本当に戦争に行ったことがあって、特殊部隊で、真っ赤な子うさぎを熱心に愛してくれるひと。物腰が柔らかで、荒っぽくないひと。

 

現れた、理想通りの人。

知らないって怖いわね。

――それが、どんな男かも知らずに。

 

やさ男で、見た目は柔和。ルックスも真っ赤な子うさぎの好みよ。髪は短くて、義兄ほどではないけれど、すらりと背が高くて――軍事惑星の人間は大きい人が多いけど――性格も穏やかで、キリキリした真っ赤な子うさぎを、大らかに包み込んでくれるひと。

 

 けれど。

 

彼はL22の軍人が知らない、「心理作戦部」という、陰に隠れたほんものの特殊部隊の人間。

彼は、腰の拳銃をためらいなく抜ける人、そして戦争にも、テロの鎮圧にも行ったことがあって、人を殺すことになんの躊躇もない人。尋問で、戦争の現場で――もう、何人殺したか分からない。だって、彼はひとも自分も、ゴミだと思っているんだもの。

日和見だからおだやか。冷めているから優しい。

彼女を一番に思ってくれて、熱心に愛してくれるひと――熱量を、考えるべきだったわね。

 あんまりにもイマリが願うから、真砂名の神様も、月の女神もかなえたけれど、心配顔で彼女を見ているの。

 

 みんなも要注意! まさなの神様は、本当に願いをかなえてくれるのよ。

 だから、自分の願いはよくよく考えて、口に出した方が幸いよ……?

 

 



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